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その十二
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「さっきも言ったけど、私にとって一番重要なことは、あの箱を譲り受けることなの」
「かなり難しいだろうけど、マダムに頼んでみるよ。必要なら買い取るしかないな」
「ものすごく高価だったら?」
「任せてくれ。我々の命に比べたら安いもんだよ」
雅也の言葉に、少し励まされる思いがする。
「で、それが手に入ったら、君はどうするの?」
「え?」
「ずっと大事に持ってるわけ? 手元に置いておくのも怖くない?」
そこまで考えてなかった。次の持ち主が現れないよう、自分の目の届く範囲に隠しておきたかったが、確かに危険で怖い物である。
「でも、壊すのも怖い気がする。呪われそうで」
裕子は、自分が口にした言葉にハッとした。
そう、これは “呪い” なのだ。
何者かがあの箱に呪いを込めたに違いない。
突拍子もない考えだが、箱の由来について調べないと。
その夜、裕子は母からの電話に、昨日までより明るく応対することができた。
裕子は、家族に余計な心配をかけたくなかったので、今まで箱のことは黙っていたが、友人の話として相談してみた。
すると、神社や寺院で祈祷してもらうのが一番、と母からアドバイスがあった。
「縁起の悪い物を、ご祈祷してから処分してくれる所があるはずよ。お金はかかるけど、私はそういうの信じてるの」
裕子は電話を切った後、雅也に電話してそれを伝えた。雅也は、徳子との話し合いの内容を逐一伝えるし、絶対に箱を譲り受けるから心配しないで、と約束してくれた。
裕子は翌日、ようやく会社に出勤できた。気持ちの整理が少しついたからである。
休んでいた間は、先輩や同僚たちが裕子の仕事を分担してくれていたし、上条もできる限りのことをやってくれていた。
つらい時だからかもしれないが、周りの人の好意が身に染みる。
悩みつつも、仕事の合間を縫って裕子は資料室に行き、児島正三郎に関するものがないか探してみた。
大正時代の写真集を見つけ、資料室の管理者である江口のところに行くと、「当麻さん、最近よく来るけど、何か企画があるの?」と、彼が尋ねてくる。
「ええ、ちょっと」と、裕子は曖昧な返事をした。
裕子の態度に江口は気を悪くした様子もなく、
「病気してたんでしょ? 無理しないようにね」
と、励ましてくれた。
同僚や先輩たちのおかげで、元気を取り戻しかけた裕子だったが、週末の夜、雅也があわてた様子で電話をかけてきて、再び絶望を味わうこととなった。
「マダム、やばいかもしれない」
「えっ? 徳子さんが?」
「今、病院で緊急手術を受けてるんだけど、赤ちゃんはダメだろうし、マダムもかなり危険な状態なんだ」
「どうして?」
「マダムは僕たちに嘘をついていたみたいで、妊娠初期じゃなかったんだ。おまけに多胎妊娠だった。ずっと具合も悪かったようだし、いろいろ手遅れだった」
話し合いの途中、徳子が急に何事か叫んで立ち上がり、白目を剥いて倒れてしまった。彼女は美しいラベンダー色のドレスを着ていたが、裾が見る見るうちに真っ赤に染まるほど大出血し、救急車で運ばれたという。
驚く裕子に、雅也が「また連絡する」と言って電話は切れたが、深夜に再び彼から連絡があり、徳子と胎児は亡くなったと告げられた。
雅也の声は想像以上に落ち込んでいるようで、電話を切ったあと裕子はもやもやした気分になる。
こんな時なのに不謹慎だと思うが、自分の気持ちはどうしようもない。
嫉妬だろうか。
もう雅也に対しての気持ちは、すっかり冷めてしまったと思っていたが。
それにしても、千津子といい、徳子といい、知り合ったばかりの人が立て続けに亡くなるなんて。
箱の持ち主であろうとなかろうと、箱に関わった時点で呪われてしまったと考えるのが正しいだろう。
もちろん、私も。
どんよりとした気持ちに支配されるのは、本当につらくて苦しい。誰か助けて! と叫び出したい衝動を抑えて、裕子はベッドにもぐり込む。
「かなり難しいだろうけど、マダムに頼んでみるよ。必要なら買い取るしかないな」
「ものすごく高価だったら?」
「任せてくれ。我々の命に比べたら安いもんだよ」
雅也の言葉に、少し励まされる思いがする。
「で、それが手に入ったら、君はどうするの?」
「え?」
「ずっと大事に持ってるわけ? 手元に置いておくのも怖くない?」
そこまで考えてなかった。次の持ち主が現れないよう、自分の目の届く範囲に隠しておきたかったが、確かに危険で怖い物である。
「でも、壊すのも怖い気がする。呪われそうで」
裕子は、自分が口にした言葉にハッとした。
そう、これは “呪い” なのだ。
何者かがあの箱に呪いを込めたに違いない。
突拍子もない考えだが、箱の由来について調べないと。
その夜、裕子は母からの電話に、昨日までより明るく応対することができた。
裕子は、家族に余計な心配をかけたくなかったので、今まで箱のことは黙っていたが、友人の話として相談してみた。
すると、神社や寺院で祈祷してもらうのが一番、と母からアドバイスがあった。
「縁起の悪い物を、ご祈祷してから処分してくれる所があるはずよ。お金はかかるけど、私はそういうの信じてるの」
裕子は電話を切った後、雅也に電話してそれを伝えた。雅也は、徳子との話し合いの内容を逐一伝えるし、絶対に箱を譲り受けるから心配しないで、と約束してくれた。
裕子は翌日、ようやく会社に出勤できた。気持ちの整理が少しついたからである。
休んでいた間は、先輩や同僚たちが裕子の仕事を分担してくれていたし、上条もできる限りのことをやってくれていた。
つらい時だからかもしれないが、周りの人の好意が身に染みる。
悩みつつも、仕事の合間を縫って裕子は資料室に行き、児島正三郎に関するものがないか探してみた。
大正時代の写真集を見つけ、資料室の管理者である江口のところに行くと、「当麻さん、最近よく来るけど、何か企画があるの?」と、彼が尋ねてくる。
「ええ、ちょっと」と、裕子は曖昧な返事をした。
裕子の態度に江口は気を悪くした様子もなく、
「病気してたんでしょ? 無理しないようにね」
と、励ましてくれた。
同僚や先輩たちのおかげで、元気を取り戻しかけた裕子だったが、週末の夜、雅也があわてた様子で電話をかけてきて、再び絶望を味わうこととなった。
「マダム、やばいかもしれない」
「えっ? 徳子さんが?」
「今、病院で緊急手術を受けてるんだけど、赤ちゃんはダメだろうし、マダムもかなり危険な状態なんだ」
「どうして?」
「マダムは僕たちに嘘をついていたみたいで、妊娠初期じゃなかったんだ。おまけに多胎妊娠だった。ずっと具合も悪かったようだし、いろいろ手遅れだった」
話し合いの途中、徳子が急に何事か叫んで立ち上がり、白目を剥いて倒れてしまった。彼女は美しいラベンダー色のドレスを着ていたが、裾が見る見るうちに真っ赤に染まるほど大出血し、救急車で運ばれたという。
驚く裕子に、雅也が「また連絡する」と言って電話は切れたが、深夜に再び彼から連絡があり、徳子と胎児は亡くなったと告げられた。
雅也の声は想像以上に落ち込んでいるようで、電話を切ったあと裕子はもやもやした気分になる。
こんな時なのに不謹慎だと思うが、自分の気持ちはどうしようもない。
嫉妬だろうか。
もう雅也に対しての気持ちは、すっかり冷めてしまったと思っていたが。
それにしても、千津子といい、徳子といい、知り合ったばかりの人が立て続けに亡くなるなんて。
箱の持ち主であろうとなかろうと、箱に関わった時点で呪われてしまったと考えるのが正しいだろう。
もちろん、私も。
どんよりとした気持ちに支配されるのは、本当につらくて苦しい。誰か助けて! と叫び出したい衝動を抑えて、裕子はベッドにもぐり込む。
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