上 下
133 / 144

お手紙⑤

しおりを挟む
 公威さんからは何の連絡もない中、12月に入ってすぐの日に、合原家から丁寧な書状が届いた。

 合原家は、うちの商売を引き継いでいるが、それは大枚払って買い取ってくれたわけである。そして、それとは別に毎年、収益金という名目で、過分なほどのお金も我が家に振り込まれてくる。

 その件で何かあったのだろうか、と思いきや、手紙は公威さんに関するものだった。
 公威さんは現在、病気で公務を休んでおり、私との縁談を一旦白紙に戻してほしい、とのことであった。

 先に手紙を読んだ母は、こっそり私を呼んで無言で手紙を渡してきた。
 読んだ私も、黙って母の顔を見る。驚きで、手紙を持つ指先が冷たく感じられるほどであったのだが。

 母は首を振って、
「仕方ありませんね。ご連絡してくれただけ、よしとしましょう」
 そう言うが、その声は悲痛な響きを伴うものであった。

 それから母は、家族全員を集めて手紙の説明をした。母が話し合えるや否や、律子が叫ぶ。

「お母様、仕方ないなんて、そんな悠長な! 白紙に戻すって、どういうこと? 陸軍省からは、『無事なので、ご心配なく』って、お返事だったわよね? 実際は、公威様は重篤なご病気だったということ?」

 律子の体は、小刻みに震えている。

「りっちゃん、落ち着いて。お手紙の末尾に、近々公威様ご自身から説明させてもらいますってあるわ。やはり、私は待つしかないみたいね」

 そう言いながら、私は頭がぼうっとして、自分の声が遠くから聞こえてくるみたいな、不思議な感覚を覚えていたのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

陸のくじら侍 -元禄の竜-

陸 理明
歴史・時代
元禄時代、江戸に「くじら侍」と呼ばれた男がいた。かつて武士であるにも関わらず鯨漁に没頭し、そして誰も知らない理由で江戸に流れてきた赤銅色の大男――権藤伊佐馬という。海の巨獣との命を削る凄絶な戦いの果てに会得した正確無比な投げ銛術と、苛烈なまでの剛剣の使い手でもある伊佐馬は、南町奉行所の戦闘狂の美貌の同心・青碕伯之進とともに江戸の悪を討ちつつ、日がな一日ずっと釣りをして生きていくだけの暮らしを続けていた…… 

戦国の華と徒花

三田村優希(または南雲天音)
歴史・時代
武田信玄の命令によって、織田信長の妹であるお市の侍女として潜入した忍びの於小夜(おさよ)。 付き従う内にお市に心酔し、武田家を裏切る形となってしまう。 そんな彼女は人並みに恋をし、同じ武田の忍びである小十郎と夫婦になる。 二人を裏切り者と見做し、刺客が送られてくる。小十郎も柴田勝家の足軽頭となっており、刺客に怯えつつも何とか女児を出産し於奈津(おなつ)と命名する。 しかし頭領であり於小夜の叔父でもある新井庄助の命令で、於奈津は母親から引き離され忍びとしての英才教育を受けるために真田家へと送られてしまう。 悲嘆に暮れる於小夜だが、お市と共に悲運へと呑まれていく。 ※拙作「異郷の残菊」と繋がりがありますが、単独で読んでも問題がございません 【他サイト掲載:NOVEL DAYS】

戦国乱世は暁知らず~忍びの者は暗躍す~

綾織 茅
歴史・時代
戦国の世。時代とともに駆け抜けたのは、齢十八の若き忍び達であった。 忍び里への大規模な敵襲の後、手に持つ刀や苦無を筆にかえ、彼らは次代の子供達の師となった。 護り、護られ、次代へ紡ぐその忍び技。 まだ本当の闇を知らずにいる雛鳥達は、知らず知らずに彼らの心を救う。 しかし、いくら陽だまりの下にいようとも彼らは忍び。 にこやかに笑い雛と過ごす日常の裏で、敵襲への報復準備は着実に進められていった。 ※他サイトにも投稿中です。 ※作中では天正七年(1579)間の史実を取り扱っていくことになります。 時系列は沿うようにしておりますが、実際の背景とは異なるものがございます。 あくまで一説であるということで、その点、何卒ご容赦ください。

剣客居酒屋 草間の陰

松 勇
歴史・時代
酒と肴と剣と闇 江戸情緒を添えて 江戸は本所にある居酒屋『草間』。 美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。 自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。 多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。 その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。 店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。

あやかし吉原 ~幽霊花魁~

菱沼あゆ
歴史・時代
 町外れの廃寺で暮らす那津(なつ)は絵を描くのを主な生業としていたが、評判がいいのは除霊の仕事の方だった。  新吉原一の花魁、桧山に『幽霊花魁』を始末してくれと頼まれる那津。  エセ坊主、と那津を呼ぶ同心、小平とともに幽霊花魁の正体を追うがーー。  ※小説家になろうに同タイトルの話を置いていますが。   アルファポリス版は、現代編がありません。

ふたりぼっちで食卓を囲む

石田空
ライト文芸
都会の荒波に嫌気が差し、テレワークをきっかけに少し田舎の古民家に引っ越すことに決めた美奈穂。不動産屋で悶着したあとに、家を無くして困っている春陽と出会う。 ひょんなことから意気投合したふたりは、古民家でシェアハウスを開始する。 人目を気にしない食事にお酒。古民家で暮らすちょっぴり困ったこと。 のんびりとしながら、女ふたりのシェアハウスは続く。 サイトより転載になります。

とべない天狗とひなの旅

ちはやれいめい
歴史・時代
人間嫌いで悪行の限りを尽してきた天狗、フェノエレーゼ。 主君サルタヒコの怒りを買い、翼を封じられ人里に落とされてしまう。 「心から人間に寄り添い助けろ。これ以上悪さをすると天狗に戻れなくなるぞ」 とべなくなったフェノエレーゼの事情を知って、人里の童女ヒナが、旅についてきた。 人間嫌いの偏屈天狗と、天真爛漫な幼女。 翼を取り戻すため善行を積む旅、はじまりはじまり。 絵・文 ちはやれいめい https://mypage.syosetu.com/487329/ フェノエレーゼデザイン トトさん https://mypage.syosetu.com/432625/

処理中です...