パンドラの予知

花野未季

文字の大きさ
上 下
50 / 52

その十八

しおりを挟む
「骨壷?」

「まあ、僕だけの見立てだから無視してね。他にも考えられるのは、オリジナルがギリシャのクレタ島の出土品ということは、ギリシャ神話のパンドラの箱が本当にあったとしたら、こんな箱だったりして」

 骨壷? パンドラの箱?
 内部に曇った鏡のような物も付いていたのだし、女性用の化粧箱か宝石箱と考えるのが妥当とは思うのだが……。

 いずれにしろ、由来は遠いギリシャの紀元前の宝物で、模造品は他にも存在するということはわかった。単なるお土産品なのだろう。
 そう結論づけたものの、やはり呪いがかけられているようで、その部分はとても気になる。


 その日は資料室から帰った後、急な用事が入った。裕子は残業せざるを得なくなり、帰りがいつもより遅くなってしまう。

 駅から徒歩で十五分ほどの住宅街にある女子アパート。裕子は大学時代からずっと、そこに住んでいる。
 女子アパートという通称だけに、住人は十代から五十代までの女性のみだ。

 住宅街なので、昼間でも静かだが、人通りが少なくなる夜は格別静かである。しかし、夜、犬の散歩をしている人も多いところだ。

 アパートまであと少し、というところで裕子は、自分の靴音とは違うパタパタというスニーカーのような靴音に気づいた。
 その靴音は、次第に大きくなり近づいてきた。

 靴音に追い越される瞬間、ちらと横を見た裕子のすぐ近くを、紺のパーカーを着た長身の男が歩いて行った。
 突然、その男が立ち止まって振り向く。

 驚きと恐怖で、裕子は立ちすくんだ。
 街灯に照らされた男の右手がキラリと光り、あっと思った次の瞬間、男のナイフが裕子の腹部に刺さった。

 その場に倒れた彼女の意識は、次第に遠のいていく。
 犬の吠え声と、遠ざかるパタパタという足音……。


 裕子が意識を取り戻したのは、その二日後であった。
 倒れている彼女を、まさに犬の散歩で通りがかった人が発見してくれたおかげで、彼女は一命を取り留めることができた。

 傷の痛みとショックのせいか、裕子は口もきけないし、全身に力が入らない。
 実家の両親が駆けつけ、ずっと付き添ってくれたが、泣いている母を見ても、裕子は心が動かない。
 ああ、泣いているなあ、と思うだけだ。

 一週間後、面会謝絶が解けた頃に、友人や会社の上司、同僚が見舞いに来てくれたが、裕子は相変わらず声が出ない。無表情の彼女を見て、上条まで泣いているが、裕子は何とも思わない。

 傷の治りは存外早く、二ヶ月ほどの入院後、彼女は退院できたが、女子アパートには戻らず、埼玉の実家で療養生活に入った。
 毎日、母が作るご飯を食べ、横になっているだけだが、それでも疲れる。心も体もだるくて仕方ない。

 (やはり私も呪われていた)
 裕子は、箱の呪いを確信する。
 しかし、どうしようもない。これ以上、何もできない。今は何もしたくない。
 ベッドで目を閉じて、今日一日が無事に過ぎるのを裕子はじっと待つ。



(この章終わり)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

【本当にあった怖い話】

ねこぽて
ホラー
※実話怪談や本当にあった怖い話など、 取材や実体験を元に構成されております。 【ご朗読について】 申請などは特に必要ありませんが、 引用元への記載をお願い致します。

呪縛 ~呪われた過去、消せない想い~

ひろ
ホラー
 二年前、何者かに妹を殺された―――そんな凄惨な出来事以外、主人公の時坂優は幼馴染の小日向みらいとごく普通の高校生活を送っていた。しかしそんなある日、唐突に起こったクラスメイトの不審死と一家全焼の大規模火災。興味本位で火事の現場に立ち寄った彼は、そこでどこか神秘的な存在感を放つ少女、神崎さよと名乗る人物に出逢う。彼女は自身の身に宿る〝霊力〟を操り不思議な力を使うことができた。そんな現実離れした彼女によると、件の火事は呪いの力による放火だということ。何かに導かれるようにして、彼は彼女と共に事件を調べ始めることになる。  そして事件から一週間―――またもや発生した生徒の不審死と謎の大火災。疑いの目は彼の幼馴染へと向けられることになった。  呪いとは何か。犯人の目的とは何なのか。事件の真相を追い求めるにつれて明らかになっていく驚愕の真実とは―――

サクッと読める♪短めの意味がわかると怖い話

レオン
ホラー
サクッとお手軽に読めちゃう意味がわかると怖い話集です! 前作オリジナル!(な、はず!) 思い付いたらどんどん更新します!

薄幸華族令嬢は、銀色の猫と穢れを祓う

石河 翠
恋愛
文乃は大和の国の華族令嬢だが、家族に虐げられている。 ある日文乃は、「曰くつき」と呼ばれる品から溢れ出た瘴気に襲われそうになる。絶体絶命の危機に文乃の前に現れたのは、美しい銀色の猫だった。 彼は古びた筆を差し出すと、瘴気を墨代わりにして、「曰くつき」の穢れを祓うために、彼らの足跡を辿る書を書くように告げる。なんと「曰くつき」というのは、さまざまな理由で付喪神になりそこねたものたちだというのだ。 猫と清められた古道具と一緒に穏やかに暮らしていたある日、母屋が火事になってしまう。そこへ文乃の姉が、火を消すように訴えてきて……。 穏やかで平凡な暮らしに憧れるヒロインと、付喪神なヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真のID:22924341)をお借りしております。

なんとなく怖い話

島倉大大主
ホラー
なんとなく怖い話を書きました。 寝る前にそろりとどうぞ……。

怪異から論理の糸を縒る

板久咲絢芽
ホラー
怪異は科学ではない。 何故なら彼此の前提条件が判然としないが故に、同じものを再現できないから。 それ故に、それはオカルト、秘されしもの、すなわち神秘である。 ――とはいえ。 少なからず傾向というものはあるはずだ。 各地に散らばる神話や民話のように、根底に潜む文脈、すなわち暗黙の了解を紐解けば。 まあ、それでも、どこまで地層を掘るか、どう継いで縒るかはあるけどね。 普通のホラーからはきっとズレてるホラー。 屁理屈だって理屈だ。 出たとこ勝負でしか書いてない。 side Aは問題解決編、Bは読解編、みたいな。 ちょこっとミステリ風味を利かせたり、ぞくぞくしてもらえたらいいな、を利かせたり。 基本章単位で一区切りだから安心して(?)読んでほしい ※タイトル胴体着陸しました カクヨムさんに先行投稿中(編集気質布教希望友人に「いろんなとこで投稿しろ、もったいないんじゃ」とつつかれたので)

本当にあった怖い話

邪神 白猫
ホラー
リスナーさんや読者の方から聞いた体験談【本当にあった怖い話】を基にして書いたオムニバスになります。 完結としますが、体験談が追加され次第更新します。 LINEオプチャにて、体験談募集中✨ あなたの体験談、投稿してみませんか? 投稿された体験談は、YouTubeにて朗読させて頂く場合があります。 【邪神白猫】で検索してみてね🐱 ↓YouTubeにて、朗読中(コピペで飛んでください) https://youtube.com/@yuachanRio ※登場する施設名や人物名などは全て架空です。

処理中です...