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46・三日前の悲劇

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 私が起案した冊子『最先端への道のり』は無事に副社長や社長チェックもクリアして、ようやく校了。最近はミスもほとんどしなくなって担当できる仕事分野も増えた森さんに、最後の印刷屋さんへのデータ納品をお願いした。色校のチェックも森さんから白岡さんにしてもらうことになっている。

 次は、イベント当日にお客様へ配布するパンフレットやディナーパーティーのメニューリストの制作納期がせまっていた。それと合わせて、社員スタッフ向けのセールスマニュアルも作らなくてはならない。セールスマニュアル作成は、昨年上海で開催された国際展に出展した際から採用したものなのだが、案外好評なのだ。いくら自社のこととは言え、出展機の特徴や当日のスケジュール、イベントのコンセプト、さらにはお客様にお持ち帰りいただくお土産の内容まではなかなか暗記できないものだ。今回もスタッフの頼みの綱になるよう、役立つ情報盛りだくさんに仕上げたいと思う。

 あの職場会議から、明らかに部内のコミュニケーションが活発になった。坂田さんは谷上さんから引き継いだ仕事に慣れてきたからと、アイドル五人組のお世話係を買って出てくれた。浜寺主任は当日会場でWi-Fiなどのネットワークを組む準備を着々と進めてくれているし、福井係長なんて役職者にも関わらず席を外しがちな他の部員に変わって電話番をがんばってくれている。

 一時、お客様にご宿泊いただくホテルの部屋数が足りなくなりそうだったり、お客様がお越しになった際の受付の方法で岸部さん達とバトルになりそうになったりもしたが、一応解決。どれも経営企画部の皆が一緒に知恵を絞ったり、私の味方をしてくれたから。ありがたい。

 そしてとうとう、イベントを開催する週に入った。今年に入ってからは、ほぼ土日も働いてきたので、もはや曜日の感覚は薄い。寝て起きて仕事して……の繰り返し。自宅にいる時間が極端に短いのだ。私は、エアコンを付け替えることを諦めて電気ストーブを使っている。もう暦は春なのに、まだ肌寒い日が続いているので重宝している。小百合に会うのは週末の深夜のみ。三人で食卓を囲むのはなかなか良いものだ。そこで愚痴を二人に聞いてもらって溜まったストレスを発散し、美味しい小百合の手料理にありつけているので、まだ倒れずに仕事できているのだろう。

「いよいよですね」

 私は、竹村係長に声をかけた。イベントは金曜日。本日月曜日から会場は準備のために借り切っている。次々に業者がホールへ入ってきて、設営の準備がスタートしていた。この殺風景な景色がどんな風になるのか。業者さんが3DCGでイメージ図を作ってくれたし、もちろん図面は見せてもらっているのだけれど、やはり完成が待ち遠しい。私と森さんが作ったポスターもたくさん掲示される予定だ。

「明日は、れいの舞台が設営される。楽しみだな」

 竹村係長も顔に疲れが滲むけれど、生き生きと仕事している。ガタイの良い業者のオジサン集団に次々と指示を飛ばしているところはカッコ良い。

「今更ですけど、本当に実現できますかね」
「大丈夫。営業のアフターサービスチームもデータ作成などでかなり助けてくれたし、共同出展する企業からもきちんと承諾を得てある。誰も見たことがないようなショーになるんじゃないかって、期待してくれてるよ」
「その期待、必ず応えたいですね」
「そうだな。梅蜜機械(うち)の底力を見せつけよう」



 そして火曜の夕方、私は再び会場に足を運んでその日の進み具合を見せてもらった。

「すごい……」

 会場の扉を開けた瞬間、その場に駆けつけた全員から感歎の溜息が漏れる。広がっていたのは黒に差し色として紅色が入った空間。昨日まで白とクリーム色で統一されたただの部屋だった。でも今はどうだ。壁には黒い幕が降りていて、梅蜜機械のロゴと三十周年記念のロゴの看板が天井高い位置に掲げられている。出入口付近からホールの最奥までは広幅の細長い舞台。そして会場前方の中央付近では円形の舞台が一際目を引く。日本的な伝統的なセレモニーを踏襲しないことが、この配置だけで理解できる。

 実は、羽衣雅の皆さんの登場にあたり、会場内のレイアウトが大きく変わった。当初は大きなホールの中を二つに分けて、式典&パーティー会場、残りは展示会場となる予定だった。でも、アイドルが立てる舞台の面積を確保するために会場を区切ることは諦め、全ての要素を詰め込んだ一つの空間を創りあげることにしたのだ。

 明日は照明や音響、その他機材がセットされ、共同出展の企業の製品も搬入されて会場自体が完成する。そして明後日木曜日、つまりイベント前日は、本番さながらのリハーサルを予定している。

 ずっとずっと先だと思っていた当日が、いよいよ来る。鳥肌が立つ。身体が熱くなる。

 その時、ふとお客様に配るお土産のことを思い出した。お土産はお客様が座るテーブルの足元にあらかじめセットしておく予定なのだ。内容は、梅蜜機械のロゴが入ったワインと地元の老舗和菓子メーカーのお饅頭詰め合わせ、そして私が制作した冊子『最先端への道のり』だ。

「そう言えば、お土産って誰が紙袋にセットするんですか?」

 隣にいた坂田さんは、持っていた鞄から書類を取り出した。

「全体のスケジュール表によると、明日総務部の方々でセットしてくれるみたいですね。お土産の中身が全て揃うのが明日の午前中みたいなので」
「そうですか」

 そこへ、照明の技師さんと話していた白岡さんがこちらへやって来る。

「紀川さんが作ったあの冊子、いよいよ明日印刷あがりだね」
「はい!」
「社長インタビューに始まり、年表も一から作り直したし、紀川さんが持つデザインノウハウを詰め込んでるから、広報(うち)が出す集大成みたいな作品だもんね。僕もすごく楽しみにしてるんだ」

 あの冊子は合計四十ページ。盛り込みたい内容は山のようにあるけれど、あまり長すぎるとお客様に読む気を失わせてしまうし、制作時間や印刷コストもかかってしまう。悩みに悩み抜いた上で厳選したコンテンツをなけなしのセンスを振り絞って詰め込んだのがこの冊子。白岡さんにもとてもお世話になったし、明日イベントの関係者にも披露するのが待ちきれない。

 そうやって、私は完全に舞い上がっていた。

「ところで」
「何ですか? 白岡さん」
「僕、あの冊子の色校、見てないんだね。紀川さんが最終チェックしてくれたのかな?」

 え……

 急激に悪い予感が頭の中を支配下する。
 これって、もしかして、もしかしなくても、そういうことだろうか?!

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