見知らぬ世界で秘密結社

小松菜

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二一〇

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「ああ、これはこれは。ご苦労様です」

 親父が目を細めて頭を下げた。

「今日はどうしましたか」

「いや、ただ立ち寄っただけさ」

「昨日もいらっしゃいましたな」

「ああ、ちょっと色々あってな。怪しい奴が町に出入りしてるので見回り強化だよ」

 背後の常連客がそう言って笑った。
いや、これは常連客などではない。

 俺はなるべく誰にも顔を見られないように、背後の視線にも注意した。

「はあ。それはまた難儀な事ですな」

「まったくさ。ミスリル銀山に山賊の類いが棲み着いたらしい。その一味がウロウロしてるんだ」

 おいおいおいおい。
こいつら、警備隊だ。
俺はこの場から動けなくなってしまった。
なるべくゆっくりと他の記入欄を埋める。

「山賊が?町まで来ているのですか」

「ああ。詳しくは言えないが、誘拐の対象を値踏みして回っているらしい。親父さんも気を付けてくれよ」

「何とも恐ろしいですな。誰かもう拐われたのですか?」

「これ以上は何も言えんのだ。済まない」

 山賊か。
彼らから見たら違いない。

「しかし、よくあの山に住み着く気になったもんですな。放って置けば全滅でしょうに」

「それが奴ら馬鹿みたいに強者揃いらしい。モンスターを物ともしないって話だ。何でもヴァンパイアを退けたとウチの隊長が言っていた」

「ヴァンパイアを……!?それは余計に恐ろしい。帝国から討伐隊でも出てくれたら良いですな」

「全くだな。おかげで隊長はずっと深刻な顔でさ。何とかして差し上げたいんだが……」

 情報提供はありがたいが、長居は止めてくれ。
俺はもう記入する事が無くてペンを持つ手が止まっていた。

「おや?失礼しましたお客さま。記入がお済みでしたか」

 親父がきづいた。
くそ。
適当に追い払ってくれ。

「あ、ああ」

 俺は仕方なく記入した名簿を親父に渡した。
なるべくなら、誰にも手荒な真似はしたくない。

「結構です。ではお部屋は先ほどお話した場所です」

 親父がニコニコしながら頭を下げた。
さて、どうする。
これは何気にピンチだ。
背後に顔を見せる訳にはいかない。

 手で顔を隠すのは怪しすぎるか。
顔を背けて行くしかない。
俺は顔をカウンターに向けながら階段へ向かった。

 くそっ。
いくらなんでも無理があるだろ。
一旦カウンターを離れて階段へ向かうのに、顔はカウンターを向いたまま。

 軽い後ろ歩きになっている。
なんだこりゃ。
親父が怪訝そうな顔で俺を見つめている。
きっと、背後の連中も同じ顔をしているはずだ。

「……おい、アンタ」

 背後から声が掛かる。
そりゃ、そうだろ。

「……私の事ですか?」

「そうだ。お前以外に誰が居る」
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