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3章

他の護衛と追加事項3

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昇華の言葉に光が息を飲んだ。
「今から見せる陣を見てくれ」
差し出された掌に赤い御星製の陣が浮かんでいる。
「…厨二心をくすぐらないでよね…ん…なんか前にも見た気がする」
動揺を隠して無理に笑って茶化そうとして、脳裏に浮かぶ映像に沈黙する。
「思い出してきた…?」
一瞬黒髪の少女が浮かび上がって砕け、赤い光の後には茶髪の少女が笑っていた。
(知らない、いや知ってる、この子も妹だ。いや、あれ、私の妹は一人しかいなかったはず。一卵性の妹。私と同じ顔の…)
パリパリと脳内で軋む音に目を瞑れば、広がる簡易な暗闇でさっき会った子の声が響いた気がした。目を開けて自身の髪に目を向ける。昇華の顔にかかる髪は黒だ。

―違う。

「っ…、知らない子が妹として出てくる」
確信して、否定した。
「特徴は?」
エレベータを下りて、廊下に立つ。光が昇華の目を覗き込めば、彼の肩越しに優香たちが正面のドアを開けてバタバタと動きながら何か言っているのが見えた。
「肩くらいの長さのゆるい巻髪に茶髪の女の子。たれ目で目元にほくろがあって、白い石が付いたブローチをつけてる」
光が渋い顔をして掌を握りこんだ。
「寄りにもよって…」
「何か分かったかな?」
紫苑が正面から2つ離れた扉から顔をだしている。光が振り向かずに答えた。
「皆、落ち着いて座ってから話す。移動しよう」

頭痛は止んだが、奇妙なもやが思考の端にかかったような感覚に、昇華は振り払うように首を振る。
(良くない状況に進んでしまっているのかしら…)

正面のドアが開いて中に促された。中はかなり広く右手に天井まで伸びた本棚、左手に何もいない巨大な水槽、正面は半分がガラス張りの不思議な構造だった。
中央では優香と真咲が待機しており、花と果物の入ったフルーツハーブティーのティーポットを乗せ、お香を焚いているテーブルの前の椅子へ誘導してきた。
「具合どう?もしかして、昨日の体調不良もコントロールをミスったの?」
優香の言葉に昇華は首を傾げる。
(コントロールって、もしかして私も訓練を受けてような言い方…?)
「違う彼女は…」
光が言葉を紡ぎきる前に背後から紫苑が続き、扉を閉めた。
「まさか、護衛メンバーに昇華さんもいると思わなかったな。光さんとも護衛で知り合ったの?」
ちゃっかり真咲の隣をキープしながら、座る彼にも否定しようとさらに口を開くも優香が遮った。
「とりあえず、護衛対象も見つかったみたいだし、座って護衛メンバーで自己紹介しましょう!!あ、昇華は辛かった横になってても良いよ。」
「そこまでは大丈夫、それより…」
昇華も誤解されていることに気づいて訂正しようとする。続けるように真咲が口を開いた。
「それよりしょーちゃんの中身が気になる!!ゆうちゃんが同志の四天王なのはなんとなく分かってたんだけど、しょーちゃんに似てるのってヴァル…」
「いやいや、僕と同じ魔導将軍を務めていた、かの人では?」
頬を寄せ合ってきゃいきゃいとはしゃぐバカップルに遮られた。
「四天王?魔導将軍?」
「あー!!あー!!聞かなくていい!!」
サッと光が昇華の耳を塞ぐ。きょとんとして真咲たちをみた。
「もしかして、まだ訓練中?今回の初依頼で護衛が当たるなんて大変よね。プレッシャーで倒れたり記憶の混乱をおこしてもしょうがないわ。」
優香が何か納得して頷いている。そっと大ぶりのティーカップにお茶を注ぎ真咲が差し出してきた。
「気持ちを落ち着かせるカモミールとオレンジもブレンドしてるから、ゆっくり飲んで私たちの話を聞いてくれればいいからね。あんまり体調が辛かったら今回の任務は辞退しても良いと思うよ」
両手でカップを受け取り、昇華は困惑して光をみる。
光が気まずげに咳ばらいをした。シーンと無音になったところで、改めて口を開いた。
「改めて紹介する。今回の護衛対象の雨宮昇華だ。俺は、調査員で一昨日から護衛に加わった明科光だ。俺以外は顔見知りのようだし、今回はこの4人と今いないもう1人で彼女を直接護衛することになった」

「え…?」

光の紹介に3人とも口を開けて昇華を見ていた。

「な、何か言ってよ…何この空気…」
いたたまれなくなり、昇華は首をすくめてお茶に口をつけた。蜂蜜の効いた花と果実の甘酸っぱい香りが広がる。
「いやいやいやいや…えぇ?!」
「はぁ?!こんな魔力垂れ流しにしときながら…!!?」
「待って、待って、待ってよぉ、本気で?!」
ほぼ同時に三者三様に口を開いて何を言っているかわからなくなりそうである。
「間違いない、彼女の魔力が発現しだしたのは、最近だ。訓練どころがあの一族に関することも何もしらない一般人だった。」
「…やばい…マジか…」
身を乗り出していた優香が後ろの背もたれに力なくもたれかかった。
「そういえば、しょーちゃんから魔力の気配を感じるようになったのここ半月くらいかもぉ…てっきりそういう訓練中の人だと思ってたぁ…」
真咲は額に手を当ててうなだれている。
「七歳までに訓練を受けれていないなら、かなり危険だ。なるほど、今回護衛が必要な理由がわかったよ。記憶が消えたのは今日が初めて?それとも昨日の段階で何かあったのかな?」
紫苑の言葉にハッと二人が顔を上げる。
「そうだよぅ、そうなってくると昨日の体調不良も意味が変わってくる!」
「どうなの!?ちょっと、明科さんだっけ?昇華の状態をどこまで把握してるの!?」
けたたましく二人に詰め寄られ、さすがの光も後ろにのけ反った。
「精神を力に食われている感じではない…と思う。記憶についてだが、多分俺たちが体験した記憶帰りだと思う。本人がかつてを認識してるけど、陣で補強していけば今の記憶も戻る可能性が高い…かな?ただ…」
先ほどの掌の陣をみながら、一度言葉をきった。何かいいかけてうろうろと掌と昇華に視線を向けている。いいづらそうだ。
「ただ、何?今更何を聞かされても驚かないわよ」
あえて強気で不安をごまかしながら、昇華は先を促す。
「ただ…その記憶帰りが彼女の力を暴走させる内容である可能性も高い…それから、彼女からまお…、かの偉人の魔力反応も見つかったから大沢真にかの偉人も関わっているかもしれない…」
「偉人って…?」
昇華にはさっぱりわからなかったが、3人の顔が盛大にひきつった。

何かを思案するような顔の後、しげしげと昇華を見て3人が彼女の周りを観察する。
「ちょっと、私の周りを何かの儀式みたいに回らないでよ!!」
3人で立ち上がり真顔のまま囲み、指で形を組んだ先から覗いたり、計測器のようなものをかざされたりした。難しい顔のまま3人は昇華の周りを回る。はっきり言って異様な雰囲気である。
「だから、怖いって!光、この状況説明して!!」
「すぐ済むから、ちょっとだけだから、頑張れ頑張れ」
悟った顔の光は、異様な光景を傍観している。
「何その返答!!3人も何か言ってよ!!ねぇ、怖いったら、無言やめて!!」
状況のわからない昇華の悲鳴もなんのその、3人はしばらく何かを確認するように昇華の周りを回った。
「せめてしゃべって!!怖い!!」


ーしばし後

ツッコミ疲れをしてぐったりした昇華を放置して、真咲達は顔をつき合わせてやっと無言を破った。
「何で今まで気付かなかったんだろ…そっかぁ、しょーちゃんはあの子だ」
真咲がポツリと呟いた。同意するように紫苑が頷く。
「なるほど…これなら今回の事件も納得がいくよ…」
重ったるい溜息が3人からこぼれた。

長いブレス音のあとに優香がやけくそ気味にぼやいた。

「あの変人奇人な偉人様ね…はいはい、無理ゲー…」
ふーっとまたため息のBGMが流れる。

BGMが止むと同時にバカップルが動く。
「ちょっとぉ、トイレ…」
「僕も一緒にいく…」
そのまま二人で部屋の隅の扉に行こうとした。
「待って、私も入る!!」
優香もそこに続こうとした。
「二人用です!!」
紫苑が優香の肩を押す。
真咲が紫苑の背中を押す。
「トイレは一人用だよぅ!」
「大丈夫3人でも詰めれば入れる、いけるいける!!」
車の後頭部座席に入るようなことをいいながら、優香は目一杯二人を押して3人でトイレの個室に入ってしまった。
「え…?どういうこと?」
「気にしなくていい。俺たちがやることは変わらないから、そのうち落ち着いて出てくるだろう」
昇華は状況が呑み込めず、納得してとりあえずお茶をすすった。

しばらくして本当に3人は出てきた。
「ちなみにあなたの中身はなんですか?」
紫苑が問いかける。
「俺?俺はルリ姉ぇの膝が好きで鮭マフィンを食べてたやつです」
光はのんびりして、テーブルの皿に置かれた砂糖漬けにされたすみれをを齧りながら答えた。

うわぁ…と真咲から間延びした生ぬるい視線と一緒に返事がきた。



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