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本編

だったらそれを最初に言えよ

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「……どうすんだよ。その事知らねえんだろ?」

ヤーゴが美紅に言った。
その表情は困りきっている。
むしろ恐れていると言った方が正確か。

「仕方が無いでしょ。事情が事情なんだから。秘密結社の幹部だからって、何でもかんでも酷い事すれば良いってもんじゃ無いわよ」

美紅が他人事の様に答えた。
その側ではビビ子がウンウンと頷いている。
勝手に何かに納得している様子だが、美紅は敢えて触れないようにした。

そこへ唯桜と牛嶋が入って来る。

「いやあ、参った参った。あのまま石像ライフが永遠に続くのかと思って焦ったぜ」

大きな声でそう言いながら椅子にドカッと腰を下ろした。
牛嶋も同じく椅子に腰をかけた。

「何処に行ってたの?」
「風呂だよ、風呂。流石に寒すぎたぜ」

唯桜はそう言うとカッカッカッと笑う。

「まあ、メデューサをこの手でブチのめせ無かったのは残念だがな。流石は諜報隊長誘蛇魔人だ。お陰で助かったぜ」

唯桜は相当ご機嫌だ。
普段美紅を持ち上げる事などほとんど無い。
それが余計にヤーゴを不安にさせた。

「……で。例のアレはどこだ?」

笑顔で唯桜が美紅に尋ねた。
そうら来たぞ。
ヤーゴは顔を背けた。

「アレって何よ」

美紅が平然と答える。

「何言ってんだ。アレっつったらアレだよ。決まってんだろ。何の為にこんなトコまで来たと思ってんだよ」
「だからアレって何よ」

もう一度美紅は同じトーンで、同じ様に答えた。
唯桜の表情が変わる。

「いや、そう言うのは良いからよ。ドレスだよ、ドレス。冷たくなるドレスってのがあっただろ」

美紅が唯桜の顔を見た。
まだ少し機嫌の良さが残っているな、と美紅は思った。

「無いわよ」

美紅が詰めたく良い放った。
部屋の空気が一気に下がる。
寒い。寒過ぎる。
あまりの寒さに居たたまれない。
ヤーゴはこんなに寒い空間は生まれて初めてだと思った。
これなら氷結のドレスなどいらない。

しばらく沈黙が続いた。
ヤーゴには永遠にも感じる長さだった。
まさか時までも止まるとは。

「……は?」

唯桜が間の抜けた声を発した。
そこでようやく時が動き出した。

「無いとは?」

唯桜が美紅に尋ねた。
まだ冗談だと思っている顔だ。
しかし、美紅はそんな事はお構い無しにその可能性を否定した。

「氷結のドレスでしょ? 無いわよ」

ビビ子はキョトンとした顔で、美紅と唯桜の顔を交互に見比べた。
何も知らないとは羨ましいなとヤーゴは思った。

コンコン。

ドアをノックする音がして誰かが入ってきた。
ミサの息子であり、王子であるセイルだった。

「皆さん、晩餐会の用意が出来ましたよ。どうぞこちらへ」

セイルは笑顔でそう言いながら五人を案内しようとした。

「おい! おめえ! 氷結のドレスはお前が持ってたんだよな?」

唯桜は突然、入ってきたばかりのセイルを問いただした。

「え? あ、はい」
「じゃあ、何でねえんだよ! コイツが戻ったんならある筈だろうが!」

唯桜が美紅に詰め寄る。
しかし美紅は足を組んだまま、深く椅子に腰をかけた姿勢を崩さない。

「うるさいわね。男のくせにガチャガチャ言うんじゃ無いわよ。無い物は無いのよ」

美紅は唯桜の剣幕にも少しも動じない。

「何だと。てめえ、人が苦労して……」
「アンタが一番最初に早々と石になったんじゃないの。苦労したのは私よ」

唯桜は言い返せなかった。
かと言って黙ってもいられない訳だが。

「俺がてめえより弱いってのか?」

誰もそんな事は言っていない。

「私、アンタよりも弱いなんて一言も言った事ないけど?」

セイルは事情が飲み込めなくてオロオロした。

「あの……。みなさん?」

セイルが声をかけた。

「うるせえっ! てめえは黙ってろ!」
「アンタねえ、一応仮にも王子に向かってそんな口の聞き方しか出来ないの?」

一応も、仮にも、も余計である。

「王子も領事も関係あるか! 神でも悪魔でもかかってこいやあッ!」

こっちも滅茶苦茶だ。
こんなにも迫力のある子供の喧嘩は初めて見た、とビビ子は思った。

「ま、まあまあまあまあ。取り敢えず飯にしよう。それから他に変わる方法を考えれば良い。そうだ、それが良い」

ヤーゴは何とか間に入ってなだめようと必死だ。

「唯桜さんは涼しくなれば良いんでしょ?」

ビビ子が言った。

「あ? ああ」

唯桜が美紅を睨んだまま返事した。

「じゃあ、私が何とかしますよ。それで良いでしょ」

ビビ子がそう言って唯桜をなだめる。

「……何とかって何だよ」
「どのみち氷結のドレスは効果が強過ぎて、お邸全体が凍っちゃいますよ」

言われてみればそうかも知れない。
山の山頂付近は一帯が氷雪地帯と化していた。
クーラー変わりどころでは無いだろう。

「……おめえ、そんな事出来んのかよ」
「何とか方法を考えますよ。大丈夫です。だから怒らないでお食事に行きましょう」

ビビ子がそう言って唯桜の顔を覗きこむ。

「……まあ、そう言う事なら良いけどよ」

唯桜は渋々承知すると、だったらそれを最初に言えよなと言いながら部屋を出ていった。

ビビ子がニカッと笑って美紅を見た。
美紅も思わず笑いが漏れた。
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