73 / 144
心の慰め
しおりを挟む
「文子さん。妹さんも、お二人ともお元気そうでなによりだ。……こちらは?」
軍人さんを前にして、尚且つくだけた物言いをされることに今西さんは緊張したのか、固い調子で公威さんに挨拶する。
「本郷で勉強中の学生です、今西と申します。縁あって今日は、お嬢様方と梅を観に参りました」
「そうでしたか。本郷、ということは帝大ですか? 少し上方訛りがあるようですが?」
「はっ、はい。出身は京都の南のほうで、三高で勉強しておりました」
公威さんは優しい眼差しで頷いた。
「それはそれは。将来有望な方ですね。頑張って勉強して下さい」
公威さんの大人な対応に、私は胸がどきどきした。
あの日から私は、彼の素敵なお振舞いを時折思い出したりしている。でも、それは、利晴様の “裏切り” にも似た行為や、それに続く嫌な出来事を忘れさせるために思い出しているのだ、そう考えていた。
今、目の前で佇んでいる素敵な男性。
公威さんに対する思いは、“好き” というのではなく、“慰め” なのだ。私の、ともすれば荒みそうになる心を慰めてくれる方……。
「文子さん、文子さん」
「あっ、はい」
「どうしました? ぼんやりして」
「あ、すみません」
公威さんのお顔を、考え事をしながら見ていたせいで、話しかけられているのに気づかなかった。恥ずかしい!
「公威様、許してあげて下さい。お姉様は疲れているんです、働き始めたので。ね? お姉様」
律子が助け船を出してくれた。
軍人さんを前にして、尚且つくだけた物言いをされることに今西さんは緊張したのか、固い調子で公威さんに挨拶する。
「本郷で勉強中の学生です、今西と申します。縁あって今日は、お嬢様方と梅を観に参りました」
「そうでしたか。本郷、ということは帝大ですか? 少し上方訛りがあるようですが?」
「はっ、はい。出身は京都の南のほうで、三高で勉強しておりました」
公威さんは優しい眼差しで頷いた。
「それはそれは。将来有望な方ですね。頑張って勉強して下さい」
公威さんの大人な対応に、私は胸がどきどきした。
あの日から私は、彼の素敵なお振舞いを時折思い出したりしている。でも、それは、利晴様の “裏切り” にも似た行為や、それに続く嫌な出来事を忘れさせるために思い出しているのだ、そう考えていた。
今、目の前で佇んでいる素敵な男性。
公威さんに対する思いは、“好き” というのではなく、“慰め” なのだ。私の、ともすれば荒みそうになる心を慰めてくれる方……。
「文子さん、文子さん」
「あっ、はい」
「どうしました? ぼんやりして」
「あ、すみません」
公威さんのお顔を、考え事をしながら見ていたせいで、話しかけられているのに気づかなかった。恥ずかしい!
「公威様、許してあげて下さい。お姉様は疲れているんです、働き始めたので。ね? お姉様」
律子が助け船を出してくれた。
0
お気に入りに追加
19
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
くじら斗りゅう
陸 理明
歴史・時代
捕鯨によって空前の繁栄を謳歌する太地村を領内に有する紀伊新宮藩は、藩の財政を活性化させようと新しく藩直営の鯨方を立ち上げた。はぐれ者、あぶれ者、行き場のない若者をかき集めて作られた鵜殿の村には、もと武士でありながら捕鯨への情熱に満ちた権藤伊左馬という巨漢もいた。このままいけば新たな捕鯨の中心地となったであろう鵜殿であったが、ある嵐の日に突然現れた〈竜〉の如き巨大な生き物を獲ってしまったことから滅びへの運命を歩み始める…… これは、愛憎と欲望に翻弄される若き鯨猟夫たちの青春譚である。
陸のくじら侍 -元禄の竜-
陸 理明
歴史・時代
元禄時代、江戸に「くじら侍」と呼ばれた男がいた。かつて武士であるにも関わらず鯨漁に没頭し、そして誰も知らない理由で江戸に流れてきた赤銅色の大男――権藤伊佐馬という。海の巨獣との命を削る凄絶な戦いの果てに会得した正確無比な投げ銛術と、苛烈なまでの剛剣の使い手でもある伊佐馬は、南町奉行所の戦闘狂の美貌の同心・青碕伯之進とともに江戸の悪を討ちつつ、日がな一日ずっと釣りをして生きていくだけの暮らしを続けていた……
戦国の華と徒花
三田村優希(または南雲天音)
歴史・時代
武田信玄の命令によって、織田信長の妹であるお市の侍女として潜入した忍びの於小夜(おさよ)。
付き従う内にお市に心酔し、武田家を裏切る形となってしまう。
そんな彼女は人並みに恋をし、同じ武田の忍びである小十郎と夫婦になる。
二人を裏切り者と見做し、刺客が送られてくる。小十郎も柴田勝家の足軽頭となっており、刺客に怯えつつも何とか女児を出産し於奈津(おなつ)と命名する。
しかし頭領であり於小夜の叔父でもある新井庄助の命令で、於奈津は母親から引き離され忍びとしての英才教育を受けるために真田家へと送られてしまう。
悲嘆に暮れる於小夜だが、お市と共に悲運へと呑まれていく。
※拙作「異郷の残菊」と繋がりがありますが、単独で読んでも問題がございません
【他サイト掲載:NOVEL DAYS】
剣客居酒屋 草間の陰
松 勇
歴史・時代
酒と肴と剣と闇
江戸情緒を添えて
江戸は本所にある居酒屋『草間』。
美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。
自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。
多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。
その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。
店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。
あやかし吉原 ~幽霊花魁~
菱沼あゆ
歴史・時代
町外れの廃寺で暮らす那津(なつ)は絵を描くのを主な生業としていたが、評判がいいのは除霊の仕事の方だった。
新吉原一の花魁、桧山に『幽霊花魁』を始末してくれと頼まれる那津。
エセ坊主、と那津を呼ぶ同心、小平とともに幽霊花魁の正体を追うがーー。
※小説家になろうに同タイトルの話を置いていますが。
アルファポリス版は、現代編がありません。
ふたりぼっちで食卓を囲む
石田空
ライト文芸
都会の荒波に嫌気が差し、テレワークをきっかけに少し田舎の古民家に引っ越すことに決めた美奈穂。不動産屋で悶着したあとに、家を無くして困っている春陽と出会う。
ひょんなことから意気投合したふたりは、古民家でシェアハウスを開始する。
人目を気にしない食事にお酒。古民家で暮らすちょっぴり困ったこと。
のんびりとしながら、女ふたりのシェアハウスは続く。
サイトより転載になります。
とべない天狗とひなの旅
ちはやれいめい
歴史・時代
人間嫌いで悪行の限りを尽してきた天狗、フェノエレーゼ。
主君サルタヒコの怒りを買い、翼を封じられ人里に落とされてしまう。
「心から人間に寄り添い助けろ。これ以上悪さをすると天狗に戻れなくなるぞ」
とべなくなったフェノエレーゼの事情を知って、人里の童女ヒナが、旅についてきた。
人間嫌いの偏屈天狗と、天真爛漫な幼女。
翼を取り戻すため善行を積む旅、はじまりはじまり。
絵・文 ちはやれいめい
https://mypage.syosetu.com/487329/
フェノエレーゼデザイン トトさん
https://mypage.syosetu.com/432625/
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる