38 / 52
その六
しおりを挟む
「はっ!」
裕子は誰かに肩を揺すられて気がついた。
自分の全身を確かめ触ってみる。どこも撃たれていないし、何も起きていないようだ。
「大丈夫?」
不思議そうに裕子に声をかけてくる徳子が、すぐ隣に立っている。
裕子は、ぞっとした。
私に何が起きたの?
今しがた見たものは何?
私と雅也さんは、この人に猟銃で撃たれて……。
「顔色が悪いわ。揺れたように感じたのは、あなたの具合が悪いからじゃなくって?」
徳子に言われ、裕子はうなずいた。
「すみません、あまりにもびっくりして。少し、ひとりで考えさせてください。ごめんね、雅也さん。今日はお先に失礼するから、おふたりで話し合ってくれる?」
雅也があわてた様子で、裕子の腕を掴んだ。
「待って。一緒に話し合いに参加してくれないか? マダム、その、あの。子どもは堕すわけにはいきませんか」
徳子の美しい細眉がぴくりと上がる。
険しい表情に、先程の白昼夢が甦った。
雅也は徳子の変化に気づかないのか、驚くようなことを言った。
「僕の子どもという証拠はありませんよね? マダムが僕以外の人とも関係があったのは知っています。先輩から聞きました。サロンを隠れ蓑に、男と遊んでるなんて言ってる人もいます」
徳子が何も言わずにその場から離れ、隣の寝室に移動しようとしているのに気づいた裕子は、彼女の前に回り込んで、思わず土下座した。
「許してください、雅也さんの暴言を。彼、驚いてどうかしちゃってるんです。本当にすみません! 私たちはこれで失礼します。後日改めまして、お話し合いを!」
裕子は這いつくばって謝罪したあと立ち上がると、雅也の手を強く引っぱった。
「雅也さんっ! 早くお詫びして! 今日はこれで失礼するのよ!」
裕子の行動に、ようやく雅也はなんらかの異変に気づいたようだった。
彼は徳子にお辞儀してから、裕子に従った。
徳子のほうは終始無言で、見送りもなかった。
マンションを出た後、雅也は盛んに裕子に謝ったり、ぼやいたりするのだが、裕子は上の空だった。
相槌を打つだけの裕子に、雅也も次第に黙り込んでしまう。
(私は一瞬気を失っていたのか、眠っていたのか? ううん、立ったまま眠るなんてありえない、あんな緊張するところで。では、一体あれは何だったの?)
二人は東京駅に戻り、電車を降りると、その場で別れた。裕子は雅也の背中を見送りながら、彼からお土産に貰った腕時計で時間を確認し、ホームの階段を駆け下りる。
商社に勤める雅也が、出張先で購入したという時計は、値段はリーズナブルだが、日本ではまだ手に入らないものである。貰って以来、そこはかとない優越感に浸ったりしたものだが、今やそんな気持ちはすっかり消えてしまった。
裕子が帰社した時は五時をとうに過ぎていたが、社内にはまだ残業中の社員が多く残っていた。
アシスタントの上条は、『お疲れ様です。特に連絡事項はありません。また明日』というメモを残して帰っていた。
(そういえば、玉川千津子という女性の手紙に、何か引っ掛かる箇所があった)
裕子は、上条の机の上の処理済みの箱から手紙を取り出して、じっくりと目を通してみる。
『徳子様は、ご無事でいらっしゃいますでしょうか』
ここだ。
どういう意味だろう。
まるで、徳子の身に何か悪いことが起きると言っているようである。
裕子は誰かに肩を揺すられて気がついた。
自分の全身を確かめ触ってみる。どこも撃たれていないし、何も起きていないようだ。
「大丈夫?」
不思議そうに裕子に声をかけてくる徳子が、すぐ隣に立っている。
裕子は、ぞっとした。
私に何が起きたの?
今しがた見たものは何?
私と雅也さんは、この人に猟銃で撃たれて……。
「顔色が悪いわ。揺れたように感じたのは、あなたの具合が悪いからじゃなくって?」
徳子に言われ、裕子はうなずいた。
「すみません、あまりにもびっくりして。少し、ひとりで考えさせてください。ごめんね、雅也さん。今日はお先に失礼するから、おふたりで話し合ってくれる?」
雅也があわてた様子で、裕子の腕を掴んだ。
「待って。一緒に話し合いに参加してくれないか? マダム、その、あの。子どもは堕すわけにはいきませんか」
徳子の美しい細眉がぴくりと上がる。
険しい表情に、先程の白昼夢が甦った。
雅也は徳子の変化に気づかないのか、驚くようなことを言った。
「僕の子どもという証拠はありませんよね? マダムが僕以外の人とも関係があったのは知っています。先輩から聞きました。サロンを隠れ蓑に、男と遊んでるなんて言ってる人もいます」
徳子が何も言わずにその場から離れ、隣の寝室に移動しようとしているのに気づいた裕子は、彼女の前に回り込んで、思わず土下座した。
「許してください、雅也さんの暴言を。彼、驚いてどうかしちゃってるんです。本当にすみません! 私たちはこれで失礼します。後日改めまして、お話し合いを!」
裕子は這いつくばって謝罪したあと立ち上がると、雅也の手を強く引っぱった。
「雅也さんっ! 早くお詫びして! 今日はこれで失礼するのよ!」
裕子の行動に、ようやく雅也はなんらかの異変に気づいたようだった。
彼は徳子にお辞儀してから、裕子に従った。
徳子のほうは終始無言で、見送りもなかった。
マンションを出た後、雅也は盛んに裕子に謝ったり、ぼやいたりするのだが、裕子は上の空だった。
相槌を打つだけの裕子に、雅也も次第に黙り込んでしまう。
(私は一瞬気を失っていたのか、眠っていたのか? ううん、立ったまま眠るなんてありえない、あんな緊張するところで。では、一体あれは何だったの?)
二人は東京駅に戻り、電車を降りると、その場で別れた。裕子は雅也の背中を見送りながら、彼からお土産に貰った腕時計で時間を確認し、ホームの階段を駆け下りる。
商社に勤める雅也が、出張先で購入したという時計は、値段はリーズナブルだが、日本ではまだ手に入らないものである。貰って以来、そこはかとない優越感に浸ったりしたものだが、今やそんな気持ちはすっかり消えてしまった。
裕子が帰社した時は五時をとうに過ぎていたが、社内にはまだ残業中の社員が多く残っていた。
アシスタントの上条は、『お疲れ様です。特に連絡事項はありません。また明日』というメモを残して帰っていた。
(そういえば、玉川千津子という女性の手紙に、何か引っ掛かる箇所があった)
裕子は、上条の机の上の処理済みの箱から手紙を取り出して、じっくりと目を通してみる。
『徳子様は、ご無事でいらっしゃいますでしょうか』
ここだ。
どういう意味だろう。
まるで、徳子の身に何か悪いことが起きると言っているようである。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
[全221話完結済]彼女の怪異談は不思議な野花を咲かせる
野花マリオ
ホラー
ーー彼女が語る怪異談を聴いた者は咲かせたり聴かせる
登場する怪異談集
初ノ花怪異談
野花怪異談
野薔薇怪異談
鐘技怪異談
その他
架空上の石山県野花市に住む彼女は怪異談を語る事が趣味である。そんな彼女の語る怪異談は咲かせる。そしてもう1人の鐘技市に住む彼女の怪異談も聴かせる。
完結いたしました。
※この物語はフィクションです。実在する人物、企業、団体、名称などは一切関係ありません。
エブリスタにも公開してますがアルファポリス の方がボリュームあります。
表紙イラストは生成AI
稲荷狐となまくら侍 -明治あやかし捕物帖-
山口 実徳
歴史・時代
時は明治9年、場所は横浜。
上野の山に名前を葬った元彰義隊士の若侍。流れ着いた横浜で、賊軍の汚名から身を隠し、遊郭の用心棒を務めていたが、廃刀令でクビになる。
その夜に出会った、祠が失われそうな稲荷狐コンコ。あやかし退治に誘われて、祠の霊力が込めたなまくら刀と、リュウという名を授けられる。
ふたりを支えるのは横浜発展の功労者にして易聖、高島嘉右衛門。易断によれば、文明開化の横浜を恐ろしいあやかしが襲うという。
文明開化を謳歌するあやかしに、上野戦争の恨みを抱く元新政府軍兵士もがコンコとリュウに襲いかかる。
恐ろしいあやかしの正体とは。
ふたりは、あやかしから横浜を守れるのか。
リュウは上野戦争の過去を断ち切れるのか。
そして、ふたりは陽のあたる場所に出られるのか。
六芒星、かごめ歌の謎
坂崎文明
ホラー
ある日、僕の右手の甲に奇妙な紋様が浮かび上がった。
それは六芒星、かごめ紋ともいう。
その日から僕は『かごめかごめ』の歌にちなんだ不思議な現象に巻き込まれることになる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる