上 下
103 / 141
本編

鬼の目にも涙

しおりを挟む
グオアアアアアアアアッ!

凄まじい咆哮が轟いた。
それは表で待機する琢磨翁の元にまで響いた。

「……始まったか」

琢磨翁は祈る様な気持ちで二人を待つ。
チャコの絶叫に反応する様に、鬼もまた咆哮した。
身体を打つような音の衝撃が塊となって押し寄せる。
ジンは咄嗟に手にした松明を、鬼の瞳目掛けて投げつけた。
松明は鬼の眼球に当たった。
叫び声をあげて鬼は穴から遠ざかった。

「今だ!  来い!」

ジンはチャコを掴まえると、通路から中へと飛び込んだ。
中は広い空間だった。
何の為の部屋なのか皆目見当もつかない。
机や腰掛けが乱雑に散らばり、沢山の本や書類が散乱している。
かつて人が居た事は間違いない。

ジンは辺りを一瞥すると、部屋の大きさを把握した。
特に何もない、散らかった部屋と言う印象だ。
ただし、この部屋は広い。

その部屋の中央で、巨大な裸の男がうずくまっている。

鬼だ。

チャコは腰が抜けそうになる。
その鬼の首の後ろ辺り。
何か棒の様な物が飛び出ていた。
チャコは松明を掲げた。
刀だった。

「ジンさん、あれ。首の後ろ」

チャコが指差した先をジンが目で追う。

「あった。本当にあったぞ……、鬼殺し」

鬼の首の後ろ辺りに、日本刀の様な物が刺さっていた。
あれこそが、霊剣『鬼殺し』に違いなかった。
うずくまって目を押さえていた鬼が、ゆっくりとこちらを振り向いた。

何色の肌なのか良く解らない。
薄汚れて黒っぽく見える。
狂暴さを物語る大きく血走った目が、二人を見据えた。
松明の明かりに照らされて、鬼の巨大な影が壁にゆらゆらと映し出されている。

それにしても大きい。
完全に巨人である。
大柄な男程度の物を想像していたチャコは、心底度肝を抜かれていた。

立ち上がれば五メートル弱は有るだろう。
陸橋よりもわずかに大きい。
あまりに予想外過ぎて、こんなの有りかとチャコは半笑いになった。
壁も床かも天井も、全て同じ材質の金属で造られている。
どうやら、こいつをここに閉じ込めておく事は想定されて造られたと言う事らしい。

ジンは自分が投げた松明を拾った。
会得した極意の成果が出ているのか、チャコに比べてジンはずっと冷静だ。

左手で松明を持ったまま、右手で腰の刀を抜いた。

チャコも背中から自前の鉄棒を引き抜いた。
ビビってばかりでは無い。
足を引っ張りに来た訳では無いのだ。

チャコはジンから遠ざかるように、反対方向へと回る。
鬼に向かって左にジンが、右にチャコが、それぞれ距離を保って武器を構えた。

チャコは松明を床に置いた。
ジンは対照的に、松明と刀の二刀流の構えをみせた。

先に動いたのは鬼だ。
短く、ガッ!  と声を発して足元を踏みつけてきた。
バアンッ!  と大きな足音がした。
軽く部屋が震えた。

ジンとチャコは少し後ろへ飛び退いた。
鬼の攻撃の隙を突いて、チャコが脱兎の如く駆け出す。
床を踏みつけた鬼の脛を目掛けて、鉄棒を渾身の力で薙ぎ払った。

肉を打つ鈍い音がした。
しかし、鬼は少しも怯まない。

「このくらいではダメージにもならないのか……」

チャコは一人ごちる。
続けて鬼が足元のチャコを掴まえに行く。
右の掌がチャコに迫る。
慌ててチャコは飛び退いた。
ショベルカーの様な手が、チャコをかすめる。

「掴まったら一発で終わるな、こりゃ」

チャコは改めて背筋に冷たいものが走った。
今度はジンが駆け出す。
チャコを掴まえ損ねた鬼の右腕を、刀で切り落としに掛かった。

「チェストオオオオッ!」

気合い一閃。
綺麗な弧を描いてジンの白刃が鬼の右腕を捉えた。

「……ムッ!」

三分の一ほど刀が通った所で、止まってしまった。
大木をも真っ二つにするジンの剛剣である。
これには流石にジンも驚いた。

鬼が絶叫する。
しかし斬られた傷口からは大して出血は無かった。

「……血が出ない。浅かったのか?」

ジンは呟いたが、それでも三分の一は通ったのである。
出血はもう少しあっても不思議では無い筈だ。

次の手は考えていない。
相手の出方次第か。
ジンはチャコから注意を逸らさせる為に、チャコとは反対に歩を進めた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

私は何人とヤれば解放されるんですか?

ヘロディア
恋愛
初恋の人を探して貴族に仕えることを選んだ主人公。しかし、彼女に与えられた仕事とは、貴族たちの夜中の相手だった…

車の中で会社の後輩を喘がせている

ヘロディア
恋愛
会社の後輩と”そういう”関係にある主人公。 彼らはどこでも交わっていく…

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

婚約をなかったことにしてみたら…

宵闇 月
恋愛
忘れ物を取りに音楽室に行くと婚約者とその義妹が睦み合ってました。 この婚約をなかったことにしてみましょう。 ※ 更新はかなりゆっくりです。

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

【完結】双子の伯爵令嬢とその許婚たちの物語

ひかり芽衣
恋愛
伯爵令嬢のリリカとキャサリンは二卵性双生児。生まれつき病弱でどんどん母似の美女へ成長するキャサリンを母は溺愛し、そんな母に父は何も言えない……。そんな家庭で育った父似のリリカは、とにかく自分に自信がない。幼い頃からの許婚である伯爵家長男ウィリアムが心の支えだ。しかしある日、ウィリアムに許婚の話をなかったことにして欲しいと言われ…… リリカとキャサリン、ウィリアム、キャサリンの許婚である公爵家次男のスターリン……彼らの物語を一緒に見守って下さると嬉しいです。 ⭐︎2023.4.24完結⭐︎ ※2024.2.8~追加・修正作業のため、2話以降を一旦非公開にしていました。  →2024.3.4再投稿。大幅に追加&修正をしたので、もしよければ読んでみて下さい(^^)

処理中です...