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その四
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「へえー! 双子なん。二人とも別嬪なんも当然や」
小寅が得心がいったように言うと、米が照れたように答えた。
「けど梅ちゃんのほうがずっと綺麗です。頭もええし」
その言葉は謙遜などではない、と梅は知っている。なぜなら双子だから。
『双子は畜生腹』と忌み嫌われる古い慣習から、梅は一歳下の妹という扱いになり、現在の二人は全く違う境遇に置かれている。しかし、心はいつも通じ合っているつもりであった。
「あ、せやせや」
急に小寅が立ち上がって、襖を隔てただけの隣の六畳間に入って行った。
「今日は、こっちの部屋でウチと美松ねえさんは寝るから。もうお布団用意しときましょ」
小寅は、普段は支度部屋になっている六畳間の押し入れを開けて、布団を引っ張り出し始めた。
「おねえさん、ウチと米ちゃんがそちらで寝ますから」
梅はあわてて、小寅の手伝いをするため六畳間に行く。
「ええて。広いほうでゆっくりしい」
小寅がにこにこと愛想よく言う。
「そういえば、美松ねえさんはご実家で何ぞあったんかな? 聞いてない?」
美松は小寅より一歳上で二十歳になるが、元は高槻藩にもお出入りがあったという大きな商家の出である。三十年ほど前に大流行した虎狼痢(コレラ)に、一族ほとんどが罹患して実家が傾いたため、美松は興福楼お抱えの芸妓となった。
「さあ? 美松ねえさん、親御さんに会いとうて落ち着かんから、実家寄って直接お座敷行く、言うて出はりましたな」
「雨に濡れるのん、かなわんけどなあ。なんでまた、そんな気になったんやろ」
たしかにそうである。わざわざ雨の日を選ばなくても、いつでも帰れるというのに妙なことだ。
実のところ、梅も先ほどからそわそわして落ち着かなかった。
米が遊びに来てくれた嬉しさだけではない、何かが気にかかっているような、胸の奥がざわつくような。
気がつくと、いつのまにか雨音は途切れ途切れとなっており、西の空も少しだけ明るんでいる。雀のチュンチュンさえずる声も聞こえてきた。
梅は八畳間に戻り、そこで風呂敷包みを開けている米のすぐ近くに座った。
「今夜の荷物? 浴衣一枚でええのに、なんやいろいろ持って来はりましたな」
梅は、米が来た時から、彼女の重そうな風呂敷包みが気になっていたのだが、中身を尋ねる良いきっかけが出来た。
「梅ちゃんにお土産持ってきたんや」
米は、実家からことづかったのであろう梅干の瓶を出し、ささやくように梅に言った。
「それとなあ。家には内緒で、あるお人と会う約束しててん。悪いけど、今からちょっと出てきます。すぐ帰ってくるから待っててな」
「えっ」
思いがけない米の言葉に、梅はあたりを見回す。隣の六畳間には小寅の姿はない。
気の利く小寅は、自分がいたら内緒話も出来ず気兼ねだろうと、初子と遊んでやるつもりもあって一階に降りて行ったのに違いない。
「どういうこと?」
「ウチなあ、ある人にお嫁さんになってくれませんか? て言われてんねん」
「えっ!」
「けど、ウチにはそんな気ィさらさらないんや。その人、来年からは東京の帝大生になるんやて」
米の語る言葉は、あまりに現実味がなさすぎて、梅の頭の中では処理できない。
「帝大て。そんな人が米ちゃんをお嫁さんに?」
米は真っ赤になって、両手を振る。
「その人のご両親は大反対してるし、身分が違いすぎるて、ウチはお断りしたんや。ただ、昨日突然その人が大阪遊びに来て。今日、お会いする約束したんやけど」
「その人、誰? 信用できるんか?」
米は真っ赤になって、うなずいた。
「信用は、出来る。工場の偉いさんの息子さんやから」
再びえっ、と驚いた梅は、口重な米に、根掘り葉掘り尋ねてみた。
どうやら米の相手は紡績工場経営者の末息子らしく、彼は学校の長期休暇の際に、工場内の学校で勉強を教えてくれたらしい。
米は工場内では、ずば抜けて彼の目を惹いたのは間違いない。何より、彼女の素直さや優しさといった内面の美しさに気づくと、大いにそこに惹かれるはずだ。
(そこが米ちゃんとウチの違いや)
梅は、心の美しさは全て米が持っていき、性根の強さは全て自分が貰って産まれて来たと思っている。
母の胎内にいる時に、そうやって分けてしまったのだと真剣に信じていた。
小寅が得心がいったように言うと、米が照れたように答えた。
「けど梅ちゃんのほうがずっと綺麗です。頭もええし」
その言葉は謙遜などではない、と梅は知っている。なぜなら双子だから。
『双子は畜生腹』と忌み嫌われる古い慣習から、梅は一歳下の妹という扱いになり、現在の二人は全く違う境遇に置かれている。しかし、心はいつも通じ合っているつもりであった。
「あ、せやせや」
急に小寅が立ち上がって、襖を隔てただけの隣の六畳間に入って行った。
「今日は、こっちの部屋でウチと美松ねえさんは寝るから。もうお布団用意しときましょ」
小寅は、普段は支度部屋になっている六畳間の押し入れを開けて、布団を引っ張り出し始めた。
「おねえさん、ウチと米ちゃんがそちらで寝ますから」
梅はあわてて、小寅の手伝いをするため六畳間に行く。
「ええて。広いほうでゆっくりしい」
小寅がにこにこと愛想よく言う。
「そういえば、美松ねえさんはご実家で何ぞあったんかな? 聞いてない?」
美松は小寅より一歳上で二十歳になるが、元は高槻藩にもお出入りがあったという大きな商家の出である。三十年ほど前に大流行した虎狼痢(コレラ)に、一族ほとんどが罹患して実家が傾いたため、美松は興福楼お抱えの芸妓となった。
「さあ? 美松ねえさん、親御さんに会いとうて落ち着かんから、実家寄って直接お座敷行く、言うて出はりましたな」
「雨に濡れるのん、かなわんけどなあ。なんでまた、そんな気になったんやろ」
たしかにそうである。わざわざ雨の日を選ばなくても、いつでも帰れるというのに妙なことだ。
実のところ、梅も先ほどからそわそわして落ち着かなかった。
米が遊びに来てくれた嬉しさだけではない、何かが気にかかっているような、胸の奥がざわつくような。
気がつくと、いつのまにか雨音は途切れ途切れとなっており、西の空も少しだけ明るんでいる。雀のチュンチュンさえずる声も聞こえてきた。
梅は八畳間に戻り、そこで風呂敷包みを開けている米のすぐ近くに座った。
「今夜の荷物? 浴衣一枚でええのに、なんやいろいろ持って来はりましたな」
梅は、米が来た時から、彼女の重そうな風呂敷包みが気になっていたのだが、中身を尋ねる良いきっかけが出来た。
「梅ちゃんにお土産持ってきたんや」
米は、実家からことづかったのであろう梅干の瓶を出し、ささやくように梅に言った。
「それとなあ。家には内緒で、あるお人と会う約束しててん。悪いけど、今からちょっと出てきます。すぐ帰ってくるから待っててな」
「えっ」
思いがけない米の言葉に、梅はあたりを見回す。隣の六畳間には小寅の姿はない。
気の利く小寅は、自分がいたら内緒話も出来ず気兼ねだろうと、初子と遊んでやるつもりもあって一階に降りて行ったのに違いない。
「どういうこと?」
「ウチなあ、ある人にお嫁さんになってくれませんか? て言われてんねん」
「えっ!」
「けど、ウチにはそんな気ィさらさらないんや。その人、来年からは東京の帝大生になるんやて」
米の語る言葉は、あまりに現実味がなさすぎて、梅の頭の中では処理できない。
「帝大て。そんな人が米ちゃんをお嫁さんに?」
米は真っ赤になって、両手を振る。
「その人のご両親は大反対してるし、身分が違いすぎるて、ウチはお断りしたんや。ただ、昨日突然その人が大阪遊びに来て。今日、お会いする約束したんやけど」
「その人、誰? 信用できるんか?」
米は真っ赤になって、うなずいた。
「信用は、出来る。工場の偉いさんの息子さんやから」
再びえっ、と驚いた梅は、口重な米に、根掘り葉掘り尋ねてみた。
どうやら米の相手は紡績工場経営者の末息子らしく、彼は学校の長期休暇の際に、工場内の学校で勉強を教えてくれたらしい。
米は工場内では、ずば抜けて彼の目を惹いたのは間違いない。何より、彼女の素直さや優しさといった内面の美しさに気づくと、大いにそこに惹かれるはずだ。
(そこが米ちゃんとウチの違いや)
梅は、心の美しさは全て米が持っていき、性根の強さは全て自分が貰って産まれて来たと思っている。
母の胎内にいる時に、そうやって分けてしまったのだと真剣に信じていた。
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