琴姫の奏では紫雲を呼ぶ

山下真響

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19まだフラレたわけじゃない

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 カケルにとっては、それまでの工程の長さに比べると、ルリ神を降ろすことは思いの外簡単に成すことができた。

 まずは、ルリ神が憑いていると思われるシェンシャンがある社総本山に出向いた。そして、ソラの遺品である工具の一つを供えて、願い事をする。

「すぐに目の前が真っ白になって、ルリ神が現れたよ。先祖の遺産の力はさすがだね」

 ルリ神は、依代のシェンシャンと同じ気配のする工具に驚いていたらしい。

「それとね、その時あのシェンシャンに憑いていたのは、ルリ神だけじゃなかったんだ」
「え、神具って、一つにつき一柱なんじゃ」
「どんな時も、例外はあるものだよ」

 カケルは、店の中にあるシェンシャンの展示に目をやった。ヨロズ屋では、シェンシャンの包にはクレナ王の肖像を模した女性の絵が描かれている。

「クレナ様?」
「ご名答!」

 クレナは、亡き後に生前最もよく使っていたシェンシャンにその魂を埋めていたのだった。ソラの存在感が強い場所こそ、彼女は居心地が良く感じるのかもしれない。ラピスは、ソラ国の紅社にこそクレナの魂が在ると信じていただけに、少々がっかりするのである。

「俺がコトリの素晴らしさを語り、彼女のことが大切でたまらなくて……っていう話をしたら、なぜかすごく応援されちゃって。結局二人とも、新しいシェンシャンに引っ越すことになったんだ」
「へぇ」

 もはやラピスからは、まともな返事すら出ない。それだけ、これは異例のことなのだ。

 通常、神具に神を降ろす方法は二種類ある。一つは、一般的な神、例えば火の神、水の神などを道具に合わせて選び、その神々を敬う祝詞を書き込むことで神を降ろすやり方だ。これは、一つひとつの道具のために、新たな神を創造するのにも似ている。それ故、ソラ国で神具師となる者は聖なる職業として尊敬を集めている。

 もう一つは、既に存在する神を道具に降ろす方法だ。世の中には数多の神が存在するが、祝詞で呼び出すとなれば名付きの、それも力のある神に限られてくる。さらに、依代をもたない神ともなれば、ほぼいない。そのため、ほとんど幻の方法だというのが、神具師一般の考えなのだ。

「ま、クレナ様まで来ていただけたのは、俺も予想外だったかな」
「さすが親方ですね。じゃ、後はコトリ様を落とすだけ、と」

 途端に暗くなるカケル。こういうところは、年相応の反応をしてしまうようだ。

「まだフラレたわけじゃないんだし、気を落とすのは早すぎるよ。まずは、サヨ様の望み通り、守ってあげたらいいじゃないですか」

 カケルは小さく頷いた。

 カケルとしては、まだ動けない。ソラ国とクレナ国がこの状況で、今コトリに正体を表すことは危険だ。今度こそ、全ての希望が失われてしまいそうな気がする。

 今は、少しでも近くでいられるだけでいい。

 ようやく素顔を見て、近づくことができた。それだけで御の字のはずなのに、一つ望みが叶えば、もっともっとと欲が出てしまう自分が恨めしくなるのだった。

「ラピス、じゃぁ一つ頼まれてくれないか? いや、二つだな」
「任せてください。ヨロズ屋の中でも、こういうのは一番得意なつもりなんで」

 カケルは、近くの机から墨と筆を出して、さらさらと何かを書き始めた。

「一つは、ある人物と接触してほしい。ヨロズ屋立ち上げにも関わった女人で、ソラ国のこの場所にいる。俺からの手紙を渡してくれ」
「修行ついでに、ちょうどいいね」

 ラピスは、ちょうどソラ国での修行を控えていたのだ。帝国からやってきたラピスは、神具の職人見習いを始める時期がかなり遅かった故の事情である。

「後、二国間の戦に備えて、アレが必要となりそうだ。ソラ国の王宮に隠してあるから、代わりに取ってきてくれないか?」
「アレって、アレですか? 物騒だな」
「念には念を、ってとこ。コトリを守るためのものは、それとは別に用意してあるから、もしも運搬にしくじってもお前の体が木っ端微塵になるだけだ」
「ひでーな。弟子なのに」
「心配するな。どうせ俺しか使えないものだから、多少乱暴に扱っても大丈夫だよ」

 ラピスは、カケルから筆を借りると、自分の帳面にも「アレ」と書き入れた。それで本当に依頼を忘れずにいられるのが不思議なぐらいの大雑把さである。

「後、もう一つ忘れてない?」

 ラピスが、少し真面目な顔をした。

「あぁ、そうだな」
「墓地、探してくるよ」
「悪いな」

 ヨロズ屋は不動産屋ではないので、そもそも墓地の取り扱いはない。世間知らずなコトリは、庶民の道具ならば全て揃うヨロズ屋をなんでも屋だと勘違いしているようだか、頼られたことは嬉しいものだ。

 元々カケルは、店の仕事とは別に自分で墓地の情報を探すつもりだったが、最近コトリのシェンシャン絡みで店を空けがちだった埋め合わせで忙しい。ラピスの申し出は、正直ありがたいところだった。

「いくつか良いところが見つかれば教えてくれ。俺も足を運んで確認するから」
「はいよ。で、誰を埋葬するんだろ?」
「お母上だろうな」

 ラピスは、返事をする代わりに顔を一瞬しんみりさせると、すぐに店の外へ出ていった。カケルも、店の中二階にある自室へ戻っていく。

 机には、たくさんの書状と書物が山積みになっていた。カケルは、その中から一つを選んで手に取る。差し出し名は無いが、カケルの父親、ソラ国国王からの書状だ。

 今年も、ソラ国はクレナ国からの楽師団を迎え入れる季節が近づいている。一度戻ってくるように、という召喚令が届いていたのだ。

「帰ったら、報告せねばならないことが多いな」

 カケルは独り言ちながら、コトリが奏でたシェンシャンの音を思い出していた。

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