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拉致?
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「別荘?」
「そうです。僕、個人のものなので、公爵家とは関係無い場所ですから、どうぞリラックスしてください」
ルチルは、ジェットにエスコートされて、魔導車から外へ出た。目が見えないはずなのに、それはあまりにも自然な動きだった。
「すごい」
思わず、感嘆のため息が出る。
緑の森を背景にそびえ立つのは、城と言っても過言ではないぐらい、立派な屋敷。これで別荘だなんて、にわかには信じられない程だ。
ルチルが、ポカンと口を開けて呆けていると、屋敷から使用人らしき者が数名やってきて、出迎えてくれた。中央にいる白髪混じりの老人は、どうやらこの屋敷の執事らしい。ジェットへ気安く話しかけている。
「ようやく、ここへお招きできるような方が見つかったのですね」
「あぁ。彼女は特別な人だ。丁重にもてなしてほしい」
「既に、使用人全員が張り切っております」
「ありがとう。でも逃げられたくはないから、程々にして?」
「かしこまりました」
ルチルには、何の話をしているのか、さっぱり分からない。こんなことになるのなら、せめて持っている中で一番よそいきの服を着てくるだったと、どうにもならないことを考えては後悔していた。
「あの、私はどうすれば」
「そうですね……ルチル様は、甘い物はお好きですか?」
「えぇ」
「でしたら、僕とお茶にしましょう。僕はどちらかと言えば甘党なのですが、なかなか付き合ってくれる方がいなくて困っているんです」
お茶も甘い物も、大好きだ。しかし、それは何かの建前であることは、大人のルチルには予想がついている。
きっと、この青年は、ルチルに触れなければならない何らかの理由があり、それを説明されることになるのだろう。
ルチルは、一気に憂鬱になった。
盲目とは言え、ジェットは公爵家の息子だ。今朝も、先程も、間近で見てしまったから分かることなのだが、かなり整った顔立ちをしている。ルチルを救出したのも鮮やかな手腕だった。立ち姿も美しい。摩力を豊富に持っていることを示す、艷やかな漆黒の髪。おそらく年齢も、働き盛り、男盛りの二十代半ば。きっと夜会などでは、引く手数多な存在なのだろう。
一方、ルチルの外見は十人並みで、歳も子供が数人いてもおかしくない程に老けている。最近、鮮やかな色合いや、可愛らしい色合いの服はすっかり似合わなくなってしまった。そんな自分が、まるでどこかのお嬢様のような扱いを受けているなんて、どう考えてもおかしい。
ルチルは逃げたくなった。けれど、相手は公爵家。きっと、屋敷にまで連れて来られるぐらいだから、逃げてもすぐにまた捕まってしまうだろう。それならば、何をして、何に耐えれば事足りるのか、さっさと確認して、早く職場へ帰りたい。
「大丈夫ですか?」
ジェットは、ルチルに向かって尋ねたようだが、ルチルの姿が正確に見えないばかりに、近くの木立に話しかけるような格好になっている。
ふっと寂しさのようなものが、ルチルの胸をよぎった。
自分と似た痛みを抱えているかのような、一見ひ弱そうな青年。しかし悪徳商人を懲らしめて追い払うことをしてみせた。
心がザワザワする。
どうして、ルチルに近づいたのか。どうして、ルチルを選んだのか。どうして、こんなに、優しくしてくれるのか。
どんな答えが用意されていたら、ルチルは嬉しくなるのだろう。それすら分からない。やるせなくて、ひたすら辛い。
芽生えてしまった、この気持ちの名は、おそらく「好意」。
だからこそ、怖い。
ルチルはもうすぐ三十路だ。お願いだから、思わせぶりなことで期待させないでほしい。弄ばれたり、使い潰されて、雑巾みたいに捨てられたら、今度こそルチルは立ち直れなくなってしまう。
結局、その後に庭で開かれた茶会では、ごく一般的な世間話に終始した。ルチルが知りたかったことは、何一つ語られないまま。
ルチルは、行きと同じように、ジェットの運転する魔導車に乗り、まだ空が明るいうちに寮まで送り届けられた。
ルチルはシャワーも浴びずにベッドへ横になると、泥のように眠った。あまりにも、いろいろありすぎた。
「そうです。僕、個人のものなので、公爵家とは関係無い場所ですから、どうぞリラックスしてください」
ルチルは、ジェットにエスコートされて、魔導車から外へ出た。目が見えないはずなのに、それはあまりにも自然な動きだった。
「すごい」
思わず、感嘆のため息が出る。
緑の森を背景にそびえ立つのは、城と言っても過言ではないぐらい、立派な屋敷。これで別荘だなんて、にわかには信じられない程だ。
ルチルが、ポカンと口を開けて呆けていると、屋敷から使用人らしき者が数名やってきて、出迎えてくれた。中央にいる白髪混じりの老人は、どうやらこの屋敷の執事らしい。ジェットへ気安く話しかけている。
「ようやく、ここへお招きできるような方が見つかったのですね」
「あぁ。彼女は特別な人だ。丁重にもてなしてほしい」
「既に、使用人全員が張り切っております」
「ありがとう。でも逃げられたくはないから、程々にして?」
「かしこまりました」
ルチルには、何の話をしているのか、さっぱり分からない。こんなことになるのなら、せめて持っている中で一番よそいきの服を着てくるだったと、どうにもならないことを考えては後悔していた。
「あの、私はどうすれば」
「そうですね……ルチル様は、甘い物はお好きですか?」
「えぇ」
「でしたら、僕とお茶にしましょう。僕はどちらかと言えば甘党なのですが、なかなか付き合ってくれる方がいなくて困っているんです」
お茶も甘い物も、大好きだ。しかし、それは何かの建前であることは、大人のルチルには予想がついている。
きっと、この青年は、ルチルに触れなければならない何らかの理由があり、それを説明されることになるのだろう。
ルチルは、一気に憂鬱になった。
盲目とは言え、ジェットは公爵家の息子だ。今朝も、先程も、間近で見てしまったから分かることなのだが、かなり整った顔立ちをしている。ルチルを救出したのも鮮やかな手腕だった。立ち姿も美しい。摩力を豊富に持っていることを示す、艷やかな漆黒の髪。おそらく年齢も、働き盛り、男盛りの二十代半ば。きっと夜会などでは、引く手数多な存在なのだろう。
一方、ルチルの外見は十人並みで、歳も子供が数人いてもおかしくない程に老けている。最近、鮮やかな色合いや、可愛らしい色合いの服はすっかり似合わなくなってしまった。そんな自分が、まるでどこかのお嬢様のような扱いを受けているなんて、どう考えてもおかしい。
ルチルは逃げたくなった。けれど、相手は公爵家。きっと、屋敷にまで連れて来られるぐらいだから、逃げてもすぐにまた捕まってしまうだろう。それならば、何をして、何に耐えれば事足りるのか、さっさと確認して、早く職場へ帰りたい。
「大丈夫ですか?」
ジェットは、ルチルに向かって尋ねたようだが、ルチルの姿が正確に見えないばかりに、近くの木立に話しかけるような格好になっている。
ふっと寂しさのようなものが、ルチルの胸をよぎった。
自分と似た痛みを抱えているかのような、一見ひ弱そうな青年。しかし悪徳商人を懲らしめて追い払うことをしてみせた。
心がザワザワする。
どうして、ルチルに近づいたのか。どうして、ルチルを選んだのか。どうして、こんなに、優しくしてくれるのか。
どんな答えが用意されていたら、ルチルは嬉しくなるのだろう。それすら分からない。やるせなくて、ひたすら辛い。
芽生えてしまった、この気持ちの名は、おそらく「好意」。
だからこそ、怖い。
ルチルはもうすぐ三十路だ。お願いだから、思わせぶりなことで期待させないでほしい。弄ばれたり、使い潰されて、雑巾みたいに捨てられたら、今度こそルチルは立ち直れなくなってしまう。
結局、その後に庭で開かれた茶会では、ごく一般的な世間話に終始した。ルチルが知りたかったことは、何一つ語られないまま。
ルチルは、行きと同じように、ジェットの運転する魔導車に乗り、まだ空が明るいうちに寮まで送り届けられた。
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