見知らぬ世界で秘密結社

小松菜

文字の大きさ
上 下
638 / 826

六三八

しおりを挟む
 この臭い。
何らかの効果を持った毒ガス系に違いない。
すぐに命を奪うような物ならカルタスを助けられるかは怪しい。

 だがバーデン将軍のような、例えば『恐怖』の感情を揺り起こすような物なら助けられる可能性はまだある。

 どちらにせよ時間はあまり無い。

「うぅ……」

 カルタスはゆっくりと立ち上がった。
どうやら即死系では無いようだな。
俺はひとまず安心した。

「あ……」

 カルタスは何か呟きながら一歩ずつ女へと歩いて行く。
どうした。
そんな足どりで向かって行く気か。

 とぼとぼと、ゆらゆらと、カルタスは千鳥足で女へと近付いた。
何だかおかしい。
俺はカルタスを呼び止めた。

「おい、どこへ行く気だ。フラついてるぞ!」

 しかし、カルタスの耳に俺の声が届いているようには見えない。
これは、ひょっとして。

 惹き寄せられている。

 食虫植物が臭いで獲物を誘き寄せるように、この女もこの甘い吐息で人間を誘き寄せているのか。

 そうか、あの人間たちもこうやって捕食されたに違いない。
森の中に迷い込んだ人間を餌にしているのだ。

「バスターガン!」

 ルガの声がした。

 ビシュ!

 光線が女の顔へ命中する。

「あああ……」

 女の眉間に穴が開く。
だが、少し呻いただけでその動きに変化は見られない。

 的が大きすぎる。
あの大きさでは威力があっても全体から見ればわずかな傷だ。
蚊に刺されたようなものだろう。

「おおお……!」

 女の声音が初めて変わった。
眉間にシワが寄り、怒りの表情を見せる。
整った顔立ちなだけに、余計に恐ろしく見えた。

「おおお!!」

 怒気を孕んだ雄叫びをあげて、女がルガたち四人に迫る。

 どどどどどど!

 複数の脚で地面を掻くように歩く。
その巨体さ故に、虫が歩くようでも地面が轟いた。

「ああああっ!」

 女が怒声をあげて四人の上を通過した。

「うわああ!」

「きゃあああ!」

 四人は巨大な脚に上から潰された。
雨のように、真上から脚が降り注いだ。
軌道など読める筈も無い。

 どどどどどど

 通り過ぎて女が振り返る。
もう一度踏むつもりか。

 くしゃっ

 突然女がしゃがんだ。
長い足を左右に折り畳み、今度は人間の高さまで低く体勢をとる。

 んばあっ 

 口が大きく開かれると、今度はそのまま突っ込んでくる。

 食う気か。

 だだだだだだだ!

 足音を轟かせて、女が四人を捕食する。

「うわあああ!」

 バルバが最初に捕まった。
伸びた舌が器用にバルバを巻き取った。

「バルバ!」

 ガイが叫ぶがそのまま飲み込まれる。

「なんだと!?」

「よくも!」

 ディーレがガイの側から飛び出す。
腰から短剣を抜き放った。

「やあっ!」

 気合一閃。
すれ違い様に女の頬を切り裂いた。
口の端から耳たぶまで一文字に赤く染まる。

 くるっ

 女は微動だにせず首を捻ると、通りすぎたディーレを後ろから補食した。

 ぱくっ!

「あっ!」

 ディーレの声はそれだけで聞こえなくなった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

穢れた救世主は復讐する

大沢 雅紀
ファンタジー
吾平正志はクラスメイトたちから虐められ、家族からも無視されていた。追い詰められた彼は自殺を計るが、死の寸前に現れた大魔王サタンと契約を結び、新人類となる。復活した正志は仲間を増やし、家族、学校、そして社会全体を破壊していく。すべては人類の救済のために

余命宣告を受けた僕が、異世界の記憶を持つ人達に救われるまで。

桐山じゃろ
ファンタジー
剣と魔法の世界にて。余命宣告を受けたリインは、幼馴染に突き放され、仲間には裏切られて自暴自棄になりかけていたが、心優しい老婆と不思議な男に出会い、自らの余命と向き合う。リインの幼馴染はリインの病を治すために、己の全てを駆使して異世界の記憶を持つものたちを集めていた。

前世で処刑された聖女、今は黒薬師と呼ばれています

矢野りと
恋愛
旧題:前世で処刑された聖女はひっそりと生きていくと決めました〜今世では黒き薬師と呼ばれています〜 ――『偽聖女を処刑しろっ!』 民衆がそう叫ぶなか、私の目の前で大切な人達の命が奪われていく。必死で神に祈ったけれど奇跡は起きなかった。……聖女ではない私は無力だった。 何がいけなかったのだろうか。ただ困っている人達を救いたい一心だっただけなのに……。 人々の歓声に包まれながら私は処刑された。 そして、私は前世の記憶を持ったまま、親の顔も知らない孤児として生まれ変わった。周囲から見れば恵まれているとは言い難いその境遇に私はほっとした。大切なものを持つことがなによりも怖かったから。 ――持たなければ、失うこともない。 だから森の奥深くでひっそりと暮らしていたのに、ある日二人の騎士が訪ねてきて……。 『黒き薬師と呼ばれている薬師はあなたでしょうか?』 基本はほのぼのですが、シリアスと切なさありのお話です。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※一話目だけ残酷な描写がありますので苦手な方はご自衛くださいませ。 ※感想欄のネタバレ配慮はありません(._.)

組長様のお嫁さん

ヨモギ丸
BL
いい所出身の外に憧れを抱くオメガのお坊ちゃん 雨宮 優 は家出をする。 持ち物に強めの薬を持っていたのだが、うっかりバックごと全ロスしてしまった。 公園のベンチで死にかけていた優を助けたのはたまたまお散歩していた世界規模の組を締め上げる組長 一ノ瀬 拓真 猫を飼う感覚で優を飼うことにした拓真だったが、だんだんその感情が恋愛感情に変化していく。 『へ?拓真さん俺でいいの?』

ある王妃の末路

どら焼き
ホラー
要望が多かったホラーの試作品です。怖くないかもしれません。

いらないと言ったのはあなたの方なのに

水谷繭
恋愛
精霊師の名門に生まれたにも関わらず、精霊を操ることが出来ずに冷遇されていたセラフィーナ。 セラフィーナは、生家から救い出して王宮に連れてきてくれた婚約者のエリオット王子に深く感謝していた。 エリオットに尽くすセラフィーナだが、関係は歪つなままで、セラよりも能力の高いアメリアが現れると完全に捨て置かれるようになる。 ある日、エリオットにお前がいるせいでアメリアと婚約できないと言われたセラは、二人のために自分は死んだことにして隣国へ逃げようと思いつく。 しかし、セラがいなくなればいいと言っていたはずのエリオットは、実際にセラが消えると血相を変えて探しに来て……。 ◆表紙画像はGirly drop様からお借りしました🍬 ◇いいね、エールありがとうございます!

【完結】契約結婚は閃きの宝庫

つくも茄子
恋愛
アリックス・リードは二十三歳になる子爵令嬢。若い頃、婚約に失敗して行き遅れになった彼女は、王妃付きの女官をしていた。結婚願望ゼロの彼女にとある人物との結婚話が舞い込む。そのお相手とは、社交界きっての貴公子であるオエル・ブリトニー伯爵。両親を早くに亡くし、爵位を若くして継いだ彼は、超有望物件。ただし遊び人として有名だった。だからと言う訳ではないが伯爵は未だに独身。結婚する気配すらなかった。それもそのはず、伯爵本人が結婚する気が全くないのだから。 そんな伯爵との結婚に疑問を感じるアリックス。実はこの結婚は彼女の兄が持ってきたもの。実は、兄と伯爵は学友。色々な思惑アリの結婚話。一見、アリックスには全くメリットのない結婚と思われた。だが、彼女はこの結婚を承諾する。契約結婚として・・・。 何故、彼女は契約結婚を承諾したのか?

茶番には付き合っていられません

わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。 婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。 これではまるで私の方が邪魔者だ。 苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。 どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。 彼が何をしたいのかさっぱり分からない。 もうこんな茶番に付き合っていられない。 そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。

処理中です...