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4章

変態の増殖疑惑と事件の発展3―回想続き―

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※このページは暴力表現が多くあります。



「いった…何、今の静電気…」
昇華は後ろの長机のせいでのけ反ることしかできず、視界の先では勇多は大きく弾かれて離れていた。
「勇多君、大丈夫?」
うつむいた彼の顔は見えない。

彼の周りの空気が歪んで見えた気がした。
「どうし…」
突進してきた勇多が、昇華を突き飛ばす。袋をかばったせいで、受け身も取れずに昇華は床に転がった。
「いたたた、何すんのよ!?」
起き上がって勇多を見れば、更に突進してきていた。慌てて避けようにも間に合わない。昇華ごと蹴り飛ばされた袋が破けて本が散らばる。彼の手から落ちた野球ボールも、箱から飛び出していく。
「うぐっ、ちょっと…何を…」
起き上がろうとして、のしかかってきた勇多に小さな悲鳴を上げた。

『お前のせいだ!お前がいるから、ヒスイは僕を見てくれない!お前さえいなければ…!』

2つの声がこもったような声が勇多から聞こえた。事態が呑み込めず、そのまま馬乗りにされて、首を絞められた。勇多の片膝は鳩尾に食い込み、体が床に縫い留められている。足を動かしたくても相手の片足が邪魔だ。圧迫された腹筋も使えず、両足をもがくしかできない。
「ごほっ、こぉの…!」
ぐりっと声帯を圧迫されて、呼吸が止まるよりも先に喉を潰されそうだった。相手の手首をつかんで離そうにも向こうの力が強い。夢中で勇多の手をひっかいていた短い爪の間には、どんどん皮と肉とが詰まり上手くひっかけなくなっていく。勇多は痛みを感じないのか、力を緩めない。バチバチと首元で連続して静電気が発生している音がしたが、よくわからなかった。
(やばい、殺される!)

かひゅっ、かひゅっ、と浅い呼吸を繰り返す中で砂嵐と鈍い痺れが、喉元から顔の方へ広がっていく。
(せめて足が動けば…)

(足ガ動ケバイイノカ!)

低い声が遠くなる意識の中でどこかで聞こえた。

(マダ実体ヲ持テヌガ、ソレクライナラ助ケラレルゾ!)

細く黒い触手が自分の体から1本わきでるのが見えた。それが腹に乗っていた勇多の足を軽い音をたてて叩いた。わずかに勇多が大勢を崩し、両足を床に投げ出す。腹部から下が楽になり、首にかかった手も少しだけゆるむ。
(今だ!!)
自由になった下半身に力を込めて、膝が自分のお腹につく位に折り曲げる。昇華は床に転がったまま仰向けで体育座りのような格好になった。そこにもう一度、首に力をこめて絞めようとした勇多が乗っかってくるが、もう遅い。

「こん、にゃろー!!」

怒りに任せて、折り曲げた膝を渾身の力で上に伸ばす。
昇華の放ったドロップキックは綺麗に勇多の鳩尾に入った。
「ゆ〝る〝ざん〝!」
ガラガラ声で叫びながら、両手をついてそのまま足を開脚して回転する。
火事場の馬鹿力で高く蹴り上げられて落ちてくる少年の顔に二回かかとがめり込んで、きり揉みしながら壁に飛んで行った。
数秒して彼から抜けた白い歯が数本、床に落ちる音が響いた。
「う、ごほっ、おぇ、うぇぐ…ひゅっ」
水が混じったの咳をしながら昇華は起き上がる。口の中はどこか切れたのか血の味がした。勝手に零れていた唾液を裾で拭って立ち上がる。油断なく睨みつけるも、勇多は動かない。
『ヒスイ…何故だ…』
呻くように何か言っていたが、襲ってくる気配はない。そのまま気絶したようだ。
(少しだけ護身用に格闘習ってたのが役に立つ日がくるなんて…)
ふらつき、ぼやける視界で様子をみていると、勢いよく扉が開いた。

「遅くなってごめんね!」
息を切らして、待ち人が教室に飛び込んできた。
「と、図書委員長ぉぉぉ!怖がっだー!!」
「え、え、どうし、…何されたの…?」
急に膝が震え出し、恐怖に耐えきれなくなる。彼に飛びついて、ようやく安心したら涙が止まらなくなった。
着崩れ、首に絞め後をつけて泣きじゃくる昇華と、壁で伸びている勇多をみて事態を飲み込んだ彼は、すぐに昇華を連れて先生を呼んでくれた。

その後は、大人も交えた話し合いをした。
結果は―
なんと昇華も相手の歯を折っていた為、喧嘩両成敗になってしまったのだ。
殺されかけたので昇華としては納得いかなかったのだが、穏便にしたいクソ教師どもの説得によって事件は公にされず、無かったことにされた。悔しいことに昇華自身もあまり親に連絡されたくなかったので、それ以上強く言えなかった。
双方、親御さんへの連絡も無しだ。
しかも正気に戻った勇多は静電気の後のことを覚えておらず、歯を折られたことを逆恨みして、彼女に事あるごとにうざ絡みするようになった。
最悪である。
周りは急に接点の無い2人が仲が悪くなったように感じていたし、昇華への勇多の態度が余りにも酷くなったので、何となく何かあったことは察していた。
ある日から勇多へ怯えと怒りを抱えた状態になった昇華の異変に、真咲と優香もすぐに気がついた。
心配した2人は、彼女を一人にしないように学校内では離れないようになったのだ。



日が経つにつれて昇華はこの時の記憶が曖昧になり、心の裏側に隠していた妹との様々な記憶に少しずつ入れ替わっていた。いつの間にか、本来なら昇華がすぐに向き合うことになっていた死と恐怖の記憶を、いつの日にか向き合うべき妹との記憶と交換されてしまっていたのだ。
身近に迫った死への恐怖から、それは確かに昇華の心を守っていた。加害者である勇多が昇華に毎日関わっていても言い返せるように、反撃できるようになっていくほどに―。


死にかけた、理不尽に殺されかけた恐怖の感情は、10日経ってようやく彼女の中で開示されたのだ。


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