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本編

黒トカゲ

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「ま、まあまあ。ほら座れよ美紅、な?」

唯桜が美紅をなだめようと、何度目かの挑戦を試みた。

「なによう。面倒くさい女を適当に丸め込もうっての?」

唯桜に引っ張られて美紅はドカッと座った。

「何言ってんだ、違うよ。立ち上がって大きな声を出したら周りに迷惑だろ?」

唯桜が言う。
美紅がケッと鼻で笑った。

「他人の迷惑って言葉を知っているとはね!  元ヤクザのアンタが?  怪人のくせに?」

美紅の目は据わっている。
怪人はお前もだろうがと言いたかったが、唯桜にしては珍しくグッと堪えた。

「そうじゃねえよ。お前らしくないから止めろってんだよ」
「お?  アタシらしくないとはどういう事ですか。アタシらしいってじゃあ、どんななの。お?  言ってみ?  ほら言ってみ?  ん?」

美紅が食って掛かった。

「いやほら……なんて言うか、いつもはクールって言うか、カッコいい感じの女って言うか」

唯桜が美紅の良い所を挙げる。
他人を褒めた事などほとんど無い男だ。
たどたどしいのは自分でも承知していた。

美紅がまたケッと鼻で笑った。

「心にも無いこと言ってんじゃないわよ。可愛げの無い女だって思ってるんでしょ、解ってるわよ」

酒の肴にオススメだとヤーゴが注文した黒トカゲの姿揚げ。
見た目がグロテスクだからと敬遠していた美紅だったが、それをわしっと掴まえて口の中へと放り込んだ。

「どうせアタシはSM倶楽部の女王様よ。真っ当な仕事じゃなくて悪かったわね!  どいつもコイツも白い目で見やがって!  今に見てなさい。足に重り付けてみんな三角木馬に座らせてやるわ!」

バリバリと黒トカゲを噛み砕きながら美紅は激昂していた。
昔よっぽど嫌な事があったんだろうなあと、唯桜は思った。

「何言ってんだ、良いじゃねえか女王様。俺は良いと思うぜ、需要があるから存在するんじゃねえか。女王様なんて立派なもんよ」

唯桜は言い切った。
実際、ヤクザな家業と風俗店は切っても切れない関係だ。
裏の社会で生きてきた唯桜にとって、キャバクラの姉ちゃんもSM倶楽部の女王様も大した違いは無かったし、別に偏見など微塵も持っていなかった。それは事実だ。

「心配すんな。ちゃんと可愛げもあるし誰も白い目で見ちゃいねえよ」

唯桜がそう言って、美紅の頭に手をやった。
美紅が唯桜をじっと見た。

しまった。調子良すぎたかと、唯桜は慌てて美紅の頭に乗せた手を引っ込めた。

「……ほんとう?」
「ん?  え?」

唯桜は混乱した。
ほんとうって何だ?  どういう意味だ?
意味が解らないまま殴られる可能性を考慮して、唯桜は咄嗟に上半身を反らせて距離を作った。

「可愛げ……ある?」

美紅が唯桜に聞いた。
意味が解って唯桜はホッとした。

「あ、ああ。あるさ」

唯桜が答える。

「ほんとうのほんとうに?」

美紅が確かめるように聞いた。
酔って赤くなった顔、少し泣いているのか潤んだ瞳。
その瞳で上目遣いに聞いてくる美紅は、確かに可愛く見えた。

「ほんとうにほんとうだ」

唯桜が答える。

その言葉を聞いて美紅が照れたように笑った。
なんだ、可愛いい所もあるじゃないか。唯桜はそう思った。

笑った美紅の口の端から黒トカゲの足が見えていた。
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