琴姫の奏では紫雲を呼ぶ

山下真響

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95地方遠征へ

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 コトリ達は、いよいよ地方へ発つこととなった。各地の収穫祭でシェンシャンの奉奏を行うのだ。

 都のすぐ周辺でも、王家へ納めるための米の収穫が始まっている。未だ、安定的に毎年採ることができないのと、雀や虫の被害も絶えないことから、土地の広さのわりに量は確保できないのが現状だ。それでも都人の心と腹を満たすだけのものはある。

 しばらくは、稲穂を天日干しして乾燥させる風景が見られるだろう。その後は小屋に収納され、農民が夜なべしながら様々な道具を駆使して脱穀と選別を行う。俵になったものが都内に入ってくるのは、翌年の梅が咲く頃とか。俵の中身は玄米なので、水車や木臼で精白され、ようやく貴族たちの口に入るようになるらしい。

 ということを、コトリは最近知った。楽師団には農村出身の者もいるので、その辺りに詳しいのだ。

 コトリはまだ、生の田舎を知らない。香山の関に向かうことはあっても、王女である彼女は特別待遇のため、ずっと馬車の中か、小綺麗な役人の屋敷にしか滞在しないからだ。泥臭い村々の現状を目の当たりにするのは今回が初めてとなる。
 それ故、少しでも収穫に関することを頭にいれて、地方遠征に備えようとするコトリなのである。

 コトリは、しばらく鳴紡殿を留守にするということで、出発前にヨロズ屋へ顔を出すことにした。サヨは紫関連の仕事に奔走しているので、向かうのは一人だ。

 先日、ソウから「王子と上手くいくと良いですね」と応援の返事を受け取ったばかりなのだが、以前彼も店を開ける際にわざわざ知らせてきたのを思い出して、自分もと思い至った次第なのである。

「そうなのですか」

 コトリは、店先から出てきた金髪の小太りな少年と向き合い、肩を落としていた。

「親方もゴス親方も、急な商談があるとかでソラへ行っちゃって。せっかく来てくださったのに、すみません」

 ラピスという異国風の名を名乗った少年は、心底申し訳なさそうに眉を下げている。

「いえいえ、突然お仕掛けたのは私ですから」

 コトリはその場で紙と筆を借りると、ソウのために文をしたためた。地方遠征に行くので、しばらく鳴紡殿を留守にすること。サヨが神気を見るための神具を大量発注したことの詫び。最後に、ソウの無事の帰還を願い、また元気な顔が見たいという事を書き記した。

 そして、ラピスから店主不在の詫びだと言って、腕につける形式の珍しい護身の神具を押し付けられたのだった。


 ◇


 コトリ達は、馬車に揺られていた。遠征する楽師の人数は多いので、一台にコトリ、サヨ、ミズキ、ナギ、カヤの五人が詰め込まれている。皆細身の女とは言え、かなり狭苦しい。そんな中、一番若いカヤだけは、元気な声を上げていた。

「何か良い品が見つかるといいですね!」

 行く先々で、土産を買うのが楽しみらしい。何せ、今の楽師達の懐は温かいのだ。というのも、社総本山から、かなりの額の小遣いが出されているのである。

 これは、社に寄進されている豪華な反物を市場で金子に変え、各楽師に配られたもの。社が勝手に遠征先を決定する代わりに、埋め合わせとして支払われているのだ。楽士団を創設した初代クレナ王の時代から守られている決まり事である。

 これに文句を言う者はいない。まず、遠征自体は、そのような仕事があることを皆入団前から承知している。奏でる場所も、比較的治安が良く、他所者にも友好的な社などが選ばれていた。女所帯であることを鑑みた上での指示である。さらに金子まで貰えるとなれば、社への好感度が上がれども、不平を漏らすわけがなかった。

 そうやって、全員が油断していたのである。

 突然、馬車が止まった。そっと御簾の隙間から外を見ると、御者を兼ねていた護衛の衛士達が、槍を構えて臨戦態勢に入っている。そして、ボロを纏った大勢の民達。連なる人垣は、不気味に揺れて、それ自体が何か妖怪のように見えた。

 コトリは、ふと、先日サトリから聞いた情報を思い出す。

「流民だわ」

 流民。それは、災害など様々な事情から住む場所を追われ、移動しながら生活している貧しい民達の別称。

 最近では、王の指示でいくつかの村が焼かれ、命からがら生き延びた者は流民になったと聞いていた。他にも、重すぎる税から逃れるために、土地を手放して逃げ出した者、役人から謂れのない罪を着せられて逃げている者も含まれる。

 つまり、かなりのワケ有りばかりであり、死と隣り合わせの「ひもじさ」を耐え忍んでいる者達なのだ。

 彼らが生きる術は、ほとんど無い。真っ当な生活ができなくなると、残るは一つ。豊かな者から、食い扶持を盗む、または奪うだけ。

 地方遠征へ向かう楽士団が、かなりの金子を持っていることは毎年のことだ。きっとそれを狙われたのだろう。

 コトリは恐ろしさのあまり、ぎゅっとシェンシャンの包みを抱きしめる。顔は蒼白になっていた。

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