パンドラの予知

花野未季

文字の大きさ
上 下
49 / 52

その十七

しおりを挟む
 裕子と高橋が病院に着いた時には、警察の規制線が張られ、病院内に入ることはできなかった。

 高橋は、雅也が亡くなる前に一緒に行動していたということから、警察官に病院の前で事情を聞かれた。
 裕子は離れた場所で見守っていたが、戻ってきた高橋から、雅也の自殺現場に壊れた宝石箱が転がっていたことを教えられる。

 そのことを聞いた裕子は、彼の死を悲しむより、困惑する気持ちのほうが大きかった。
 状況からいって、雅也が箱を道連れにしたのだろうが、何故そんなことをしてしまったのか。
 そして、残された私は、今後壊れた箱にどう対処すればいいのか。

 思いつめた表情の裕子を見ながら、事情を知らない高橋は思った。
 そもそも、最初に雅也と徳子を引き合せたのは自分だ。自分が悪いのか? いや、徳子が悪いのだ。息子みたいな年齢の男に本気になった彼女が。
 みんな、彼女の被害者だ。

 ふふっという女の笑い声が聞こえて、高橋はえっ? とあたりを見回した。
 裕子の周りを、小さな旋風つむじかぜがくるくる舞いながら移動するのが見えた。
 旋風はすぐに消滅した。全て気のせいだ、と高橋は思いたかった。


 裕子の日常は、胸に重石が載せられたような鬱々としたものとなった。

 壊れた宝石箱は警察に回収され、そのあと徳子の家族に届けられたようだが、蓋は割れ、本体もひびが入っていたらしい。
 それは裕子にとっては、ある種、朗報である。
 確証はないが、箱はこれでもう魔力を失ったかもしれない。

 きちんと閉じることもできぬほど蓋が割れているので、使い物にならないとは聞いたが、一方でがらくたと言い切れるのか、と不安は残る。
 しかし、雅也も亡くなり、徳子や箱との接点がなくなってしまった今、箱を貰い受けるのは難しい状況であった。

 裕子は休みの日は相変わらずの図書館めぐりで、何か箱に関する情報がないか探した。平日は仕事の合間に資料室にも行ってみる。

 ある日、江口が「これなんかどう?」と、分厚い写真集のようなものを提示してきた。

「児島コレクション? カタログですか?」
「児島正三郎氏が、私費を投じて作った美術館の収蔵品カタログ。見応えあるよ」

 布張りの表紙を開いた瞬間、裕子の目は中表紙に釘付けになる。
 あの箱の写真が、中表紙を飾っていたからだ。

 解説を読むと、箱は、ギリシャのクレタ島で発掘された紀元前の出土品を模して作られた物らしい。児島正三郎氏の父上が、外遊先でその模造品を気に入り、複数個購入してお土産として日本に持ち帰ったという。

 説明文を読んで固まっている裕子を見て、江口が「どうしたの?」と、声をかけてきた。

「亡くなった児島徳子さんが舅に当たる正三郎さんから同じ物を貰ったらしくて、私も見たことあるんです。この模造品は世界中探せば、いっぱいあるのかなって……」

 江口がどれどれと言って、そのページの裏に書かれている解説文を読み始めた。

「これは児島正三郎氏のお兄さんの物っぽいね。たしか正三郎氏は三人兄弟の末っ子で、上のお兄さんは二人とも、子どもの頃に亡くなってるはず。ただ……」

「ただ?」

「いや、今ふと思ったんだけど。この箱、骨壷じゃないかなって」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

禁踏区

nami
ホラー
月隠村を取り囲む山には絶対に足を踏み入れてはいけない場所があるらしい。 そこには巨大な屋敷があり、そこに入ると決して生きて帰ることはできないという…… 隠された道の先に聳える巨大な廃屋。 そこで様々な怪異に遭遇する凛達。 しかし、本当の恐怖は廃屋から脱出した後に待ち受けていた── 都市伝説と呪いの田舎ホラー

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

マーメイド・コスモス

咲良きま
ホラー
~当惑する間もなく変わる日常~ 予知夢なのか。 悪夢が現実においつこうとする。 避けられないのならば、無力な自分はどうしたらいいのか。

ヒナタとツクル~大杉の呪い事件簿~

夜光虫
ホラー
仲の良い双子姉弟、陽向(ヒナタ)と月琉(ツクル)は高校一年生。 陽向は、ちょっぴりおバカで怖がりだけど元気いっぱいで愛嬌のある女の子。自覚がないだけで実は霊感も秘めている。 月琉は、成績優秀スポーツ万能、冷静沈着な眼鏡男子。眼鏡を外すととんでもないイケメンであるのだが、実は重度オタクな残念系イケメン男子。 そんな二人は夏休みを利用して、田舎にある祖母(ばっちゃ)の家に四年ぶりに遊びに行くことになった。 ばっちゃの住む――大杉集落。そこには、地元民が大杉様と呼んで親しむ千年杉を祭る風習がある。長閑で素晴らしい鄙村である。 今回も楽しい旅行になるだろうと楽しみにしていた二人だが、道中、バスの運転手から大杉集落にまつわる不穏な噂を耳にすることになる。 曰く、近年の大杉集落では大杉様の呪いとも解される怪事件が多発しているのだとか。そして去年には女の子も亡くなってしまったのだという。 バスの運転手の冗談めかした言葉に一度はただの怪談話だと済ませた二人だが、滞在中、怪事件は嘘ではないのだと気づくことになる。 そして二人は事件の真相に迫っていくことになる。

それなりに怖い話。

只野誠
ホラー
これは創作です。 実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。 本当に、実際に起きた話ではございません。 なので、安心して読むことができます。 オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。 不定期に章を追加していきます。 2025/1/16:『よみち』の章を追加。2025/1/23の朝4時頃より公開開始予定。 2025/1/15:『えがお』の章を追加。2025/1/22の朝4時頃より公開開始予定。 2025/1/14:『にかい』の章を追加。2025/1/21の朝4時頃より公開開始予定。 2025/1/13:『かしや』の章を追加。2025/1/20の朝4時頃より公開開始予定。 2025/1/12:『すなば』の章を追加。2025/1/19の朝8時頃より公開開始予定。 2025/1/11:『よなかのきせい』の章を追加。2025/1/18の朝8時頃より公開開始予定。 2025/1/10:『ほそいかいだん』の章を追加。2025/1/17の朝4時頃より公開開始予定。

怖い風景

ントゥンギ
ホラー
こんな風景怖くない? 22年8月24日 完結

THE TOUCH/ザ・タッチ -呪触-

ジャストコーズ/小林正典
ホラー
※アルファポリス「第6回ホラー・ミステリー小説大賞」サバイバルホラー賞受賞。群馬県の山中で起こった惨殺事件。それから六十年の時が経ち、夏休みを楽しもうと、山にあるログハウスへと泊まりに来た六人の大学生たち。一方、爽やかな自然に場違いなヤクザの三人組も、死体を埋める仕事のため、同所へ訪れていた。大学生が謎の老人と遭遇したことで事態は一変し、不可解な死の連鎖が起こっていく。生死を賭けた呪いの鬼ごっこが、今始まった……。

処理中です...