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いずれ春永に④
しおりを挟む桃を届けてくれた今西さんは、以前言っていた “夏季休暇の京都旅行” の話を始めた。
彼は熱心に誘ってくれるが、私はそんな気になれなくて、今回はお断りすることにした。すると、律子も「じゃあ、私も辞める」と、あっさり言ってのける。
「僕の家は上賀茂神社の近くで、すぐき菜の畑が広がる、長閑でええ所なんです。家も古い農家で、気張らんと滞在してもらえると思うんですけど。実際、食客扱いの人も、入れ替わり立ち替わり住んでるくらいですからね」
今西さんが残念そうに言うと、律子が「まあ!」と口を挟む。
「今西さんのお家って、博徒稼業もなさっているの?」
「は?」
「食客が入れ替わり立ち替わりって。水滸伝みたい」
「いやいや、とんでもない!」
焦って否定する今西さんだったが、「あーっ、そうか」と、急に何か思いついた様子だ。
「いずれ春永にって、そういうことや」
「え?」
「さっき、合原様が別れ際に、『いずれ春永に』って仰ったのが気になってたんです。どういう意味やったかなあって」
確かにそう仰った。
「皆さんが京都に遊びに来られるのは、またいずれ春永に。押しつけがましいのは嫌われます」
今西さんが微笑んで言うのに、母は頷いた。
「そうね、いつか暇な時にでもゆっくり、ということで」
京都行きの話はそれで終わって、今西さんは、今度は千代に質問し始めた。
「劇場のお仕事は、お客さんから心づけは貰えたりするんですか?」
「はい、活動の冊子をお買い上げいただけたら、利鞘《マージン》を幾らか貰えるんです」
千代の話す案内係のお給金制度を、今西さんは興味深く聞いている。
「まだ半年しか経っていませんけど、売上は私が一番なんです。それに年齢も私が一番上で」
そうなのだ、働き手の少女たちは小学校を出てすぐの子が多いので、皆若いのだ。
「私も、そろそろ違う仕事に就いたほうがいいのかな」
今西さんが気安い人だからか、千代は笑って、そんなことまで言い出す。しかし、今西さんは真面目な顔で返事した。
「千代さん、差し出がましいようですけど、あなたは優秀な資質をお持ちみたいです。折角やから、丸の内で働かれたらどうですか?」
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