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本編

メッセンジャー

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「よおし大将!  勘定だ!」

唯桜はすっかりほろ酔いで、上機嫌だった。
と言っても酒樽五つを開け、店の客の大半は酔いつぶれているのだが。
改造人間とは言ってもベースは人間だ。
アルコールを摂取すれば当然唯桜も酔っぱらう。
唯桜が酒に強いのは改造魔人である事とは関係が無い。
単に生まれついてのウワバミと言うだけの話である。

唯桜はともかくラナも凄かった。
まだ十歳程度と幼い筈だが、あれだけ飲んでも酔いつぶれていない。
酔ってはいるものの元気いっぱいである。
ただ笑い上戸だった。もともとの陽気な性格は更に強調されていた。

唯桜は懐から革の巾着袋を取り出す。
百円銀貨を一枚取り出して、それをテーブルにバチンと強く置いた。
ウェイトレスが驚く。

「ひ、百円!?  お客さん、お代こんなにしないですよ!」

大将もやって来て目を丸くした。

「良いんだ良いんだ、取っとけよ。十分飲ませてもらったからな。楽しかったぜ、釣りはいらねえ」

百円銀貨一枚で、元の貨幣価値で百万円程度である。
高級クラブならともかく居酒屋的な位置づけのこの店で、この金額は高額過ぎる。
唯桜はお礼を繰り返す大将に、良いって事よ気にするな、と言って店のドアを出た。

店の前に繋いだ馬車をほどいて、ラナが従者の席に座った。
ケタケタと笑ってはいるが、ふらついている様子も無い。
どうやら任せても心配は無さそうだった。

唯桜が馬車に乗り込もうとした時だった。
開きかけたキャビンのドアを、乱暴に閉める何者かの手があった。

「待ちなよ兄さん。ずいぶんと羽振りが良いじゃねえか、ガキまで連れてよ。目立ってるぜアンタ」

店の隅で唯桜を見ていた四人組だ。
結構な時間を過ごしたとはいえ、辺りはまだ明るい。夕方になったばかりだ。

「まだ明るいってのにゴロツキにしちゃ思い切りが良いじゃねえか」

そう言う唯桜の顔は、揉め事の到来に何故か嬉しそうだ。
牛嶋曰く、トラブルメーカーの面目躍如である。

「おめえ、ルービーの邸に住んでるな。何故てめえが住んでいやがる」

四人組の一人が唯桜に詰め寄った。

「ルービーんトコの上役の雇われか。意外と細かい仕事をするんだな」
「何だと!」
「俺ぁ、てっきりすぐ兵隊が送られて来るかと期待して待ってたのによお。てめえら一月も待たせやがって、何をチンタラしていやがった」
「何!?」

報復に来るのが遅いと言って唯桜の機嫌は悪くなっていた。
四人組は顔を見合わせた。
ちっとも訳が解らない。大体脅しているのはこっちである。

「しかも派手にドンパチ来るのかと思えば、チンピラが四人だあ?  舐めるのも大概にしとけよ」

四人組は唯桜の態度に気色ばんだ。
だが唯桜の目に狂気が宿っているのを見た時、背筋に冷たい物が走った。
組織の中でも裏方の、特に汚い仕事を専門にやって来た四人にとって唯桜の発する危険な空気は、野生の勘に敏感に感じる物があった。

「や、やかましい!  脅してるのはこっちだ!  強がりを言うんじゃないぜ!」

男の一人がナイフを出した。
お約束ではある。

「まさかそんな物が言葉の足しになるなんて思ってねえよな」

唯桜は犬歯を見せて狂暴な笑顔を作った。
男は脂汗が噴き出した。
唯桜は男のナイフを一瞥する。

「刺してみろ」

男達は色めき立った。
唯桜は男のナイフを握る手を掴まえると、自分の腹に当てた。
男はドキッとした。

「ボーナスチャンスだ。先に刺させてやる。思いっ切りやってみろ」

唯桜が男の耳元で囁いた。
男のナイフを握る手が尋常じゃないほど震えだした。

何なんだこれは。

他の三人もこの異常な雰囲気に完全に呑まれていた。
コイツは普通じゃない。何か恐ろしい物が人の形をしている。
そんな風に感じられた。
この彼らの野生の勘は、恐ろしいほど正確だったといえる。

「……いや、いい。俺達が悪かった」

ナイフを持った男の心は完全に折れた。
もし刺してから唯桜が次は自分の番だと言いだしたら……。
いや、この男は必ずそう言うだろう。
そう考えただけで男は吐きそうになった。
何故だか解らないが、刺してそのままこの男が倒れるイメージがどうしても湧かない。

「何だやらねえのか。意気地がねえな」

唯桜はそう言うと男を突き放した。

「てめえらの親玉に言っておけ」

そう言うと唯桜は懐から煙草を取り出した。
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