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事件⑥

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「利晴様? 何故ここに?」
 どういうこと?
 私を見下ろしている利晴さん以外、部屋に誰もいない。

 今日は、公威さんの上官に当たる方々にお会いするのじゃなかったの?
 そもそも、公威さんからお迎えが……まさか!

「騙したのですか!」
「騙すなどと、人聞きの悪い。公威は間違いなく、今日ここに来ていますよ。ただし、軍人だけの集まりで」

 利晴さんがしゃがんで、私の手を取って起こそうとしてくるが、私は彼の手を払いのけた。
「文子さんでも、そんな顔をすることがあるんですね。でも、怒った顔も美しい」

「説明してください。どういうことですか?」
「説明も何も。普通に考えて、公威があなたを、こんな場所に呼ぶはずないでしょう。上司も、うら若き乙女を花街には招待しない」

 呆然となっている私に気づかぬ風で、利晴さんは冷ややかな態度を崩さない。
「私はどうしても、もう一度文子さんと二人きりでお話がしたかったのです。考えてみたら、私たちは、ほとんど話をしたことがないじゃないですか」

「今更、お話することは何もないです」
「私という人間を、ちゃんと知ってもらいたいのです」
「結構です」

 私は頭に血が昇っていたので、あとさき考えず、ぴしゃりと彼をはねつける。

「文子さん。公威は、そんなにいい奴ですか?」
 利晴さんの声の調子が変わった気がした。

「いい人かどうかは、お兄様である利晴様が一番よくご存知でしょう?」

 利晴さんが、にじり寄ってくる。そして、お膳の徳利を掴むと私に向けてきた。
「それはどうかな……。あなたの意見が聞きたい、お酒でも飲みながら」

「お酒は飲めません」
「固いことは言わないで」

 あっという暇もなく、私は利晴さんに抱え込まれていた。彼は無理矢理、私の口に徳利の注ぎ口を捩じ込もうとする。
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