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本編

第七十話 霊峰富士

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元々山があった訳では無い。
あの時、地形が変わる程の地獄だったと言う事を唯桜は知っている。
それが地殻変動をも呼び込み、更に日本を激変させた。
列島の形は大きく変わっていないと美紅は言ったが、地形は全然違う。
唯桜の記憶では、この辺りは確か盆地だった筈だ。

唯我独尊を地でいく唯桜も、流石にこれ程の力に抗う術を知らない。
人類の叡知は素晴らしいが、人類は愚かだと唯桜は思う。

時坂・グランドシティ・ホテル、もとい、ブラン城を後にしてから、大して距離を空けずに山が隣接していた。
標高にして千メートルにも充たない山だが、峰が連なり向こう側と地形を分断する様にそびえている。
あの時の光景を知らなければ、この緑に囲まれた周辺の景色や、山々の姿を、昔からの物だと信じて疑う者はいないだろう。
ヤーゴの話では熊や猪がいると言う。

「今度は新しく、化け物も生息を始めましたってか」

唯桜はそう言うと山への入り口へと立った。
雑木林が段々と木々の数を増して、森へと景色が変わっていく。緑に覆われた豊かな山だ。

唯桜はまずヤーゴのメモが書き込まれた紙を取り出して、印の付けられた地点を目指す事にした。熊の死体が発見されたと言う場所だ。

急勾配も全く苦にせず、唯桜は獣の様に道なき道を登って行った。
息が上がる事も無い。大して疲れると言う事も無い。
しばらく行くと、すぐに目的の場所へ着いた。

もう熊の死体は無かったが、それらしい腐敗臭と残骸がわずかに散見される。

「化け物の行動パターンなんて解らねえよ。どっち行きゃあ良いんだ?」

唯桜は呟きながら頂を見上げた。

「取り敢えず頂上に行ってみるか」

再び唯桜は歩きだす。
しかし熊の死体ってのはそんなに早く腐敗するものなのだろうか。
それとも城か町の人間が片付けたのだろうか。
唯桜は何となくそんな事を思った。
少し前の話だとしても、熊の死体は中々にデカイだろう。
そんな簡単に腐敗で無くなったりはしないんじゃないのか。

肉食動物は他に居ると言う話は聞かなかったが、山犬とか山猫とかが居るのかも知れない。

人間が片付けたと言う線はどうだろうか。
危険と噂の山にわざわざ熊の死体を片付けにくる物好きが居るとは思えない。大体何の為に片付けるのか。

と言う事は。

怪物が回ってきてその都度死体を食べている。
ソイツは縄張りを巡回しているのかも知れない。
唯桜はそう思った。
何の為かは解らない。
しかし化け物の考える事など解る筈も無いのだから、そんな事はどうでも良かろう。

唯桜はもう一度紙を取り出して他の印を探した。
あった。山頂付近にもう一ヶ所。
唯桜は紙をしまうと、歩く速度を早めた。
鹿が山の中を軽やかに駆けていく様に、唯桜はどんどん山道を駆け抜けた。

「……ここか」

唯桜は目的の場所に辿り着いた。
手懸かりを求めて辺りを散策する。
ある場所で急に虫が増えた気がした。
進んでいくと蝿が多くなってくる。

「これか」

茂みを掻き分けると、熊の死体が白骨化してそこにあった。
腐敗も進んでいるが、まだ現存している。
それに蝿が集っていた。

山の上を見ると、山頂がもうすぐだと解った。
唯桜は山頂に出てみた。
頂きは少し開けていて、テントを張ってキャンプでも出来そうな雰囲気であった。

木々の隙間から遠くの景色も見える。
登ってきた方の麓にはブラン城があった。
遠くには来る時に馬車で通った道が見えた。
上から見ると良く解るが、やはりかつて幹線道路だった様だ。
東西に向かって大きな道が、ずっと続いているのが解かる。

反対側は峰が連なっている。
何処まで続いているだろうか。
そして。

「……ありゃあ富士山か」

峰の続く先に、見覚えのある山が鎮座していた。
百年程度じゃその姿は変わらない。
あの地獄の様な熱と炎と放射線の暴風の中、富士山だけはその姿を留めていた。

「スゲエな、富士山……」

唯桜は柄にも無く、少し感動していた。

しかしそれは束の間だった。
すぐに素に戻ると、さっきの熊の死体がある所へと踵を返す。
タタタッと軽やかに斜面を降りると、何かを感じて急に立ち止まった。

センサーの類いには掛からない、改造人間の能力とは別の能力。

殺気。

暴力を好む唯桜の野性の勘が、それを強烈に察知した。
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