113 / 144
キネマ会社⑤
しおりを挟む
「おや? 姐さん。今日はどうしてここに?」
「それはあたしの台詞でしょうに」
そう言いながら、ずかずかと所長室に入って来たのは、日本髪を綺麗に結い上げた人だった。
「公威様、お知り合いですか?」
母は、詰るような物言いをする。
「お知り合いも何も。花街で合原大尉を存じ上げない芸者はもぐりでございますよ」
「まあ!」
喜代栄さんと呼ばれた芸者さんの返事に、母は眉をひそめた。
母の声に反応して、喜代栄さんは私の顔をまじまじと見てきた。
「もしや、このお嬢様は、あの時の?」
「そう。湯島で」
「そうでございますよね。えっ! まさか、お嬢様も女優志望なんですの?」
喜代栄さんが素っ頓狂な声を上げると、即座に公威さんは否定した。
「お嬢様も? ってことは、姐さんは女優志望なのかい?」
「さあ、どうでしょう」
にやりと笑う彼女に、所長が慌てたように言う。
「喜代栄さん、困るよ。こちらはもう、そのつもりで色々準備してるんだからね」
彼女も交えて、撮影所のお二人や公威さんは、和やかに話を始めた。
私と千代は圧倒されて、黙って大人たちの会話を聞いていた。
「お嬢様、あたしは大尉のお兄様からもご贔屓にしていただいておりますので、お噂は伺っております。いえ、お気になさるようなことじゃありませんよ。ご兄弟揃って花街の人気者でいらっしゃるけれど、あたしは大尉の後援者ですから」
「おいおい、後援者って」
公威さんが苦笑いする横で、私に笑いかける喜代栄さんは、とても優しく美しかった。
帰りは、撮影所のほうで車を用意してくれた。母は気負い込んで撮影所に乗り込んだわけだが、帰りの車中ではずっと静かである。
「お母様、どうかした? お話し合いは首尾よく終わってよかったじゃありませんか」
「そう? 何かすっきりしないわ。それに、公威さんも遊び慣れてる方なのかって思うと不安ですよ……」
「それはあたしの台詞でしょうに」
そう言いながら、ずかずかと所長室に入って来たのは、日本髪を綺麗に結い上げた人だった。
「公威様、お知り合いですか?」
母は、詰るような物言いをする。
「お知り合いも何も。花街で合原大尉を存じ上げない芸者はもぐりでございますよ」
「まあ!」
喜代栄さんと呼ばれた芸者さんの返事に、母は眉をひそめた。
母の声に反応して、喜代栄さんは私の顔をまじまじと見てきた。
「もしや、このお嬢様は、あの時の?」
「そう。湯島で」
「そうでございますよね。えっ! まさか、お嬢様も女優志望なんですの?」
喜代栄さんが素っ頓狂な声を上げると、即座に公威さんは否定した。
「お嬢様も? ってことは、姐さんは女優志望なのかい?」
「さあ、どうでしょう」
にやりと笑う彼女に、所長が慌てたように言う。
「喜代栄さん、困るよ。こちらはもう、そのつもりで色々準備してるんだからね」
彼女も交えて、撮影所のお二人や公威さんは、和やかに話を始めた。
私と千代は圧倒されて、黙って大人たちの会話を聞いていた。
「お嬢様、あたしは大尉のお兄様からもご贔屓にしていただいておりますので、お噂は伺っております。いえ、お気になさるようなことじゃありませんよ。ご兄弟揃って花街の人気者でいらっしゃるけれど、あたしは大尉の後援者ですから」
「おいおい、後援者って」
公威さんが苦笑いする横で、私に笑いかける喜代栄さんは、とても優しく美しかった。
帰りは、撮影所のほうで車を用意してくれた。母は気負い込んで撮影所に乗り込んだわけだが、帰りの車中ではずっと静かである。
「お母様、どうかした? お話し合いは首尾よく終わってよかったじゃありませんか」
「そう? 何かすっきりしないわ。それに、公威さんも遊び慣れてる方なのかって思うと不安ですよ……」
2
お気に入りに追加
19
あなたにおすすめの小説
くじら斗りゅう
陸 理明
歴史・時代
捕鯨によって空前の繁栄を謳歌する太地村を領内に有する紀伊新宮藩は、藩の財政を活性化させようと新しく藩直営の鯨方を立ち上げた。はぐれ者、あぶれ者、行き場のない若者をかき集めて作られた鵜殿の村には、もと武士でありながら捕鯨への情熱に満ちた権藤伊左馬という巨漢もいた。このままいけば新たな捕鯨の中心地となったであろう鵜殿であったが、ある嵐の日に突然現れた〈竜〉の如き巨大な生き物を獲ってしまったことから滅びへの運命を歩み始める…… これは、愛憎と欲望に翻弄される若き鯨猟夫たちの青春譚である。
陸のくじら侍 -元禄の竜-
陸 理明
歴史・時代
元禄時代、江戸に「くじら侍」と呼ばれた男がいた。かつて武士であるにも関わらず鯨漁に没頭し、そして誰も知らない理由で江戸に流れてきた赤銅色の大男――権藤伊佐馬という。海の巨獣との命を削る凄絶な戦いの果てに会得した正確無比な投げ銛術と、苛烈なまでの剛剣の使い手でもある伊佐馬は、南町奉行所の戦闘狂の美貌の同心・青碕伯之進とともに江戸の悪を討ちつつ、日がな一日ずっと釣りをして生きていくだけの暮らしを続けていた……
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
戦国の華と徒花
三田村優希(または南雲天音)
歴史・時代
武田信玄の命令によって、織田信長の妹であるお市の侍女として潜入した忍びの於小夜(おさよ)。
付き従う内にお市に心酔し、武田家を裏切る形となってしまう。
そんな彼女は人並みに恋をし、同じ武田の忍びである小十郎と夫婦になる。
二人を裏切り者と見做し、刺客が送られてくる。小十郎も柴田勝家の足軽頭となっており、刺客に怯えつつも何とか女児を出産し於奈津(おなつ)と命名する。
しかし頭領であり於小夜の叔父でもある新井庄助の命令で、於奈津は母親から引き離され忍びとしての英才教育を受けるために真田家へと送られてしまう。
悲嘆に暮れる於小夜だが、お市と共に悲運へと呑まれていく。
※拙作「異郷の残菊」と繋がりがありますが、単独で読んでも問題がございません
【他サイト掲載:NOVEL DAYS】
剣客居酒屋 草間の陰
松 勇
歴史・時代
酒と肴と剣と闇
江戸情緒を添えて
江戸は本所にある居酒屋『草間』。
美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。
自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。
多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。
その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。
店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。
ふたりぼっちで食卓を囲む
石田空
ライト文芸
都会の荒波に嫌気が差し、テレワークをきっかけに少し田舎の古民家に引っ越すことに決めた美奈穂。不動産屋で悶着したあとに、家を無くして困っている春陽と出会う。
ひょんなことから意気投合したふたりは、古民家でシェアハウスを開始する。
人目を気にしない食事にお酒。古民家で暮らすちょっぴり困ったこと。
のんびりとしながら、女ふたりのシェアハウスは続く。
サイトより転載になります。
とべない天狗とひなの旅
ちはやれいめい
歴史・時代
人間嫌いで悪行の限りを尽してきた天狗、フェノエレーゼ。
主君サルタヒコの怒りを買い、翼を封じられ人里に落とされてしまう。
「心から人間に寄り添い助けろ。これ以上悪さをすると天狗に戻れなくなるぞ」
とべなくなったフェノエレーゼの事情を知って、人里の童女ヒナが、旅についてきた。
人間嫌いの偏屈天狗と、天真爛漫な幼女。
翼を取り戻すため善行を積む旅、はじまりはじまり。
絵・文 ちはやれいめい
https://mypage.syosetu.com/487329/
フェノエレーゼデザイン トトさん
https://mypage.syosetu.com/432625/
織田信長IF… 天下統一再び!!
華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。
この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。
主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。
※この物語はフィクションです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる