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本編
ヤーゴとビビ子
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兵士達は板挟みに陥っていた。
命令に背く事は出来ない。
さりとて、唯桜達を捕らえる事など不可能である。
唯桜達がリッチを倒したであろう事は兵士達には解っていた。
昨夜の戦いの轟音は街中に響き渡っていたからだ。
ルドルが一晩中眠れずに震えていた事は、場内の者ならば皆が知っている。
あの轟音をフェイクと思う者は居ないだろう。
実際、朝から広場の惨状は、住民によって数多くの情報が寄せられていた。
兵士達は死を覚悟した。
どちらにしても死ぬのは目に見えている。
ヤーゴが兵士達の気持ちを察して告げた。
「止めときな。こんな野郎の為に無駄死にするこたあねえ。しばらく知らんフリしてろ。今から、この街に領主なんて居なかった事にしてやる」
ヤーゴが懐から銃を抜いた。
ブラン領でコスタバから頂いた逸品だ。
弾はコスタバが持っていた分しか手に入らなかったが、唯桜の話じゃ昔の日本で軍隊が使っていた製品らしいから何処かで手に入る可能性はあるらしい。
現状でも九発は撃てる。
予備もあるから、この部屋にいる兵士達くらいならヤーゴにも相手が出来た。
兵士達は動かなかった。
そうだろうなとヤーゴは思った。
賢明な判断だ。
ルドルは途端に青ざめた。
まさか自分の威光が効かないなんて、信じられなかった。
お前には任せられん。かつて父親はそう言ってルドルを遠ざけた。
ルドルは一日も早く権力が欲しかった。
全てを意のままにしたかった。
しかし父親はそんなルドルの本性に気付いていたのだろう。
頑としてルドルに領主の座を継承させようとはしなかった。
ルドルは父親が亡くなった時、涙が出るほど喜んだ。
喜びのあまり号泣した。
誰もそれが歓喜の涙だとは気が付かなかった。
その日からコーベ領の地獄が始まったのだ。
せっかく手にした権力を失うなんて、ルドルには想像を絶する苦しみだ。
何故こんな事になってしまったのか。
リッチ討伐を募ったからなのか。
コイツらがリッチを倒したからか。
そもそもコイツらが現れなければ。
リッチが現れなければ。
誰が悪いのか、ルドルは解らなくなっていた。
少なくとも自分が悪いと言う思考は少しも無かった。
ヤーゴが銃をルドルへと向けた。
「覚悟して下さい。貴方は一生分、嫌、人生の十回分は好き勝手に生きた筈です。もう十分だ。来世は蝶にでも生まれ変わって下さい。捕食される側の生き方が待っているでしょうよ」
ヤーゴが引き金に指を掛ける。
ルドルは恐怖のあまり、奇声を発して玉座の後ろへ隠れた。
不様な姿である。兵士達も流石に見るに耐えなかった。
皆一様にうつ向いて、せめてルドルの最後を見ない様にした。
その時。
「待って下さい。ヤーゴさん」
ビビ子がヤーゴの前に立ちはだかった。
「……何の真似だ。邪魔はしないでもらおうか。アンタは一応今回の功労者だ。関係を悪くしたくない」
ヤーゴが顔色一つ変えずに言った。
唯桜も牛嶋も美紅も、誰も何も言わなかった。
ただ、この場をヤーゴとビビ子に任せていた。
「皆さんの気持ちは解ります。だけど何も殺す事は無いじゃないですか」
ビビ子が言った。
正論だ。青臭いが正論には違いなかった。
正義感の強さは隠せない。
「……で、コイツを生かしたとしましょう。誰が得をするんで?」
ビビ子は返事に窮した。
誰も得しない。だけど損得じゃない筈だ。
こんなのは間違っている。
ビビ子が信じる信念とは違う。
「誰も得はしないでしょう。でも損得じゃない筈です。彼は生きる権利があります」
「コイツに意味も無く、趣味で殺された連中にも生きる権利はあった筈だが、それはどうなんだ」
ヤーゴも引かない。
そして間違ってもいない。
三人は秘密結社の最高幹部としても、二人がどういう結論に辿り着くのか興味があった。
もちろん、唯桜達三人もこの道はかつて通ってきた道であった。
そしてそれぞれに答えを出して、今ここに居るのだ。
一つの理想。一つの目的。
その為に三人は総統の元に集まった。
まったくの違う性質の三人だが、彼らは同じ旗の元に集まったのである。
その結束は他人が思うより遥かに強固だ。
「コイツはまた同じ事を繰り返すぜ。間違いない。そしたら別の人間が沢山死ぬだろうよ。コイツ一人の生きる権利と引き換えにね」
ヤーゴが畳み掛ける。
ビビ子は上手く言い返せなかった。
確かにそれで沢山の人達が死んで良い筈は無かった。
「わ、解った。約束しよう。俺はもう金輪際民衆を殺さない。本当だ!」
ルドルが命乞いをした。
「命乞いをする者を殺せるんですか!」
ビビ子がヤーゴに詰め寄る。
「……ああ。殺せるよ」
ヤーゴは暗く冷たい目をビビ子へと向けた。
ビビ子は衝撃を受けた。
何て目をするんだろう。
自分はここにいて良いのか、解らなくなっていた。
「ルドル様。アンタの言葉は信用出来ない。昨日の約束を今日違える様な奴の言葉は、俺には聞こえない」
そう言うと、ヤーゴは引き金を強く引いた。
命令に背く事は出来ない。
さりとて、唯桜達を捕らえる事など不可能である。
唯桜達がリッチを倒したであろう事は兵士達には解っていた。
昨夜の戦いの轟音は街中に響き渡っていたからだ。
ルドルが一晩中眠れずに震えていた事は、場内の者ならば皆が知っている。
あの轟音をフェイクと思う者は居ないだろう。
実際、朝から広場の惨状は、住民によって数多くの情報が寄せられていた。
兵士達は死を覚悟した。
どちらにしても死ぬのは目に見えている。
ヤーゴが兵士達の気持ちを察して告げた。
「止めときな。こんな野郎の為に無駄死にするこたあねえ。しばらく知らんフリしてろ。今から、この街に領主なんて居なかった事にしてやる」
ヤーゴが懐から銃を抜いた。
ブラン領でコスタバから頂いた逸品だ。
弾はコスタバが持っていた分しか手に入らなかったが、唯桜の話じゃ昔の日本で軍隊が使っていた製品らしいから何処かで手に入る可能性はあるらしい。
現状でも九発は撃てる。
予備もあるから、この部屋にいる兵士達くらいならヤーゴにも相手が出来た。
兵士達は動かなかった。
そうだろうなとヤーゴは思った。
賢明な判断だ。
ルドルは途端に青ざめた。
まさか自分の威光が効かないなんて、信じられなかった。
お前には任せられん。かつて父親はそう言ってルドルを遠ざけた。
ルドルは一日も早く権力が欲しかった。
全てを意のままにしたかった。
しかし父親はそんなルドルの本性に気付いていたのだろう。
頑としてルドルに領主の座を継承させようとはしなかった。
ルドルは父親が亡くなった時、涙が出るほど喜んだ。
喜びのあまり号泣した。
誰もそれが歓喜の涙だとは気が付かなかった。
その日からコーベ領の地獄が始まったのだ。
せっかく手にした権力を失うなんて、ルドルには想像を絶する苦しみだ。
何故こんな事になってしまったのか。
リッチ討伐を募ったからなのか。
コイツらがリッチを倒したからか。
そもそもコイツらが現れなければ。
リッチが現れなければ。
誰が悪いのか、ルドルは解らなくなっていた。
少なくとも自分が悪いと言う思考は少しも無かった。
ヤーゴが銃をルドルへと向けた。
「覚悟して下さい。貴方は一生分、嫌、人生の十回分は好き勝手に生きた筈です。もう十分だ。来世は蝶にでも生まれ変わって下さい。捕食される側の生き方が待っているでしょうよ」
ヤーゴが引き金に指を掛ける。
ルドルは恐怖のあまり、奇声を発して玉座の後ろへ隠れた。
不様な姿である。兵士達も流石に見るに耐えなかった。
皆一様にうつ向いて、せめてルドルの最後を見ない様にした。
その時。
「待って下さい。ヤーゴさん」
ビビ子がヤーゴの前に立ちはだかった。
「……何の真似だ。邪魔はしないでもらおうか。アンタは一応今回の功労者だ。関係を悪くしたくない」
ヤーゴが顔色一つ変えずに言った。
唯桜も牛嶋も美紅も、誰も何も言わなかった。
ただ、この場をヤーゴとビビ子に任せていた。
「皆さんの気持ちは解ります。だけど何も殺す事は無いじゃないですか」
ビビ子が言った。
正論だ。青臭いが正論には違いなかった。
正義感の強さは隠せない。
「……で、コイツを生かしたとしましょう。誰が得をするんで?」
ビビ子は返事に窮した。
誰も得しない。だけど損得じゃない筈だ。
こんなのは間違っている。
ビビ子が信じる信念とは違う。
「誰も得はしないでしょう。でも損得じゃない筈です。彼は生きる権利があります」
「コイツに意味も無く、趣味で殺された連中にも生きる権利はあった筈だが、それはどうなんだ」
ヤーゴも引かない。
そして間違ってもいない。
三人は秘密結社の最高幹部としても、二人がどういう結論に辿り着くのか興味があった。
もちろん、唯桜達三人もこの道はかつて通ってきた道であった。
そしてそれぞれに答えを出して、今ここに居るのだ。
一つの理想。一つの目的。
その為に三人は総統の元に集まった。
まったくの違う性質の三人だが、彼らは同じ旗の元に集まったのである。
その結束は他人が思うより遥かに強固だ。
「コイツはまた同じ事を繰り返すぜ。間違いない。そしたら別の人間が沢山死ぬだろうよ。コイツ一人の生きる権利と引き換えにね」
ヤーゴが畳み掛ける。
ビビ子は上手く言い返せなかった。
確かにそれで沢山の人達が死んで良い筈は無かった。
「わ、解った。約束しよう。俺はもう金輪際民衆を殺さない。本当だ!」
ルドルが命乞いをした。
「命乞いをする者を殺せるんですか!」
ビビ子がヤーゴに詰め寄る。
「……ああ。殺せるよ」
ヤーゴは暗く冷たい目をビビ子へと向けた。
ビビ子は衝撃を受けた。
何て目をするんだろう。
自分はここにいて良いのか、解らなくなっていた。
「ルドル様。アンタの言葉は信用出来ない。昨日の約束を今日違える様な奴の言葉は、俺には聞こえない」
そう言うと、ヤーゴは引き金を強く引いた。
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