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六一九
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全員がマスクだけは外してテーブルの上に置いた。
「俺は食べない」
ガイはいち早く拒否した。
腕を組んでテーブルの上のケーキと珈琲を睨み付ける。
そう言われてはルガも食べる訳にはいかない。
口を尖らせたまま仕方なく、ルガもケーキに手を付けるのを拒んだ。
やれやれ。
別に毒と言う訳でも無いんだがな。
疑心暗鬼と言うヤツか。
端から見ているとなかなか厄介な心理状態だ。
ケーキは俺の目の前にも運ばれていた。
俺は少し考えて、おもむろにケーキに手を付ける。
フォークでケーキを器用にカットする。
それを口に運ぶと、口の中いっぱいに砂糖とクリームむの甘さが広がる。
うん、旨い。
上に乗った木苺が見た目にも可愛らしく、この甘い食べ物を更に甘く誘惑する物へと変えている。
いつ食べても、この世の中にこんなに旨い物があるのかと感激する。
俺はこの世の全てを食べた事がある訳では無いが、たぶんこれよりも旨い物はこの世には無いだろうと思ってしまう。
人々が中毒的になってしまうのも判る気がする。
ごくり
誰かの生唾を飲み込む音が聞こえた。
全員の視線が俺に集中している。
そのせいで広間の中は静寂に支配されていた。
わずかなその音が、やけに大きく聞こえたのは大袈裟では無い。
「食べたければ我慢せずに食えば良い。別に毒など入っていない」
俺はケーキを口に運びながらそう言った。
ルガは今にも泣きそうな顔で、口に運ばれるケーキの行方を目で追っていた。
「……別に食べなくても……死にはしないから……」
そう言うルガの声は、次第に尻すぼみになって聞こえなくなる。
俺は珈琲で口の中の甘さを洗い流す。
芳醇で豊かな珈琲の薫り。
俺は苦いまま飲むのが好きだ。
この苦さがケーキと互いに良い所を引き出し合っていると俺は思っている。
「何やってんだレオ」
突然広間にカルタスとオレコが現れた。
トラゴスも一緒か。
「何もしていない。ケーキを食べているだけだ」
「お、なんだよ自分だけ。俺たちの分は無いのかよ」
カルタスがぼやく。
「今、お三方の分もお持ちします」
気を利かせて管理人が言った。
全く出来た管理人だ。
すぐに三人分のケーキと珈琲が運ばれてくる。
カルタスは待ってましたとばかりにケーキに手を付けた。
文字通り手掴みで。
「んめぇー!良いよな皇子様はよ。最近毎日だろ?しかも日に二度三度食ってるらしいじゃねえか」
ずずずずずー!
そう言って一気に珈琲を飲み干す。
珈琲も酒も同じ飲み方か。
「カルタス様。良かったら私の分もお召し上がり下さい」
トラゴスがそっとケーキと珈琲をカルタスに差し出す。
「良いのよ。どうせ味なんて判りゃしないんだから」
オレコが冷ややかに言ってトラゴスを止めた。
「ふざけんな。こんな旨えもんの味が判らなくて、誰がこんな食い方するんだよ、食い足りねえよ」
「ですから私の分をどうぞ」
「トラゴスさん。まだ十分にございますから、お気になさらず」
管理人がやんわりとトラゴスを制すると、すぐに新しくケーキが運ばれてきた。
生身のカルタスには堪えられない味なんだろうな。
気が付くと四人の視線は、俺からカルタスへと完全に移っていた。
カルタスの食い方は、観る者の好奇心を強烈に刺激する。
コイツ、飲食店のサクラになったら相当客を呼ぶだろうな。
俺は珈琲を飲みながら横目でそう思った。
「俺は食べない」
ガイはいち早く拒否した。
腕を組んでテーブルの上のケーキと珈琲を睨み付ける。
そう言われてはルガも食べる訳にはいかない。
口を尖らせたまま仕方なく、ルガもケーキに手を付けるのを拒んだ。
やれやれ。
別に毒と言う訳でも無いんだがな。
疑心暗鬼と言うヤツか。
端から見ているとなかなか厄介な心理状態だ。
ケーキは俺の目の前にも運ばれていた。
俺は少し考えて、おもむろにケーキに手を付ける。
フォークでケーキを器用にカットする。
それを口に運ぶと、口の中いっぱいに砂糖とクリームむの甘さが広がる。
うん、旨い。
上に乗った木苺が見た目にも可愛らしく、この甘い食べ物を更に甘く誘惑する物へと変えている。
いつ食べても、この世の中にこんなに旨い物があるのかと感激する。
俺はこの世の全てを食べた事がある訳では無いが、たぶんこれよりも旨い物はこの世には無いだろうと思ってしまう。
人々が中毒的になってしまうのも判る気がする。
ごくり
誰かの生唾を飲み込む音が聞こえた。
全員の視線が俺に集中している。
そのせいで広間の中は静寂に支配されていた。
わずかなその音が、やけに大きく聞こえたのは大袈裟では無い。
「食べたければ我慢せずに食えば良い。別に毒など入っていない」
俺はケーキを口に運びながらそう言った。
ルガは今にも泣きそうな顔で、口に運ばれるケーキの行方を目で追っていた。
「……別に食べなくても……死にはしないから……」
そう言うルガの声は、次第に尻すぼみになって聞こえなくなる。
俺は珈琲で口の中の甘さを洗い流す。
芳醇で豊かな珈琲の薫り。
俺は苦いまま飲むのが好きだ。
この苦さがケーキと互いに良い所を引き出し合っていると俺は思っている。
「何やってんだレオ」
突然広間にカルタスとオレコが現れた。
トラゴスも一緒か。
「何もしていない。ケーキを食べているだけだ」
「お、なんだよ自分だけ。俺たちの分は無いのかよ」
カルタスがぼやく。
「今、お三方の分もお持ちします」
気を利かせて管理人が言った。
全く出来た管理人だ。
すぐに三人分のケーキと珈琲が運ばれてくる。
カルタスは待ってましたとばかりにケーキに手を付けた。
文字通り手掴みで。
「んめぇー!良いよな皇子様はよ。最近毎日だろ?しかも日に二度三度食ってるらしいじゃねえか」
ずずずずずー!
そう言って一気に珈琲を飲み干す。
珈琲も酒も同じ飲み方か。
「カルタス様。良かったら私の分もお召し上がり下さい」
トラゴスがそっとケーキと珈琲をカルタスに差し出す。
「良いのよ。どうせ味なんて判りゃしないんだから」
オレコが冷ややかに言ってトラゴスを止めた。
「ふざけんな。こんな旨えもんの味が判らなくて、誰がこんな食い方するんだよ、食い足りねえよ」
「ですから私の分をどうぞ」
「トラゴスさん。まだ十分にございますから、お気になさらず」
管理人がやんわりとトラゴスを制すると、すぐに新しくケーキが運ばれてきた。
生身のカルタスには堪えられない味なんだろうな。
気が付くと四人の視線は、俺からカルタスへと完全に移っていた。
カルタスの食い方は、観る者の好奇心を強烈に刺激する。
コイツ、飲食店のサクラになったら相当客を呼ぶだろうな。
俺は珈琲を飲みながら横目でそう思った。
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