パンドラの予知

花野未季

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その十一

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 翌日再び、三治と千津子は『千里眼』の稽古をするが、やはり成功しない。
 しかし、永井と組むと出来るのである。

「どうやら、俺ぁ嫌われてるらしいね。おじさんと組んでやった方がいいんじゃねえですか?」
 三治が不貞腐れたように言うが、千津子は申し訳なさや情けなさで反論できない。

「まあまあ。そうだ! 三治。おめえ、幽霊って見たことあるかい?」
 唐突な永井の質問に、鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をして三治が答えた。
「ハァ⁉︎ 無いです、そんなもんは」

「そうか、一度もねえか。気配を感じたこともねえのか?」
「当たり前です。おじさん、何を言ってんスか?」
 永井は苦笑して、
「おめえ、それじゃあ芸人としては駄目だよ」
 と、三治をからかうように言った。

「仕方ねえな。三治と組むのはとするか。しばらくの間、千津子ちゃんには見せ物小屋の方で働いてもらうかな。俺の口上の時に、少し千里眼をやるとしよう。それでも評判になれば、松旭斎天勝《しょうきょくさいてんかつ》とまでは言わねえが、人気が出ると思うんだが」
 永井は自分に言い聞かせるかのように言った。

 早速、その日の午後からの見せ物小屋での興行で、千津子は芸を披露することになった。
 昨日やったように、永井の心の声を聞いて、トランプのカードの模様を当てる。

 札を選んだ客は皆びっくりして、
「どういう仕掛けがあるんだね?」と尋ね、他の客も首を捻る。

「客の中に仲間がいて合図を送ってるんだろ」
 そう言って鼻をフンと鳴らす、いけ好かない客もいるが、大方は感心して拍手喝采を送ってくれるのだった。

 その日は遅くなったので、永井が送ってくれたが、彼は家の前で「それじゃあ、おやすみ。梅によろしく言っといてくれ」と言って、どこかへ帰って行ってしまった。

 二人は夫婦だと聞いているが、一緒に暮らさないのはなぜだろう、と不思議に思う。
 なんとなく皆が認めている幽霊の存在、そして永井の顔の傷。
 気になることはいろいろあるが、大人のことに首を突っ込むのは行儀の悪いことである。

 ところが、千津子のさまざまな疑問は、翌朝あっさりと解消された。
 朝食の際に、梅が「旦那さんは昨日何か言ってたかい?」と尋ねてきたのだ。
「いいえ。よろしくとだけ仰ってました」と千津子が答えると、梅はふふっと笑って言った。

「変な夫婦だろ? でも仕方ないね。あたしはいつも米ちゃんがくっついてるからさ。あの人は格別鋭い人だから、怖くて近づけないの。なら、別れてくれりゃいいのに、そいつは勘弁してくれ、なんて言うからさ」

 千津子は頭の皮がチリチリするような怖さを感じた。
「米ちゃんって、あの人ですか? おねえさんそっくりの浴衣姿の人」

「そう、あたしの双子の姉。十年前にあたしの身代わりになって死んだんだ。それ以来、あたしたちはいつも一緒。……まったく。米ちゃんもあの人も、なんであたしから離れてくれないのかねえ」

 永井の顔の傷のことも、梅は説明してくれた。
 一昨年、浅草で大火があり、永井は救助活動を手伝って、顔に火傷を負ってしまったのだ。馴染み客に会う予定で出かけていた梅は、火事のことは帰って来てから知った。

「そのお客はね、あたしと米ちゃんの古い知り合いで、岡山の実業家なんだけどさ。その人とあたしがどうにかなっちまうって、気が気じゃなかったんだよ、うちの人は。それで不注意もあってドジ踏んじまったんだね。馬鹿だよ、そんなことあるわけないのに」

 独り言のようにしゃべる梅の話を、千津子は半分も理解できないが、彼女も千津子にわかってもらいたくて喋っているのではなさそうだった。
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