パンドラの予知

花野未季

文字の大きさ
上 下
45 / 52

その十三

しおりを挟む
 翌朝、雅也からの電話で起こされた。
「朝早くからごめん。マダムのお通夜が今夜、彼女のマンションで行われるんだ。僕は上司と行くけど、君はどうする? 本葬だけでいいと思うけど」

 まだ寝起きでぼんやりしたまま、「そうね」と返事したあと、裕子は宝石箱のことを思い出し、「 箱!」と叫んだ。

「箱? そのことなら、今日弁護士さんに尋ねてみるよ。本葬は、明日午後一時から港区の施設で行われるそうなんで、よろしく。そちらで会おう」

 雅也に言われたが、徳子の顔の広さからいって、通夜も葬儀も、かなり盛大なものになるだろう。そちらに顔を出すのは憂鬱だから、後日改めて焼香に伺うことにしよう、裕子はそう決めた。


 徳子の通夜は、身内及び生前彼女と親しかった人に限られる、とのことだったが、一流企業の、それもかなり地位の高い人が多く参列していた。雅也はそれを見て緊張した。

 広いリビングは、血に汚れたラグはもちろん、ダイニングテーブルなどの家具はどこかに移動され、代わりにパイプ椅子が運び込まれている。そして、窓際に置かれた彼女の棺の周囲には、白い花が大量に飾られていた。

 雅也が室内に入った途端、全員から一斉に見られ、彼はたじろいだ。
 誰も何も言わないが、「お前のせいでマダムは死んだ」と言われた気がした。針のむしろだった。

 一緒に来た上司の高橋が、雅也の肩をぽんと叩き、椅子に腰掛けるよう促してくるが、雅也は怖気付いて動けなくなった。
 ようやく一歩踏み出すと、中年男性が軽く目礼して雅也たちの方にやって来た。徳子の兄だ。昨日病院で会ったのが初対面だった。

「いろいろありがとう。徳子がこうなったのは誰のせいでもない。最後まで付き添ってくれて、彼女も感謝しているでしょう」
 彼はそう言って頭を下げてくれた。

 あわててお辞儀する雅也に、
「最後にもう一度、別れの挨拶をお願いします。さっき綺麗にお化粧もしたから」
 と、彼は言う。

 雅也は、ゆっくりと窓際に近づいて、棺の小窓を開けた。徳子の真っ白な顔が見える。
 見ていられなくて、雅也は目を背けた。
 再び徳子の顔を見た雅也は、「あっ」と叫んだ。

 徳子が雅也を凝視している。
 無感情な目を見開き、じっと自分を見つめる徳子に、雅也はその場にへたり込んだ。
「マ、マダム! 生きてる! 彼女はまだ」

「おい、何を言ってる!」
 高橋がつかつかと雅也のそばに来て、彼の背中を強く叩いた。

「高橋さん! マダムが今、目を開けて僕を見た!」
「いい加減にしろ! ふざけたことを言うんじゃねえ」

 激怒する高橋に、縋りつくようにして立ち上がった雅也は、もう一度棺の中をのぞいた。

 徳子は目を閉じている。
 既に皮膚は少し乾燥し、そこに生命というものは感じられなかった。

 呆然と徳子の顔を見つめている雅也の腕を引っぱり、高橋が徳子の兄や周囲の人に詫びながら、玄関まで雅也を連れて行こうとした。
 その時になって、雅也はハッと我に帰った。

「箱。箱をなんとかしないと」
「お前、さっきから何言ってんだ」
 高橋は声を殺すように言う。勢い雅也も小声になる。

「高橋さん、こんな時ですが、マダムの遺品を管理される予定の方は、この前の弁護士さんでしょうか?」

「知るか。お前、マダムが亡くなられたばかりなのに、何言ってやがる」

「詳しいことは今は説明出来ませんが、何か恐ろしいことが起きているのは間違いない。次は僕の友人が危ないんです。助ける為には、マダムの宝石箱をなんとかしないと」

 高橋は、怪訝な顔をして雅也を見ていたが、諭すように言う。
「ショックを受けてんのはわかるが、それにしてもお前はおかしすぎるぞ。今日のところはもう帰れ。送ってってやる」
「僕は大丈夫です」

 その時、雅也の目は部屋の片隅の飾り棚キャビネットに釘付けになった。
 あの宝石箱がカタカタ動いている。

「あれは! 裕子が言っていたのは、このことか!」
 雅也は高橋を押し退け、大股で飾り棚に近づくと、扉をためらいなく開けて宝石箱を取り出した。

 まるで何かに取り憑かれたかのような雅也の行動に、高橋があわてて後ろから雅也に抱きついた。
 雅也が箱を両手に抱えたまま振り向いた為、箱の角が高橋の顔に当たり、彼はうめき声を上げ、しゃがみ込む。

「高橋さん、すみません!」
 部屋中が騒然となるが、構わず雅也は宝石箱を小脇に抱え、走って部屋から飛び出した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

【本当にあった怖い話】

ねこぽて
ホラー
※実話怪談や本当にあった怖い話など、 取材や実体験を元に構成されております。 【ご朗読について】 申請などは特に必要ありませんが、 引用元への記載をお願い致します。

サクッと読める♪短めの意味がわかると怖い話

レオン
ホラー
サクッとお手軽に読めちゃう意味がわかると怖い話集です! 前作オリジナル!(な、はず!) 思い付いたらどんどん更新します!

呪縛 ~呪われた過去、消せない想い~

ひろ
ホラー
 二年前、何者かに妹を殺された―――そんな凄惨な出来事以外、主人公の時坂優は幼馴染の小日向みらいとごく普通の高校生活を送っていた。しかしそんなある日、唐突に起こったクラスメイトの不審死と一家全焼の大規模火災。興味本位で火事の現場に立ち寄った彼は、そこでどこか神秘的な存在感を放つ少女、神崎さよと名乗る人物に出逢う。彼女は自身の身に宿る〝霊力〟を操り不思議な力を使うことができた。そんな現実離れした彼女によると、件の火事は呪いの力による放火だということ。何かに導かれるようにして、彼は彼女と共に事件を調べ始めることになる。  そして事件から一週間―――またもや発生した生徒の不審死と謎の大火災。疑いの目は彼の幼馴染へと向けられることになった。  呪いとは何か。犯人の目的とは何なのか。事件の真相を追い求めるにつれて明らかになっていく驚愕の真実とは―――

薄幸華族令嬢は、銀色の猫と穢れを祓う

石河 翠
恋愛
文乃は大和の国の華族令嬢だが、家族に虐げられている。 ある日文乃は、「曰くつき」と呼ばれる品から溢れ出た瘴気に襲われそうになる。絶体絶命の危機に文乃の前に現れたのは、美しい銀色の猫だった。 彼は古びた筆を差し出すと、瘴気を墨代わりにして、「曰くつき」の穢れを祓うために、彼らの足跡を辿る書を書くように告げる。なんと「曰くつき」というのは、さまざまな理由で付喪神になりそこねたものたちだというのだ。 猫と清められた古道具と一緒に穏やかに暮らしていたある日、母屋が火事になってしまう。そこへ文乃の姉が、火を消すように訴えてきて……。 穏やかで平凡な暮らしに憧れるヒロインと、付喪神なヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真のID:22924341)をお借りしております。

なんとなく怖い話

島倉大大主
ホラー
なんとなく怖い話を書きました。 寝る前にそろりとどうぞ……。

怪異から論理の糸を縒る

板久咲絢芽
ホラー
怪異は科学ではない。 何故なら彼此の前提条件が判然としないが故に、同じものを再現できないから。 それ故に、それはオカルト、秘されしもの、すなわち神秘である。 ――とはいえ。 少なからず傾向というものはあるはずだ。 各地に散らばる神話や民話のように、根底に潜む文脈、すなわち暗黙の了解を紐解けば。 まあ、それでも、どこまで地層を掘るか、どう継いで縒るかはあるけどね。 普通のホラーからはきっとズレてるホラー。 屁理屈だって理屈だ。 出たとこ勝負でしか書いてない。 side Aは問題解決編、Bは読解編、みたいな。 ちょこっとミステリ風味を利かせたり、ぞくぞくしてもらえたらいいな、を利かせたり。 基本章単位で一区切りだから安心して(?)読んでほしい ※タイトル胴体着陸しました カクヨムさんに先行投稿中(編集気質布教希望友人に「いろんなとこで投稿しろ、もったいないんじゃ」とつつかれたので)

本当にあった怖い話

邪神 白猫
ホラー
リスナーさんや読者の方から聞いた体験談【本当にあった怖い話】を基にして書いたオムニバスになります。 完結としますが、体験談が追加され次第更新します。 LINEオプチャにて、体験談募集中✨ あなたの体験談、投稿してみませんか? 投稿された体験談は、YouTubeにて朗読させて頂く場合があります。 【邪神白猫】で検索してみてね🐱 ↓YouTubeにて、朗読中(コピペで飛んでください) https://youtube.com/@yuachanRio ※登場する施設名や人物名などは全て架空です。

処理中です...