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浅草寺②

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 浅草は、父に連れられて来たことが何度かある程度だが、ほんとうに久しぶりに来た気がする。
 それは律子も同じで、興奮しているみたいだ。

「浅草って、都会で賑やかで華やか!」
「なかなか来る機会がなくて初めて来ましたが、ホンマにここは通いたくなる場所ですねえ」
「また絶対に来ましょうね! 活動寫眞も観たいし、浅草オペラも観たいわ」

 今西さんと律子がはしゃぐ姿を横目に、私は公威さんの顔を仰ぎ見る。
 穏やかな表情の彼は、何を考えているのだろう。不意に彼が私のほうを見て、「ん?」と微笑んだ。

「いいえ、なんでもありません」
「そうですか? 何か仰りたいことがあるのかと」

「公威様! 公威様のお顔は、御用がないと見てはいけないのですか?」
 律子がからかうように言うと、
「そんなことはありませんよ」
 と、公威さんは顔をくしゃくしゃにして笑う。

「見とれてしまうほど素敵ってことです。ね? お姉様!」
「りっちゃん!」
 律子ときたら、急に何を言い出すの?

 困っている私に、今西さんが真面目な口調で言った。
「文子さん、照れることじゃないですよ。帝国軍人さんを間近に見て、感動したのは僕は初めてです」

「ははは、この格好は男っぷりを一段上げるらしいからね。でも、ありがとう」

 一連の会話は、私たちにとって楽しいものではあるけれど、公威さんの大人ぶりを強く感じさせるものでもある。

「さて。じゃあ観音様にお詣りしましょう。キネマやオペラはまた次回。いつでも来られるんですから」
 公威様の言葉に、律子がすかさず返した。

「それは、また公威様が連れて来て下さるということですか?」
 今日の律子は、いつも以上に大胆で積極的だ。

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