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王子の秘密と闇?解かれた誤解と広がる誤解

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※ちょっとだけR18要素が入ってきます。




「…、…!?」
「た、頼むジャクリーン。話を…」
「いいいいやぁぁああぁぁ!!?」

 ばちーん!!

 もう一度
 今度はとても痛そうな一撃が王子の尻へと落ちた。

「いっ…!?…くっ…」

 尻を叩かれたコンラッドは悲鳴に近い声を出しかけて咄嗟に声を抑えた。
 ジャクリーンは座ったまま後ずさりながら未だに小さく悲鳴を上げている。

「説明する、頼む、静かに…」
「ジャクリーン様!大丈夫ですか!?中に入りますよ!」

 いち早くジャクリーンが連れてきた護衛が反応して温室の中に入ってきた。
 二人の位置は入り口から死角になっている。

(え…この状況どうなるの??)

 汚れて崩れたドレス姿に化粧がよれてか細い悲鳴をこぼすジャクリーンと、尻に紅い手型をつけた全裸のコンラッド。

あった。

 そう思われて仕方がない。

 救いを求めるように離れようとしていた婚約者に目を向ける。

「くっそ…すまない。」

 すでに彼女に素早く近づいてきていたコンラッドは、ジャクリーンの口をふさいで抵抗されないように後ろ手に両手首を拘束してきた。
 勢いのまま軍服の隠してあった茂みの更に奥に進み、彼女を引き倒して二人で折り重なるように隠れたのだ。



「おかしいぞ、先ほどホワイト令嬢の悲鳴が聞こえたはずだ!」
「殿下のうめき声?も聞こえた、もしかしたらもう温室にいないかもしれないぞ!外を探そう!」

 
 水の流れる音が近くで聞こえる。
 ジャクリーンは引きずり込まれた茂みの中で混乱と恐怖で硬直し、自分の口と両手首を抑える全裸の婚約者を見上げた。
 全裸の男性の体は本で読むより熱く、筋肉の形がはっきりみえる。

(…待って、太ももにあたる…)

 引きずり込まれてまくれ上がったドレスから露出した足に、王子の股間付近からプラプラ揺れながらあたるに、生粋の箱入り令嬢は気絶したくなった。

「もう少し奥へ移動するぞ。」

 コンラッドは護衛たちが温室内を探している姿を慣れた用に観察し、見つからないように囁きながらジャクリーンを更に茂みの奥へと引きずり込んでいく。

「う…」

 しばらくの後、護衛や遅れてお茶の準備から戻った侍女たちも加わり温室内から出て行った。

(怖い…)

 ジャクリーンの瞳には涙が浮かんでいた。


「すまない、もう少し我慢を…あっ…」

 自身の下に隠したジャクリーンにコンラッドは声をかけようとして、泣いている彼女の顔をみて怯えた顔になった。

一瞬のことだ

 再びコンラッドは、コーギーになったのである。

「で、殿下…?」
「きゃうん?」

 再び上体に乗っかった体制になったコーギーは、先ほど学習した通りすぐ彼女の上から降りて顎だけ腕にのせてきた。良い仔である。
 少し動けるようになったジャクリーンは、茂みの中で身を捩るようにコーギーの頭を撫でた。
 嬉しそうに頭を擦りつけてくるコーギーは、コンラッドの面影すらない。

(もしや…今までもこのようなことが?)

 思い当たるのは、コンラッドが軍服を着だした5.6歳の頃だ。
 あの頃から、交流が減っていった。

(そういえば昔、軍服を着ている理由を聞いたらすぐに手に入るからって…)

もしも
 コンラッドが正装で来ていたのに無邪気なコーギーになり、正装を置き去りに走り去って、どこかで人の姿になってしまっていたのだとしたら?

もしも
 側近以外はその事実に気が付いていなかったとしたら?

もしも
 不審な犬に気付いた警備兵が近づいてきて、側近に奇襲を受けて気絶したところをコンラッドに軍服を奪われていたのだとしたら?

もしも…
 お茶会の約束の直前にコーギーになってしまって行けなかったとしたら?

「さっき…殿下の護衛は温室の外へさり気なく全員を誘導していた…」
「きゃうぅー。」

 無邪気にジャクリーンの腕によだれをたらし、上目遣いで媚びてくるコーギーに人間並みの知性があると思えない。
 ただ初対面のはずのジャクリーンに警戒心を一切見せない姿に、何かを感じるものがあった。

(さっきだって、自分だけ隠れることもできたのに私も連れてくださった…。)

ジャクリーンは自身が本当の意味でコンラッドを知ろうとしていなかったこと、改めて知りたいと思ったことを感じた。

「殿下…私、すみません。知らなかったのです。貴方を知ろうともしなかった。」
「くーん…」

 そっと自分に甘えてくるコーギーの頭を撫でた。
 フワフワの毛並みは茂みの中にいるせいかボサボサに乱れてしまっている。

「私、殿下とはこのまま互いを知らないで結婚式まで行くのではないかと…思っておりました。」
「きゃう?」
「何があったのか、教えていただけないでしょうか。」

 頭を下げるジャクリーンの言葉にコーギーは不思議そうな顔をして、もっと撫でろとばかりに腕に頭を押し付けてくる。

「こちらの姿の時の記憶や人としてのものではないのですか?」
「へっへっへ」
「…私、小さな頃に殿下と初めてお会いした時はでした。物心ついた頃から貴方が夫になるとだけ言われておりましたが、初対面では不安だったのです。でも、遊びだす他の殿下たちの中で、お一人だけまっすぐ背を伸ばして私のそばに最初から最後までいてくださって…会話がほとんどなくても、間違いなく貴方が私の夫になる人だと実感できて、嬉しい時間だったのです。」

 最初の数年は交流があったのだ。
 でもコンラッドは軍服をまとって疎遠になっていった。
 ジャクリーンは顔を伏せたままコーギーの頭を撫でる。

「ジャクリーン…」

 フワフワの頭がさらりとした髪の丸い頭部になったのを感じ、今度は視線を向けずに撫でていた手をおろした。
 茂みの中で再び人の姿に戻ったコンラッドは、周囲の様子をうかがっている。

「大丈夫です。もう悲鳴を上げません。皆が戻ってくる前に服を着ていただけますか?私もドレスの崩れをできるだけ直さなければ…説明はそのあとにお願いします。」
「…わかった。」

 コンラッドは慣れた動作であっさり茂みから出て、数秒で軍服をきた。その動作から日ごろ慣れているのだと察しができる。ジャクリーンもコンラッドに手助けして貰いながら茂みから這い出て、汚れて崩れきったドレスのスカートを何とか伸ばそうとした。

「こんな時ですまないが、このまま俺の部屋に来ないか?多分、替えのドレスを準備できる。流石にそのドレスは困るだろう?」
「…殿下の部屋にドレスがあるのですか…?」

(何故?)

 訝し気なジャクリーンの顔に、焦った顔でコンラッドが近づいてきて彼女を抱き上げた。

「きゃあ、殿下?」
「せ、説明できる!決して浮気はない。とりあえず移動しよう。」

 武勲を立てているコンラッドの動きは、ジャクリーンが知る護衛よりも凄いものだった。
 音もなく温室から出て、近くの木にジャンプで上り、近くのバルコニーに入ったかと思えば、そこを足掛かりに狭い窓辺を渡り、またジャンプで木を移動して、気が付けばコンラッドの部屋のベランダに来ていたのだ。この間ずっとジャクリーンを抱えたままだ。

(英雄と呼ばれているのは知っていたけれど、ここまで運動神経の良い人だったのね)

 ジャクリーンは感嘆のため息をもらした。だが彼は誤解したらしく、ベランダから部屋に入るなりそっとベッドにおろして、距離をとった。

「すまない、また怖い思いをさせたな…」
「い、いえ…。」


 慎重にコンラッドは後ずさって、ジャクリーンから距離をとっていく。

「あの…、説明をお願いしても?」
「…その前にドレスを着替えないか?…、目のやり場が…」

 コンラッドの言葉に合わせるように、繊細なレースで編まれたドレスの袖がついに破れ出した。今日に限って肩、背中、腕の露出するイブニングドレスと長手袋だった為に薄い飾りのような袖に引っ張られるように胸部まで破れていく。先ほど茂みに入ってあちこち引っかかっていたせいだろう。

「ど、ドレスを持ってくる!!」

 破れる音が響きだした瞬間に後ろを向いてウォークインクローゼットへ彼が入って行ってしまったため、ジャクリーンは悲鳴を上げることすらできなかった。

「えっと…」

 なぜかプレゼント箱に入ったエンパイアドレスをコンラッドから受け取ったジャクリーンは、もたつきながら一人でドレスを一歩手前まで着られた。

「あの…殿下?少しよろしいでしょうか?」
「サイズは大丈夫だった…か!?あ、あ、あ、え?」
「あの、後ろの編み込みでしぼってしめることだけ自分ではできないものでして…手伝っていただけませんか?」

 サイズは大丈夫です…と、ごにょごにょとジャクリーンは呟き、ずり落ちそうなドレスを抑えた。

「すまない。」
「いえ…」

 ウォークインクローゼットから隠れるように顔を出したコンラッドは、顔を真っ赤にしてジャクリーンの後ろに回り、もたつきながらもドレスの後ろを結んでいってくれているようだ。

(どうして殿下が私のサイズの合うドレスを?いえ、2か月前にキャンセルされた夜会で一応揃いのドレスの可能性を考えてサイズをお送りしたのだったわ…、…?ではこのドレスは私宛?)

 プレゼントの箱に入っていたドレスは、今コンラッドが着ているコンラッド専用の軍服と揃いの黒がメインのドレスだった。よくよくみれば軍服の装飾のような金色の装飾がドレスにも施されている。

(…殿下から届いたドレスは明らかにオーダーメイドではない流行りの青いAラインドレスだった。あれを夜会にお父様と着ていったのに…ここに何故…)

 前を押さえなくても落ちなくなってきたので、彼女は手を放してドレス全体を見下ろした。

「髪も整えていいか?良ければ、そこの椅子に座ってくれ。」

 後ろのドレスのリボンを編み結び終えたのだろう。コンラッドがまたプレゼントの箱を持ってきた。
 一つは靴、一つは髪留めがいくつか入っている。

「先ほどの騒ぎで片方ヒールが折れたようだから、こっちを…」
「はい…あの、これはもしや…」

 大人しく背もたれだけの椅子に座り、プレゼントの箱から靴を取り出して履き替えた。
 こちらも黒がメインで宝石と皮をふんだんに使われた靴をみつめる。

「本当はこちらを贈りたかった。でもジャクリーンの趣味がわからなかったから…」

 先ほど散々に乱された長い髪が、優しく櫛で解かれていくのがわかった。今なら互いの表情は見えない。

「説明して、くれますか?」
「わかった。…側妃が十数年前にいたのは知っているか?」
「え?…、あ!はい。」

 ジャクリーンは王子妃教育の一環で習った中に、現国王陛下にかつて側妃がいたことを思い出した。

(確か平民の出の人で、とても人懐っこくて遊ぶことが大好きで、貴族としては少し変わっていた。国王陛下の側近の人たちとも仲良くて、王妃様とも最期は仲良くなられた人で、子をなすこともなく沢山の人に愛されたまま亡くなられた人…よね。)

 国王陛下と王妃様の学生時代はそれはそれは大変だったらしい。
 結局、国王陛下は王妃様と政略結婚したが、後に5人の王子が二人の間に生まれている。
 国王陛下のごり押しで側妃になった女性とは一人も子が出来なかった。まさに真の愛の間にしか子は出来なかったのだ。という美談に今はされている。

「俺は、…俺だけは側妃の子なんだ…」
「え?」
「もっと言うと側妃は和平協定のためにきた獣人族の姫で、俺はこの魔力が強い国で特に強い魔力を持つ父上の魔力を引き継いだせいで、獣人どころか獣になるまで先祖返りをおこしている。」
「…え、え?」

 いつの間にか髪をすく手が止まり、サイドの髪だけまとめて後ろで止める金具の音がパチリとやけに大きく響いた。プレゼントの箱の中の髪留めが全てなくなり、空っぽになっている。

「せめて側妃と同じ人型だったなら良かったのに、獣人族が忌み嫌う獣化だった。仔犬姿で生まれた俺を見て、側妃は発狂して自死をしたそうだ。だから獣人族は逆に忌子いみごを押し付けた事実をこの国に詫びたらしい。だから国際問題にも大きな問題にもならなかった。」

どくどくどく
心臓が早鐘をうち、ジャクリーンの頭の中で警鐘がなった。

「俺は生後数日で人の姿になったそうだ。友人でもあった側妃の発狂死と赤子の俺を見て、王妃は俺を生んだと公表して、俺の母親にもなることを決意したらしい。…俺の立場は特殊なんだ。」

 走馬灯のようにジャクリーンの中でこれまでのことが反芻される。

 政務を学ばない代わりに騎士道を極め、魔物討伐や国境付近の小競り合いを勝利に導いたりと、その活躍ぶりは王都から遠い田舎の村の人間ですら名前を知っているほど有名だった。英雄コンラッド王子

視点を変えると―

 小さなころから政務を学べないで魔物討伐や隣国との国境付近の小競り合いをさせられ、本来なら婚約者であるジャクリーンを蔑ろにし、冷めた婚約関係でも許されていた、いや蔑ろにしているように仕向けられていた、なら?

彼が英雄にならなかったなら?
途中で死んでいたなら?

 コンラッドが死んでもジャクリーンは困らない。
 話が真実なら、王家も困らない。

 誰と結婚してもジャクリーンは領地の統治権を持つ。
 今日の事件がなければいずれは婚約解消も可能だった。

 初めてコンラッドと出会った時を思い出す。
 遊ぶことを許されたほかの王子たちと違って、真っ直ぐに背を伸ばして小さな彼一人だけがジャクリーンのそばに立っていた。


「聞いて…良かった、のですか?」
「どう思う?」

 彼は背後に立ったまま耳元で聞いてきた。
 残りの真珠のついたピンタイプの髪飾りが右耳の横に並ぶように3つ差し込まれた。

(背後には王家の闇…)

 怯えた目でジャクリーンはコンラッドを振り返った。
 同じように怯えた目をしたコンラッドがコーギーになった瞬間だった。

「殿下…わ、私は…」

 何を言おうか迷っている彼女に、無垢な獣は無害な顔をして足元にすり寄ってきた。

 プスプスと鼻を鳴らして、椅子の後ろにいたのでせっせとお尻を揺らして自身の服を蹴散らす。

 憂いの感じない足取りでジャクリーンの足がある真横まで近づいてきて、ひざの上にあごが乗るように背伸びして甘えてくる。
 コーギーに人の意思があるとは思えない。

(もう少し軽ければ抱き上げて差し上げたかった…せめて…)

 着替える際に両方の手袋を脱いでいたジャクリーンは、そっと背を撫でた。

「私は…私はこちらの姿もです。もっと殿下のことを話してくださいませんか?」

 再びコンラッドは人型になった。

 …体制がとても悪かった。


「うわぁ!?」
「きゃあ!?」

 ジャクリーンは、手置きがない背もたれだけの椅子に座っていたのだ。
 真横から背を伸ばすように顎をのせていたコーギーは、コンラッドに戻った時にそのまま全裸でジャクリーンのひざの上に上体を乗せる体制になっていた。
 スライドするように背を撫でていた手は再びコンラッドの尻を撫でるポジションにおさまった。
 ハッと何かに気が付いたコンラッドは、焦ったように尻を突き出す形で彼女の膝にしがみついた。

「殿下…あの…」
「叩いてくれ…」
「え?あの?え??」
「早く!!」

 ジャクリーンは咄嗟に頼まれるまま、尻に向かって手を振り上げた。
 次の瞬間に、第三王子であるはずの彼の部屋の扉は無遠慮に開かれる。

「おーい、コンラッドいるー?婚約者ちゃん放置してちゃダメだ…よ?」
「ホワイト令嬢がお前との茶会でいなくなったそうだ!!何をしてい…」

 ノックもなしに無遠慮に入ってきたのは第一王子と第二王子だった。

パーン!!

 痛そうな音をコンラッドの尻から奏でたジャクリーンは、冷や汗をかいた。
 第三者からみたコンラッドとジャクリーンは、叱る母親と叱られて尻を叩かれる子供の体制だ。
 コンラッドは全裸だが、全裸だが!!

 混乱し何が正解かわからなくなったジャクリーンは、言われた通りにコンラッドの尻をさらに叩いた。

パーン!
バチーン!!

 横から膝に上体を全部預けて顔を伏せるコンラッドの表情は見えない。
 彼は声も上げない。

(これで良いの?あってるの??何が起きているの???)

 手が痛くなるほど、ジャクリーンは婚約者の尻を叩く。


「ごめん…そうだね。俺の弟…いやだもん、ね。二人とも大丈夫で良かったよ。うん…本当に…ごめんね。ご褒美中に邪魔しちゃった…。続けて続けて。人払いは任せてねー。」
「コンラッドお前もか!?嘘だろ噓だろ嘘だろ…え、俺だけ…?…俺がおかしいのか??なぁ、兄さん!?待っ…」

 照れたように第一王子は頬を染めて、そっと混乱する第二王子を連れて出て行った。
 嵐のように扉がしまり、静かになる。

「流石は兄上。勘違いだが、察してくれて…助かった…」
「何も助かってないのですが…ど、え?な、え?」

 第三王子様の尻に手を置いたまま、ジャクリーンはどうして第一王子が納得したのかも、何で第二王子がと言ったのかもわからずに混乱していた。

「実は、これから話すのはなんだが…」
「え?」

 ジャクリーンの膝に全裸の上体を任せたままコンラッドは真剣な顔をする。

(今から話すのが、王家の闇??さっきまでのは…??)

 何も言えないジャクリーンは、コンラッドの言葉を待つ。

「上に立つ立場なせいか被虐趣味マゾヒストの人間が生まれやすいんだ。ずっと人の上にたっているからこそ踏まれたい、下にされて虐げられたい、と言う不満を抱えた人間が王家には多い。先王陛下の代からついには尻を叩くことが王妃教育に組み込まれたらしい。」

 王子様に真剣な顔で言われても、蝶よ花よと箱入りに育てられて王子妃教育で習っていないことを聞いたジャクリーンは、スパンキング込み王妃教育なんてものは、うまく飲み込めない。

「俺は痛いことも好きじゃないし精神的な苦痛もいらない被虐趣味が全くないんだが、父上も兄弟たちも好んで婚約者になぶられているそうだ。俺がそうなりやすい環境として色々試してくださったんだが、ジャクリーンはどんなに怒っていい状況でも俺を怒らなかっただろう?」
「えぇ…はい…」

 普通の令嬢なら相手が王家の人間なら我慢するだろう。
 もしくは早くにカミングアウトされていて対応できるように教育を受けたか、沸点が低く幼い頃に破裂させられたのか、何かしらなければジャクリーンたちのように冷めた関係になる。
 交流が少なかった2人では良好にはなりえなかっただろう。

(今回はたまたま結婚前にわかったこと。殿下の境遇も知ったから、私は忌子の話も獣化?も含めて今までのことを許してしまうつもりでいるけど、普通は嫌になるわよね…)

 そろそろ膝が痺れて来たが、上体を完全に彼女に委ねてきているコンラッドは退く気配がない。

「俺としては君が加虐趣味サディズムではないことに安心していたんだが、死に近い痛みの方が好きなのかと勘違いされて魔物討伐や国境付近の小競り合いに送り出された時は、側妃の子である自分を呪ったよ。王妃様と父上は、はとこらしい。血が近いから兄弟たちは被虐の趣味に目覚められたのかと、な。」

 怯えも感じたコンラッドの秘密や、彼のの境遇や生い立ちへの配慮や申し訳なさが消し飛んでいく。

 話せてすっきり。
 コンラッドはさわやかに笑っている。
 先ほどの話題に対して特に思い悩んでいる様子はない。

「第二王子殿下は驚いていたように見えましたが…?」
「兄上は、くすぐり、罵倒と放置?を婚約者に要求しているらしいから、結局は被虐趣味マゾヒストだな。尻を叩かれるのが理解できないだけで、ちゃんと王族の血だ。」
「…あぁ…」

 ふとジャクリーンの脳裏に、普段は穏やかな人なのに第二王子相手に涙目で罵っている知人のお姉様が浮かんだ。

(穏やかなあの人をよく怒らせられるな、とは思っていて、でも普段は仲が良さそうだから、喧嘩するほど仲がいいのかなと思ったら…あぁ…あぁ!!)

 未だ全裸でジャクリーンの膝を占拠して、まんざらでもない顔でくつろぎだしたコンラッドの尻に、ジャクリーンは手を大きく振り上げた。
 うつ伏せで上機嫌の彼はまだ気がついていない。

(よく考えたら、こんなに長くお話したのも一緒にいるのも初めて会って以来だわ!?獣化の話を重く考えていないならもっと早く話してくれていたら、もっとしっかり事情を話そうとしてくれていたら、そうしたら、私だって、私だってぇぇぇ!!)

 ふつふつと湧き上がる感情は、華奢な腕を鞭のようにしならせてくれた。

「とりあえず、ごまかせたようで良かったよ。実は獣化しているときの意識はないんだが、人の姿に戻ると全部記憶が戻るんだ。俺の獣化した姿も好きだといってくれたのは君だけだ。実は君に一目ぼれで…。」

 はははっ
 爽やかに笑う王子様は尻へ迫る脅威に気が付いていない。

「俺もジャクリーンに好きだとずっと言いたかったんだ。初めて出会った日に君を誰にも渡したくなくて、ずっと隣に張り付いてて正解だったよ。君と一週間違いで産まれたのもきっと運命だったんだ!君のおかげで俺は産まれたことを後悔しても立ち直ってこれたんだ。婚約を結べて嬉しい。ジャクリーン、ありが…」



バチ―ン!!!


 のんきに人型全裸のまま淑女の膝でくつろぎ、恥ずかしそうに格好つけた告白タイムを始めた第三王子の尻にきつい一撃が落ちる。

「これまでの殿下の境遇や出生を知らなかったことに申し訳なさとか、これからの配慮とかいろいろ考えたのに、被虐趣味!??趣味―!??この、この駄犬―!!」
「いってぇ!?え、え??ジャクリーン!??」

バチンッ!!
バチンッ!!
バチンッ!!

「約束して!!くださいませ!!今後は私にも!!もっと協力させてくださると!!何かあったらまずは詳しく!!話を聞かせてくれると!!約束してくださいませ!!もう秘密はありませんわねっ!?今ならこれまで寂しい思いも致した分!!全部聞きますわ!!」

 自身の手が真っ赤になってもジャクリーンは叩き続け、気づけば泣きながら出会ってから寂しい思いまで吐き出していた。
尻を叩き続けながら…

バチンッ!!
バチンッ!!
バチンッ!!

「ないです、すみませんでした!!今まで獣化して嫌われるんじゃないか、かと、勝手に判断し、…待ってくれ尻が割れる!!本当に痛いってぇ!!あ、ぁ、…黙って距離をとってましたが、もう俺の秘密はない!!寂しい思いをさせているのに気が付かず、すまなかった!!あ、あぁっ…」

 長年念願だったイチャイチャ告白タイムどころが、2人して泣きながらの尻叩き告白タイムになったことに、コンラッドの情緒は滅茶苦茶になった。

(好きな子が泣きながら俺を叩いている。1人だけ偽の王子だと言ったのに、王家の恥を一週間違いで産まれたからと押し付けられたはずなのに…尻が痛い…秘密にして傍にいなかったことを怒ってくれている。尻が痛い。この先も一緒にいる約束をねだってくれている。尻が痛い。何だこれ、何だこれ…)

バチンッ!!
バチンッ!!
バチンッ!!

 尻を叩かれながら、今までジャクリーンにも閉じていた心の一部が開いていくのをコンラッドは感じていた。

(やっぱり痛いけど…泣きながら俺をくれる彼女は一目惚れした時より更に綺麗にみえる。やっぱりドレス似合ってる。獣化しなきゃ一緒に夜会に行って、今来ているドレスのジャクリーンと踊れたのかな。)

 頬が赤く染まったのを隠すように、コンラッドはジャクリーンの気がすむまで尻を差し出す覚悟をした。

 途中、国王陛下と王妃様も様子を見に来たが、婚約者ジャクリーンに尻を叩かれているコンラッドを見て、生暖かい笑顔で頷きあって去っていった。

 これまでの人生で散々色々すっぽかされ、一人さみしい思いをさせられてきたジャクリーンは思いのままに不遇ながら身勝手でもある婚約者の尻を叩き、ノーマルだった婚約者の王家の血マゾヒズムが目覚め、 被虐の王族コンラッドとの結婚が確定したことをまだ知らない。





※コンラッドの王家内の関係は良好ですが、ジャクリーンが考えたコンラッドの「もしも」は事実でした。
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