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第九章 夏季休業

ベルの涙

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「……『《召喚サモン》!』」

 街に入ってすぐの路地裏にマリアの声が響く。
 マリアの目の前の地面に光り輝く魔法陣が広がる。

「……ふえぇぇ、マリアぁ~!」

 マリアの姿を視界に捉えたベルの目から大粒の涙が溢れる。そしてマリアに抱きつこうとしたが──。

「ベル、それ以上近づかないで!」

 少し慌てた様子のマリアに止められた。

「エッ?」

 思わぬ拒絶にベルの瞳に絶望の色が宿る。

「ベル、服が埃だらけじゃない。そんな格好で私にくっついたら私の服まで汚れるでしょ。せめて着替えて」

 ベルの内心など知るわけもなく、マリアは至極真っ当なことを言っているのだが、ベルの耳には入っていない。

「……マリア?……ナンデ?」

 目を大きく見開き、マリアを見上げて固まっている。

「?……ベル?」

 そこでようやくマリアはベルの様子がおかしいことに気がついた。ただ、原因まではわかっていない。

「マリア、ベルの気持ちになって考えてみろ。さっきまで独りぼっちだったんだぞ?心細かったに決まってるだろ。その状態でさっきのお前の言葉を聞いてみろ」

 見かねたのかアルフォードがマリアによく考えてみろと注意をする。

「えっ?さっきって『着替えて』って言ったこと?」

 アルフォードは大きく溜息を吐いた。

「違う。もっと前だ」
「もっと前って……」
「『近づくな』と言っただろ?」
「うん。……あっ」

 そこまで話してようやく現在の状況と答えが結びつく。

「ベル、ごめんね。独りぼっちで寂しかったよね?不安だったよね?それなのに私『近づかないで』なんて言ってごめんね」

 マリアはしゃがむとベルを抱き上げ、そのまま服が汚れることも構わず抱きしめた。

「あれ?でもなんでこんなに埃だらけなの?」

 ただ捕まっていただけでは埃だらけにはならない。

「ワタシ、コワカッタ。ダカラニゲタ」
「……えっ?どうやって?」

 マリアにはベルが兵士たちから自力で逃げられるとは到底思えなかった。

「オリニイレラレタ。デモミハリイナカッタ。ダカラニゲタ」
「えっ?鍵は?」
「?カギナラフツウニハズシタ」
「えっ?」

 マリアにはベルの言葉が理解できなかった。

「デモシッパイシテカギコワシタ。ヨウレンシュウ」
「……練習って何を?」
「カイジョウノマジュツ」
「えっ?そんなのあったっけ?」

 マリアは思い当たる魔術があらず、首を傾げる。

「存在することには存在するぞ」
「えっ?そうなの?」
「ああ。ただ……どこで知ったんだ?」

 場合によっては大問題だとアルフォードは軽くベルを睨む。

「フ、フツウニオシエテルトコロミタ」
「いつ、どこでだ?」
「マ、マリアガワタシヲヘヤオイテイッタアト、ヌケダシテ……アルヨリモトシガウエノニンゲンタチガオソワッテタ」

 ベルの言葉で断片的にだが、アルフォードは事実を知る。

「……それに抜け出したのは1回だけじゃないな?」
「えっ?そうなの?」
「ああ、1回見ただけでどうにかできるほど、《解錠オープン》は簡単じゃない」

 1人で勝手に行動するなんて危ないだろうと、アルフォードはベルを叱る。

「……ゴメンナサイ。デモヒトリハヤルコトナイ。ヒマダッタ」
「……まあ確かにそれはそうだろうけど、でも迷子になったりしたらどうするの?」
「マイゴナラナイ。モウミチオボエタ」
「……覚えたって、それ以外にも危険はあるんだよ?ベルはちっこいんだから気づかれなくて踏まれたり蹴られたりしたらどうするの?」
「……ゴメンナサイ」

 ベルはもう一人では学園内を彷徨かないと約束させられた。ただし、ベルはそんな約束など守る気などさらさらなかった。バレなければ約束など関係ないというのがベルの持論だ。
 ベルが落ち着いたところでマリアは自分の服とベルの服を魔術で出した水で洗い、乾かす。今の季節だからこそできる荒業だ。冬場ならば確実に風邪を引く。

「んじゃ、変に時間を食っちゃったし、早く行こう。これじゃいつになったらエーデル王国に着くかわからないし」
「そうだな。時間の節約のためにもユニコーンたちに頑張ってもらうか」
「あっ、そうだね」

 流石に悪目立ちするため街中でユニコーンたちを呼び出すわけにもいかず、街を出たところで召喚することとなった。

「『《召喚サモン》』」

 召喚されたユニコーンたちにマリアは優しく微笑みかけた。

「またしばらくよろしくね。あっ、嫌かもしれないけど、おじさんたちも乗せてあげて」

 マリアの言葉にそんなことはないというように首を横に振るユニコーンたち。

「そう?嫌じゃないなら良かった」

 一番近くにいたユニコーンの頭を少し背伸びをして撫でると、ユニコーンは気持ち良さそうに目を細める。
 撫でられているのが羨ましいのか、他のユニコーンたちが自分も撫でてくれと主張するように頭をマリアに押しつける。

「ちょっと、くすぐったいよ!」
「うわっ、やめろ」

 慌ててアルフォードが助けに入る。だが助けるどころかアルフォードもユニコーンたちに揉まれる。

「平和じゃなぁ~」
「そうだな」

 なんとも平和な光景に、微妙に荒んでいた心が癒やされる大人たちだった。助ける気など一切ない。
 結局出発できたのはそれから10分以上後で、その間通りすがりの者たちから奇異の視線を向けられることとなった。
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