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その三
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「ほな、失礼します」
なんとなくぞっとして、梅は早々に部屋を後にしたが、庄三郎が日本刀を見つめていた姿が頭から離れない。
自分の部屋に戻り、雑誌を再び読み始めたが、文字や内容が頭に入ってこない。
あんなに真剣に、思い詰めたような顔をしている養父を見たのは初めてだった。
「小寅ねえさん、おとうはんが、なんやえらい怖い顔して刀の手入れしてはったんやけど」
梅と同じく部屋に寝転がり、雑誌を読んでいた小寅が「はあ?」と、気のない返事をする。
「刀の手入れ? ああ、お梅ちゃんは見たことなかったんか。おとうはんは、自身もお武家の出ぇやから、ご先祖さまから伝わる刀を何本も持ったぁんねん。手入れしてんの見たら、そらびっくりしますわなあ。私も初めて見た時は怖かったし。けど、刀の手入れて、それこそ真剣にやらんとあかん言うしな。そら、おとうはんも怖い顔になるわなあ」
「そうですか」
その時、階下の方が何やら騒がしくなり、梅を呼ぶ小まんの声がした。
「お梅ちゃん、お姉さん、来はったで」
えっ、と梅は起き上がり、雑誌を置くと、タタタと一階まで駆け降りた。
台所に通じる勝手口に、雫を垂らしている蛇の目傘を持った米が佇んでいる。
地味な藍微塵の浴衣を着ているが、梅とそっくりの美しい娘だ。
「米ちゃん! ようお越し。 早よ上がって」
「梅ちゃん。いやぁ! また綺麗になって」
妹にそう答える米は照れ臭そうであった。
「一年ぶりやもんなあ。なぁんや、元気そうで良かった。ほんで、いつまでうちにおれるん?」
小まんが気を利かせて持ってきてくれた手ぬぐいで、姉の全身を拭いてやりながら梅は尋ねる。
「それが」
ちらと小まんのほうを見て言い淀む米の姿に、何か事情があるのだな、と察した梅はすぐに話題を変えた。
「お父ちゃんとお母ちゃん、米ちゃん帰って来て喜んではるやろ。ウチ、もうずっと帰ってないねん」
「せやってな。忙しいんやてなあ」
米の体を拭き終えた梅は、姉の手を取ると階段まで誘い、仲良く二階に上がって行った。
二階の八畳間に入って来た二人を見た小寅は、「えっ」と、驚きの声を上げ起き上がる。
「びっくりや。お梅ちゃんが二人おる」
姉妹は顔を見合わせて破顔一笑する。
「小寅ねえさん、ウチら、そこまで似てますか? そらまあ、昔からそっくりや、とは言われて来ましたけど」
梅の声を合図とするかのように、米は丁寧にお辞儀し、小寅に挨拶する。
「はじめまして、梅の姉の米です。いつも妹がお世話になりまして、ありがとうございます。今日は厚かましいに遊びに来さしてもらいまして」
小寅もあわてて座り直すと、浴衣の衿元を合わせ、お辞儀した。
「きちんとしてんなあ。そこもお梅ちゃんそっくりや。きれいでしっかりして。言うことなしのきょうだいやな」
小寅が感心したように褒めた。
その様子を見て梅は、姉妹の秘密を教えたくなった。実家近くに住む年寄り連中や友だちは皆、知っていることだが、興福楼の人には教えていなかったことを。
「あんなあ、小寅ねえさん。ウチらは双子ですねや」
えっと驚いたのは小寅だけではない。米も、突然何を言い出すのか、という顔をして梅を見ている。
「双子は縁起悪いよって、年子のきょうだいにされましたんや。それでも、他所の家に里子に出されんかっただけでもマシなんやろか」
梅はそう言って、ため息を吐いた。
なんとなくぞっとして、梅は早々に部屋を後にしたが、庄三郎が日本刀を見つめていた姿が頭から離れない。
自分の部屋に戻り、雑誌を再び読み始めたが、文字や内容が頭に入ってこない。
あんなに真剣に、思い詰めたような顔をしている養父を見たのは初めてだった。
「小寅ねえさん、おとうはんが、なんやえらい怖い顔して刀の手入れしてはったんやけど」
梅と同じく部屋に寝転がり、雑誌を読んでいた小寅が「はあ?」と、気のない返事をする。
「刀の手入れ? ああ、お梅ちゃんは見たことなかったんか。おとうはんは、自身もお武家の出ぇやから、ご先祖さまから伝わる刀を何本も持ったぁんねん。手入れしてんの見たら、そらびっくりしますわなあ。私も初めて見た時は怖かったし。けど、刀の手入れて、それこそ真剣にやらんとあかん言うしな。そら、おとうはんも怖い顔になるわなあ」
「そうですか」
その時、階下の方が何やら騒がしくなり、梅を呼ぶ小まんの声がした。
「お梅ちゃん、お姉さん、来はったで」
えっ、と梅は起き上がり、雑誌を置くと、タタタと一階まで駆け降りた。
台所に通じる勝手口に、雫を垂らしている蛇の目傘を持った米が佇んでいる。
地味な藍微塵の浴衣を着ているが、梅とそっくりの美しい娘だ。
「米ちゃん! ようお越し。 早よ上がって」
「梅ちゃん。いやぁ! また綺麗になって」
妹にそう答える米は照れ臭そうであった。
「一年ぶりやもんなあ。なぁんや、元気そうで良かった。ほんで、いつまでうちにおれるん?」
小まんが気を利かせて持ってきてくれた手ぬぐいで、姉の全身を拭いてやりながら梅は尋ねる。
「それが」
ちらと小まんのほうを見て言い淀む米の姿に、何か事情があるのだな、と察した梅はすぐに話題を変えた。
「お父ちゃんとお母ちゃん、米ちゃん帰って来て喜んではるやろ。ウチ、もうずっと帰ってないねん」
「せやってな。忙しいんやてなあ」
米の体を拭き終えた梅は、姉の手を取ると階段まで誘い、仲良く二階に上がって行った。
二階の八畳間に入って来た二人を見た小寅は、「えっ」と、驚きの声を上げ起き上がる。
「びっくりや。お梅ちゃんが二人おる」
姉妹は顔を見合わせて破顔一笑する。
「小寅ねえさん、ウチら、そこまで似てますか? そらまあ、昔からそっくりや、とは言われて来ましたけど」
梅の声を合図とするかのように、米は丁寧にお辞儀し、小寅に挨拶する。
「はじめまして、梅の姉の米です。いつも妹がお世話になりまして、ありがとうございます。今日は厚かましいに遊びに来さしてもらいまして」
小寅もあわてて座り直すと、浴衣の衿元を合わせ、お辞儀した。
「きちんとしてんなあ。そこもお梅ちゃんそっくりや。きれいでしっかりして。言うことなしのきょうだいやな」
小寅が感心したように褒めた。
その様子を見て梅は、姉妹の秘密を教えたくなった。実家近くに住む年寄り連中や友だちは皆、知っていることだが、興福楼の人には教えていなかったことを。
「あんなあ、小寅ねえさん。ウチらは双子ですねや」
えっと驚いたのは小寅だけではない。米も、突然何を言い出すのか、という顔をして梅を見ている。
「双子は縁起悪いよって、年子のきょうだいにされましたんや。それでも、他所の家に里子に出されんかっただけでもマシなんやろか」
梅はそう言って、ため息を吐いた。
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