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青空に凩

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 外に出ると、そろそろ夕まぐれ。でも、まだ日は完全に傾いてはいない、空に残る青さが目に沁みる。

「お姉様、どうしたの? なぜそんなに急いで外に出たの?」
 律子が怪訝そうに尋ねてきた。
「あ、いいえ。私、急いでた?」
「ええ」

「それにしても素敵でしたねえ! あんな素敵な殿方を見たのは初めてです」
 千代がうっとりとした調子で言うのに驚かされる。千代もあの男性に気づいていて、私と同じことを思っていたのかしら。

「え? そうかしら。千代、そんなはしたないことは軽々けいけいに言うもんじゃなくってよ」
「すみません! でも、優しげなのにきりっとしてて。背が高くてすらりとして」

「背が高くて、すらり?」
 あの男性が立ち上がったところを見ていないので、全身のお姿については何とも言えないが。お顔立ちは、千代の言う通り、とてもきりっとしていらしたけれど。

田谷力三たやりきぞうのことでしょ? 人気スタァって噂は、私でも知ってました。でも、お父様のほうがずっと素敵でしたわ」
 律子が寂しそうに言った。

 なんという勘違い! 千代が言ったのは浅草オペラのスタァのことだった。
 同時に、律子が言った言葉が胸に刺さる。
 亡くなった父は、ほんっとうに素敵な人だった。

 男らしくて優しくて見目美しくみめうるはしく、若かりし頃はとてもおもてになったとか。花柳界かりゅうかいの女性の間でも噂にのぼるほどだったそうだ。
 でも、父は母だけを愛し、私たち姉妹を可愛がって、家庭を一番大切にしてくれていた。

他所よそに妾でも作って、男子を儲けていてくれたらよかったのだが』
 父が急死した時、親戚一同そんなことを言って、残念がっていたのを思い出した。

 その時は、なんて非道いひどいことを言うの! と憤慨した私たちだったが、残された家族や家業もあるので、そういう思いは一概に責められるべきものでもないのかもしれない。

「お姉様、どうかしたの? お顔が赤いけど?」
 律子に言われ、私はぶんぶんと首を横に振った、大袈裟なくらいに。

 父、そして後ろの席の男性、いろんな思いが胸の中で渦巻いて、これから訪れる冬のこがらしのように、びゅうびゅうと音を立てて吹き荒れているみたいだった。
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