魔風恋風〜大正乙女人生譚

花嫁御寮

　お出入りの人力車に乗り、私たちは合原家に向かう。
　今日は、千代も人力車である。お目出度い日なのだし、千代は私付きとして合原家に残ってくれることだし。

　婆やは留守番であるが、私を送り出す時、
「頑張ってらっしゃいませ」
　と言った。まるで戦場に赴くみたい。
　でも、確かにそうなのだ。

　合原家は利晴様のご両親は既に亡いとはいえ、先代からお仕えしている従業員さんもたくさんいらっしゃる。それに対して、私は千代がいてくれるといっても、当面のお味方は彼女だけ。

　でも、そんなことより、利晴様はいつあのことを説明してくれるのだろう。
　そのこと隠し子の存在を思うだけで、武者震いのような震えが、身の内にわき起こる気がする。


　合原家の屋敷前に到着すると、従業員の方だろうか、たくさんの男性が並んで待っていた。門には、合原家の紋である菱紋が入った提灯が飾られている。

　人力車を降り、従業員の方お一人おひとりにお辞儀しながら家の中に入った。その間、ずっと千代は私の手を引いて、足元に注意を払ってくれている。

　通された奥座敷では既に、利晴様が紋付袴姿で床の間を背にして座っていた。緊張しているのか、真面目な顔をしている。
　その傍で、中田老人は穏やかな微笑みを浮かべていた。

「不束者ですが、よろしくお願い申し上げます」
　母が深く頭を下げてくれた。私たちも一斉に頭を下げる。

「こちらこそ！ よろしくお願い申し上げます」
　返事してくれる利晴様の声は、いつもより少し高い気がした。

「もう続々と客人がお見えになっております。皆様、待ちきれないようでして。花嫁御寮には、控えの間で少しお待ちいただきたいのですが。お髪おぐしなどもお直ししていただいて」
　中田さんは、うきうきとした様子で饒舌である。