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脱出

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「天井裏から外に出られます。そしたら、こっそりと逃げることができます」
「千代は本気で言ってるの?」
「本気ですとも!」

 千代の目はきらきら輝いている。涙交じりと少しの興奮と。
 逃げる先は実家しかない。そうすると、結局は合原家に連れ戻される? 

 ううん、お母様は仰った。
『どうしても我慢できなければ帰って来ていいのですよ』
 って。

「帰るのが早すぎね」
 私は独りごちた。声に出すと、なんだか可笑おかしくなるが、同時にそれは決意表明のように感じられた。

「ありがとう、千代。ここから出て行きましょう。で、どうやって?」
 千代は、部屋の隅に置いてある踏台を抱えて持って来た。嫁入り道具から草履も出してきて、私にそれを履かせる。

 踏台を使って押し入れ上段に上った千代は、天井板の端っこを両手で叩いた。
 ばん、と音を立てて天井板がずれる。
「ここから屋根裏に上がって、外に出ましょう。さ、お嬢様も」

 よじ登るようにして、屋根裏部屋に出た。埃だらけの板間をそっと静かに歩く。
 千代の「やっぱり! 外に出られますよ!」という声に、彼女の指さす先を見ると、小窓があった。思わずごくりと唾を飲む。

 ここまでは夢中で動いていたが、小窓を見て少し怖くなった。千代が、捩じ込むようにして上半身を窓から出している。もぞもぞ動く彼女を息を詰めて見守った。

 窓から外に出た千代の、「文子様、お嬢様!」と呼ぶ声が聞こえる。
「あっ、はい」

 私は頷いて、千代がやったように窓から上半身を出した。雪は止んで、真っ暗な夜に冴え冴えと白い月の光が見えた。

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