上 下
459 / 464
閑話

懐かしき者とマリアとベルと……(3)

しおりを挟む
 マリアは部屋に戻るとさっそく買ってきた布を広げ始めた。

「まさかおばさんに会うとは思わなかったな。家まで遠いいわけじゃないし、別に不思議でもなんでもないけどさ」
「マリアハ、あいたくなかったノ?」
「別にそういうわけじゃないけど、気持ちの整理がついてなかったというかなんというか……。ベラおばさんは、昔の私にとって身近な存在だったから、顔を見たら悪い思い出も思い出しちゃって……」

 大丈夫だとでも言うようにそっとベルを撫でる。

「良い思い出も勿論たくさんあるんだけどね。料理も裁縫も、なんだかんだで教えてくれたのは全部おばさんだったし、それ自体は楽しかったしね」

 ベルはマリアが作業に戻るのを何も言えずに見ていた。そしてしばらく無言のまま考え込んだ。

「……ちょっと、でかけてクル。おひるハいらない」
「わかった。暗くなる前には帰ってくるんだよ」
「うん……」

 短く返事をすると、ベルは窓から外へと出ていった。その後ろ姿をマリアが不思議そうに見ていた。

「アル~、ちょっとそうだんしたイこと、あるけどイイ?」

 城の一室に忍び込んだベルは部屋の主の前の机に降り立つと、開口一番にそう言い放った。

「……いったいどこから入り込んだんだ?」

 アルフォードは頭を押さえながら深々と溜息を吐いた。

「後で侵入ルートを教えてくれれば、少しなら良いぞ」
「それハもちろん」
「それで、わざわざどうしたんだ?」
「……マリアガ、ひとニあってからくらいかおしてるノ。どうすれバ、いいトおもう?」
「人って誰だ?」

 アルフォードはマリアがそのような表情をする人物に心当たりがなく首を捻った。

「マリアハ、ベラおばさんっテよんでた。むかしノしりあいだっテ。むかしノこと、おもいだしたっテいってタ」
「そうか……心配する気持ちもわかるけどな、過去のことには触れたくないようだったし、そっとしておいてやるのが一番だと思うぞ」
「うん……」
「あるいは他のことで気を紛らわせてやるのも良いかもしれないが、そう都合よくあるわけでもない、し……」
「アル?」

 不自然に言葉を切ったアルフォードに、ベルは首を傾げた。

「そういえばもうそろそろだと連絡が来ていたような……」

 ベルの様子には気も留めず、引き出しの中をあさり始める。

「あった。ベル、エーアリアスって覚えてるか?」
「なつニあったこデショ? いんしょうてきだったシ、これデわすれてたらただノばか」

 一言余計な言葉に、アルフォードは頬を引きつかせた。

「……そうだな。それで近々エルドラントに来るという手紙が来ていてな。それがこれだ」

 机に置かれた白い封筒にベルは目を輝かせた。

「あれ? でもなんデこれ、アルガもってるノ?」
「正確には僕宛ではなく国宛。父上に無理矢理歓待役を押し付けられたんだ。エーデルでアルフォードとして顔を合わせてしまっているし、どう誤魔化すか今から考えるのが面倒だよ」

 重い溜息を吐くアルフォードの腹に、話を逸らすなとでも言うようにベルが飛び蹴りを喰らわせる。

「あ~、悪い悪い。名目上はリーゼロッタ姫が散々城や王都で方方に迷惑をかけた謝罪らしいぞ。真意はまた別にありそうだがな。滞在予定日数がただの謝罪にしてはやけに長いし……」

 今から気が重いと、再度溜息を吐いた。

「それにあそこの王族は裏表が激しいというか、強かというか、二重人格っぽいところが苦手なんだよな。リーゼロッタ姫はそれに面倒っていうのも加わるし、できれば顔も合わせたくないけどな」
「そうナノ?」
「お前もたぶんそのうちわかるよ。えっと予定上は……3日後に到着予定だな。って!? 早ければもういつ来てもおかしくないじゃないか!?」

 まだ日数的に余裕があると思っていたと、頭を抱えて焦りだしたアルフォードを、ベルはひどく冷めた目で見ていた。

「アル、あきらめモだいじ」
「いや、そういう問題じゃないからな。今の僕の状態自体が色々おかしいって気づいてるか?」
「でもそれ、いまニはじまったことジャないカラ」

 正論で返され落ち込むアルフォードを放置して、ベルは床に降りると、少しだけ開いていた扉を体重をかけるようにして開いた。

「御昼食をお持ちいたしましたよ。あら? どうされたんです? 殿下」

 ベルの存在には気づかず、ワゴンを押して横を素通りした侍女が首を傾げた。

「いや、なんでもない。それよりも僕は勝手に開いたドアになんの疑問も持っていなさそうな君の方が疑問だよ」
「へ? 殿下が開けて下さったんじゃないんですか? あれ? でも殿下は椅子にずっと座られていたような? それにまだノックもしていなかったのによくおわかりになられましたね」

 アルフォードは苦笑いを浮かべた。

「そういう素直なところは君の魅力の1つだと思うけどね、せめてもう少し観察力を身に付けた方が良いと思うよ」
「やだ。そんな……悪い気はしませんけど、私は一使用人に過ぎませんから。口説かれても困っちゃいますぅ」

 頬を染める侍女にアルフォードは顔を引きつかせた。

「あ~、うん、もうわかったから。それだけ置いて出ていってもらえるかな?」
「はい~」

 音を立ててドアが閉まると、アルフォードは今日何度目かわからない溜息を吐いた。

「なんでそうなるんだ……」
「アル、おんなノてき……」

 いつの間にか近くまで戻ってきたベルが机の淵に腰かけながらぽつりと呟いた。

「だからなんでそうなるんだ!? 別に俺は何もしていないだろうが!?」
「むじかく……それガいちばんたちガわるイ」

 そう言って肩をすくめて見せる。

「だからなんでだ!?」

 アルフォードの悲鳴混じりの怒鳴り声とベルの楽しそうな笑い声は、ワゴンの中のスープが冷めるまで続いていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

ヒューストン家の惨劇とその後の顛末

よもぎ
恋愛
照れ隠しで婚約者を罵倒しまくるクソ野郎が実際結婚までいった、その後のお話。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

『伯爵令嬢 爆死する』

三木谷夜宵
ファンタジー
王立学園の中庭で、ひとりの伯爵令嬢が死んだ。彼女は婚約者である侯爵令息から婚約解消を求められた。しかし、令嬢はそれに反発した。そんな彼女を、令息は魔術で爆死させてしまったのである。 その後、大陸一のゴシップ誌が伯爵令嬢が日頃から受けていた仕打ちを暴露するのであった。 カクヨムでも公開しています。

前回は断頭台で首を落とされましたが、今回はお父様と協力して貴方達を断頭台に招待します。

夢見 歩
ファンタジー
長年、義母と義弟に虐げられた末に無実の罪で断頭台に立たされたステラ。 陛下は父親に「同じ子を持つ親としての最後の温情だ」と断頭台の刃を落とす合図を出すように命令を下した。 「お父様!助けてください! 私は決してネヴィルの名に恥じるような事はしておりません! お父様ッ!!!!!」 ステラが断頭台の上でいくら泣き叫び、手を必死で伸ばしながら助けを求めても父親がステラを見ることは無かった。 ステラは断頭台の窪みに首を押さえつけられ、ステラの父親の上げた手が勢いよく振り下ろされると同時に頭上から鋭い刃によって首がはねられた。 しかし死んだはずのステラが目を開けると十歳まで時間が巻き戻っていて…? 娘と父親による人生のやり直しという名の復讐劇が今ここに始まる。 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ 全力で執筆中です!お気に入り登録して頂けるとやる気に繋がりますのでぜひよろしくお願いします( * ॑꒳ ॑*)

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

〖完結〗私が死ねばいいのですね。

藍川みいな
恋愛
侯爵令嬢に生まれた、クレア・コール。 両親が亡くなり、叔父の養子になった。叔父のカーターは、クレアを使用人のように使い、気に入らないと殴りつける。 それでも懸命に生きていたが、ある日濡れ衣を着せられ連行される。 冤罪で地下牢に入れられたクレアを、この国を影で牛耳るデリード公爵が訪ねて来て愛人になれと言って来た。 クレアは愛するホルス王子をずっと待っていた。彼以外のものになる気はない。愛人にはならないと断ったが、デリード公爵は諦めるつもりはなかった。処刑される前日にまた来ると言い残し、デリード公爵は去って行く。 そのことを知ったカーターは、クレアに毒を渡し、死んでくれと頼んで来た。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 全21話で完結になります。

処理中です...