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本編
なんちゃってクロスカウンター
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「それでは両者開始位置に付いて下さい」
司会者がそう言うとベイクルはサッと位置に立った。
唯桜は如何にも気だるそうに位置に立つ。
まだホロ酔いなのは変わらないが、上機嫌とは程遠い。
観客と喧嘩した事と言い、テンションが下がっているのに先鋒にさせられた事と言い、唯桜は完全にやる気を削がれていた。
「それでは開始ッ!」
司会者が叫ぶと銅鑼が打ち鳴らされた。
ジャアアアアアアアアンッ!
銅鑼の音と同時にベイクルはボクシングスタイルの構えをとる。
剣や斧などの武器は見当たらない。
素手での格闘に自信があるのか。
唯桜は意外な展開に、ほおっと声を漏らした。
殴り合いは唯桜の最も望むところである。
唯桜が初めてベイクルへと体を向けた。
ベイクルは一定の距離まで近付くと、そこからは慎重に距離を保つような動きへと変化した。
長身痩躯のベイクルの方がわずかにリーチに優る様にも見える。
唯桜は無防備にもツカツカとベイクルに対して歩み寄った。
唯桜にしてみれば届く所に相手が来ないなら、こっちから殴りに行くと言うだけの事である。
しかしベイクルは驚いた。
いくら自信があるとは言え、無防備に近付いて来るとは考えられない。
咄嗟に後方へステップアウトした。
それでも唯桜は全く躊躇する事無く、ベイクルに向かって歩みを続ける。
またバックステップする、近付く。
更にバックステップする、近付く。
二人はどんどん闘技スペースの端にまでやって来た。
何なんだコイツ。
ベイクルは苛立ちと焦りを感じていた。
セオリーと言う物は無視なのか。
これでは自分が一方的に相手を怖れて逃げ回っている様では無いか。
ベイクルは下がるのを止め、覚悟を決めた。
転進反撃だ。
身を屈めて素早く前へ出る。
一瞬で両者の間合いは詰められた。
そこから伸び上がる様なストレートが放たれた。
リーチとスピードに優れた必殺と呼べるレベルのパンチだ。
決まった。
ベイクルの右ストレートは唯桜の顔面を的確に捉えた。
手応え十分だ。ベイクルは勝利を確信した。
たった一発。
たった一発とは呆気ない。
ドカッ!
突然凄まじい衝撃がベイクルを襲った。
何だ? 何事か?
そこでベイクルの意識は切れた。
唯桜は足下に崩れ落ちたベイクルを見下ろした。
「素手で向かって来る根性は気に入った。だが弱すぎるだろ」
まあ、人間だからな。仕方が無ねえか。
唯桜は小さく呟いた。
ベイクルの右ストレートを顔面で受け止めた後、余裕をもって左腕でパンチを返した。
俗に言うクロスカウンターだ。
唯一違うのはカウンターの形になってはいるものの、食らった後に平然と打ち返している点だ。
厳密にはカウンターパンチでは無い。
単に交互に打ち合っただけである。
唯桜は司会者を見た。
「おい、コイツ殺せば良いのか。どうなんだ」
司会者は唯桜の言葉にやっと我に返った。
まだ実況として一言も発していない。
正確には『さあ、始まりました!』しか言っていない。
開始三十六秒だった。
「……あ、いえ。決着です。しょ、勝者! 魔人会『大神唯桜』!」
オオオオオオオオオオオッ!
一瞬の間があって、すぐに歓声が響き渡った。
唯桜に声援を送っていた連中は躍り上がって喜び、ブーイングを送っていた連中は驚きの声を上げていた。
結局どちらの観客も大声を上げていた。
一回戦から盛り上がりはいきなり最高潮に達した。
派手好きの唯桜としては悪い気はしない。
機嫌も少しは良くなっていた。
「へっ。まあ自慢にもなりゃしねえが」
そう言う唯桜の顔もまんざらでは無い。
係員がやって来てベイクルは担架で運び出された。
「まさに電光石火! 奇跡的なカウンターパンチで幸先の良い一勝です!」
司会者の実況が流れる。
「……カウンターじゃない。顔面でベイクルの右ストレートを受け止めやがった」
ホワイトフォックスの次鋒、ヤイババが言った。
「顔面で受け止めた事を驚くべきか、一発でベイクルを倒したパンチを評価するべきか……」
リーダーの九郎座が、参ったねと肩をすくめた。
「気を付けろ。油断してるとまた負けるぞ。奴等かなり強いと見るべきだ」
九郎座は続けてそう言った。
「……解っている。だがこのバトルアックスなら顔面で受け止める事は出来まい」
ヤイババはそう言うと自身の相棒である巨大な斧を担いで立ち上がった。
自分の身長よりも大きな超巨大バトルアックスだ。
「行ってくる」
ヤイババは一言そう言い残して闘技スペースへと向かう。
ホワイトフォックスの三人はヤイババの背中を見送った。
「ベイクルのお陰で良い物を見させてもらった。だが、ヤイババならばパワー負けはするまい」
九郎座はそう言って唯桜を見た。
「いきなり凄い奴等と当たってしまったが……、ここからは俺達の負けは無い」
司会者がそう言うとベイクルはサッと位置に立った。
唯桜は如何にも気だるそうに位置に立つ。
まだホロ酔いなのは変わらないが、上機嫌とは程遠い。
観客と喧嘩した事と言い、テンションが下がっているのに先鋒にさせられた事と言い、唯桜は完全にやる気を削がれていた。
「それでは開始ッ!」
司会者が叫ぶと銅鑼が打ち鳴らされた。
ジャアアアアアアアアンッ!
銅鑼の音と同時にベイクルはボクシングスタイルの構えをとる。
剣や斧などの武器は見当たらない。
素手での格闘に自信があるのか。
唯桜は意外な展開に、ほおっと声を漏らした。
殴り合いは唯桜の最も望むところである。
唯桜が初めてベイクルへと体を向けた。
ベイクルは一定の距離まで近付くと、そこからは慎重に距離を保つような動きへと変化した。
長身痩躯のベイクルの方がわずかにリーチに優る様にも見える。
唯桜は無防備にもツカツカとベイクルに対して歩み寄った。
唯桜にしてみれば届く所に相手が来ないなら、こっちから殴りに行くと言うだけの事である。
しかしベイクルは驚いた。
いくら自信があるとは言え、無防備に近付いて来るとは考えられない。
咄嗟に後方へステップアウトした。
それでも唯桜は全く躊躇する事無く、ベイクルに向かって歩みを続ける。
またバックステップする、近付く。
更にバックステップする、近付く。
二人はどんどん闘技スペースの端にまでやって来た。
何なんだコイツ。
ベイクルは苛立ちと焦りを感じていた。
セオリーと言う物は無視なのか。
これでは自分が一方的に相手を怖れて逃げ回っている様では無いか。
ベイクルは下がるのを止め、覚悟を決めた。
転進反撃だ。
身を屈めて素早く前へ出る。
一瞬で両者の間合いは詰められた。
そこから伸び上がる様なストレートが放たれた。
リーチとスピードに優れた必殺と呼べるレベルのパンチだ。
決まった。
ベイクルの右ストレートは唯桜の顔面を的確に捉えた。
手応え十分だ。ベイクルは勝利を確信した。
たった一発。
たった一発とは呆気ない。
ドカッ!
突然凄まじい衝撃がベイクルを襲った。
何だ? 何事か?
そこでベイクルの意識は切れた。
唯桜は足下に崩れ落ちたベイクルを見下ろした。
「素手で向かって来る根性は気に入った。だが弱すぎるだろ」
まあ、人間だからな。仕方が無ねえか。
唯桜は小さく呟いた。
ベイクルの右ストレートを顔面で受け止めた後、余裕をもって左腕でパンチを返した。
俗に言うクロスカウンターだ。
唯一違うのはカウンターの形になってはいるものの、食らった後に平然と打ち返している点だ。
厳密にはカウンターパンチでは無い。
単に交互に打ち合っただけである。
唯桜は司会者を見た。
「おい、コイツ殺せば良いのか。どうなんだ」
司会者は唯桜の言葉にやっと我に返った。
まだ実況として一言も発していない。
正確には『さあ、始まりました!』しか言っていない。
開始三十六秒だった。
「……あ、いえ。決着です。しょ、勝者! 魔人会『大神唯桜』!」
オオオオオオオオオオオッ!
一瞬の間があって、すぐに歓声が響き渡った。
唯桜に声援を送っていた連中は躍り上がって喜び、ブーイングを送っていた連中は驚きの声を上げていた。
結局どちらの観客も大声を上げていた。
一回戦から盛り上がりはいきなり最高潮に達した。
派手好きの唯桜としては悪い気はしない。
機嫌も少しは良くなっていた。
「へっ。まあ自慢にもなりゃしねえが」
そう言う唯桜の顔もまんざらでは無い。
係員がやって来てベイクルは担架で運び出された。
「まさに電光石火! 奇跡的なカウンターパンチで幸先の良い一勝です!」
司会者の実況が流れる。
「……カウンターじゃない。顔面でベイクルの右ストレートを受け止めやがった」
ホワイトフォックスの次鋒、ヤイババが言った。
「顔面で受け止めた事を驚くべきか、一発でベイクルを倒したパンチを評価するべきか……」
リーダーの九郎座が、参ったねと肩をすくめた。
「気を付けろ。油断してるとまた負けるぞ。奴等かなり強いと見るべきだ」
九郎座は続けてそう言った。
「……解っている。だがこのバトルアックスなら顔面で受け止める事は出来まい」
ヤイババはそう言うと自身の相棒である巨大な斧を担いで立ち上がった。
自分の身長よりも大きな超巨大バトルアックスだ。
「行ってくる」
ヤイババは一言そう言い残して闘技スペースへと向かう。
ホワイトフォックスの三人はヤイババの背中を見送った。
「ベイクルのお陰で良い物を見させてもらった。だが、ヤイババならばパワー負けはするまい」
九郎座はそう言って唯桜を見た。
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