パンドラの予知

花野未季

文字の大きさ
上 下
46 / 52

その十四

しおりを挟む
 雅也は、誰かが追いかけて来ていないか、後ろを振り返りつつ、マンションの廊下を走った。
 エレベーター前に到着し、ボタンをせわしなく押すが、一階で停止したまま動かない。どうやら、徳子の通夜に訪れる人が続々と集まっているようだ。

 仕方なく、マンションの非常階段を使うことにし、四階から一階まで一気に駈け降りる。ようやく外に出た時は、もう町は夕闇に包まれていた。

 喪服をまとった集団とすれ違い、自分は何をしているのだろう? と、雅也は冷静さを取り戻した。
 両手で箱を抱えて走る喪服姿の自分は、どう見ても不審者だ。

 雅也は、走るのをやめて歩き始めた。
 その時、背後からそっと両腕を掴まれる。
「えっ?」
 いつのまにか、警察官二人に挟まれていた。

「田所雅也さん? ですね。高橋さんという方から通報を受けまして、あなたを保護します。そこの交番まで来ていただけますね」

「捕まえに来たのではありません。様子がおかしいので助けて欲しいと、緊急の保護願いがありましたので」

 二人の警察官は、かわるがわる丁寧に言う。
 仕方なく、雅也はうなずいた。

「すみません、ご迷惑をおかけしました。もう大丈夫です」
 雅也が落ち着いた口調で言うので、警察官二人は「おや?」という顔になる。

「少し誤解があるようですので、戻って高橋には事情をきちんと説明します。どうぞ手をお離しください」
 まだ心配そうな警察官二人に微笑みかけ、雅也は言った。

 警察官から解放され、雅也はもと来た道を戻り始める。途中、振り向くと、二人は雅也を見守っている様子である。
 雅也は彼らを安心させるために、深々とお辞儀した。

 その間も、雅也はずっと考えていた。
 この箱を今すぐ裕子に渡すべきか、それともマンションに戻って、徳子の兄に返すべきか。
 さっきは逆上して、咄嗟に箱を持ち出してしまったが、これは犯罪行為だ……。

 突然、足が重くなって動かなくなる。
 下を見た雅也は愕然とした。

 赤い肉の塊が、自分の両足に乗っている。
 血と粘液を滴らせ、うごめいている。それに複数の手足があるのを発見した彼は、肉塊の正体に気づいた。
 これは赤ん坊だ!

「ああん。あん」
 赤ん坊らしきものは、か細い泣き声を上げている。
 雅也は背中に冷たい空気を感じ、びくっとなった。

 振り向くと、笑っている徳子と目が合った。
 ラベンダー色のドレスの裾は血に塗れ、足の間から赤い紐状の物が伸びている。紐の先は、雅也の足元の赤ん坊と繋がっていた。

 恐怖に駆られ、雅也は駆け出した。
 しかし、ちょうど彼の前を横切るように歩道を走って来た自転車にぶつかり、雅也はその場に仰向けに倒れた。
 思い切り地面に頭を打ちつけた彼は、気が遠くなる。

(逃げなくては。早く裕子に箱を届けなくては。ここで気を失うわけにはいかない)

 上半身を起こし、頭を触ってみた。
 手にべっとりと血がつく。後頭部の皮膚の表面が裂けているらしい。

「大丈夫ですか!」
 近くを歩いている人が駆け寄ってきてくれた。
「バカヤロー、よそ見してんじゃねえ」
 自転車の男性は体勢を立て直すと、雅也を罵り、そのまま去って行く。

「あいつ! こら、止まれよ!」
 複数の人が、自転車の男性を捕まえに走っているのも見えた。
「大丈夫です」
 雅也は力なく言う。

 今はそれどころじゃない。箱を裕子に渡すまでは、しっかりしなくては。
 箱、箱はどこだ?
 雅也が目を凝らすと、自分のすぐ近くに箱は転がっていた。

 先程の警察官がまだ近くにいたのか、雅也のところに走って来て、「救急車を呼びます」と言ってくれた。
 救急車は必要ない、歩ける、と雅也は答えたが、体に力が入らない。

 そのまま、雅也は気を失ってしまったようだ。
 救急車らしき車の中で、彼は気がついた。
 救急隊員の声が聞こえてくる。

「了解。そちらに向かいます。患者の意識も戻ったようです。どうぞ」
 ぼんやりしていた雅也は、箱のことを思い出して飛び起きた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

【完結】さよなら、私の愛した世界

東 里胡
青春
十六歳と三ヶ月、それは私・栗原夏月が生きてきた時間。 気づけば私は死んでいて、双子の姉・真柴春陽と共に自分の死の真相を探求することに。 というか私は失くしたスマホを探し出して、とっとと破棄してほしいだけ! だって乙女のスマホには見られたくないものが入ってる。 それはまるでパンドラの箱のようなものだから――。 最期の夏休み、離ればなれだった姉妹。 娘を一人失い、情緒不安定になった母を支える元家族の織り成す新しいカタチ。 そして親友と好きだった人。 一番大好きで、だけどずっと羨ましかった姉への想い。 絡まった糸を解きながら、後悔をしないように駆け抜けていく最期の夏休み。 笑って泣ける、あたたかい物語です。

恋恣イ

金沢 ラムネ
ホラー
私立函嶺高校に通う千歳華火が周りの人に巻き込まれながら学校の七不思議について調べ始めた。だが、七不思議を調べていくうちに別の事件と関連していき、その中心は自分だったことに気づいていく。友達とは、恋人とは、家族とは。自分にとって大事なものを見つめていきます。 そして千歳華火が持つ特別な力により、近づいてきた悪霊とは因縁が・・・? 特別な力を持っていることに気づいた千歳華火が幽霊や悪霊、妖怪の類と関わり、自分について知っていく物語。

意味がわかると怖い話

邪神 白猫
ホラー
【意味がわかると怖い話】解説付き 基本的には読めば誰でも分かるお話になっていますが、たまに激ムズが混ざっています。 ※完結としますが、追加次第随時更新※ YouTubeにて、朗読始めました(*'ω'*) お休み前や何かの作業のお供に、耳から読書はいかがですか?📕 https://youtube.com/@yuachanRio

[全221話完結済]彼女の怪異談は不思議な野花を咲かせる

野花マリオ
ホラー
ーー彼女が語る怪異談を聴いた者は咲かせたり聴かせる 登場する怪異談集 初ノ花怪異談 野花怪異談 野薔薇怪異談 鐘技怪異談 その他 架空上の石山県野花市に住む彼女は怪異談を語る事が趣味である。そんな彼女の語る怪異談は咲かせる。そしてもう1人の鐘技市に住む彼女の怪異談も聴かせる。 完結いたしました。 ※この物語はフィクションです。実在する人物、企業、団体、名称などは一切関係ありません。 エブリスタにも公開してますがアルファポリス の方がボリュームあります。 表紙イラストは生成AI

餅太郎の恐怖箱

坂本餅太郎
ホラー
坂本餅太郎が贈る、掌編ホラーの珠玉の詰め合わせ――。 不意に開かれた扉の向こうには、日常が反転する恐怖の世界が待っています。 見知らぬ町に迷い込んだ男が遭遇する不可解な住人たち。 古びた鏡に映る自分ではない“何か”。 誰もいないはずの家から聞こえる足音の正体……。 「餅太郎の恐怖箱」には、短いながらも心に深く爪痕を残す物語が詰め込まれています。 あなたの隣にも潜むかもしれない“日常の中の異界”を、ぜひその目で確かめてください。 一度開いたら、二度と元には戻れない――これは、あなたに向けた恐怖の招待状です。 --- 読み切りホラー掌編集です。 毎晩20:20更新!(予定)

下っ端妃は逃げ出したい

都茉莉
キャラ文芸
新皇帝の即位、それは妃狩りの始まりーー 庶民がそれを逃れるすべなど、さっさと結婚してしまう以外なく、出遅れた少女は後宮で下っ端妃として過ごすことになる。 そんな鈍臭い妃の一人たる私は、偶然後宮から逃げ出す手がかりを発見する。その手がかりは府庫にあるらしいと知って、調べること数日。脱走用と思われる地図を発見した。 しかし、気が緩んだのか、年下の少女に見つかってしまう。そして、少女を見張るために共に過ごすことになったのだが、この少女、何か隠し事があるようで……

グレイレディ

ROSE
ホラー
女の子の世界ではカワイイは戦場だ。カワイイはお金が掛かる。映えないと、ダサい子は仲間はずれにされてしまう……。

処理中です...