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本編
土砂降りの中
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ガタゴトガタゴト……
干し草が積んであるとは言え、荷台は揺れた。
それでもラナの操るキャビン付きの馬車よりは数段快適であった。
道すがら止めた農夫の馬車の荷台に、無理矢理乗り込んだのは一時間ほど前である。
唯桜とマキがネルソンを追って歩いていた所に、この馬車が通り掛かったのである。
いきなり乗せろと無茶を言う唯桜に、初めは驚いたものの意外とすんなり乗せてくれたのは農夫の人柄が良かったからかも知れない。
唯桜の嗅覚は狼のそれである。
匂いを追ってネルソンを追跡する事など容易い事だった。
そして、何故かマキも鼻が利いた。
いくら良い鼻をしていると言っても、人間の嗅覚には限界がある。
しかし、どう言う訳かマキは唯桜に近い嗅覚を発揮していた。
唯桜は不思議に思ったが、別に深くは考えなかった。
変わった特技を持つ奴なんて、世の中にゴマンと居る。
美紅は寝言をよく言うが、話し掛けると寝言で答える。
起きた時には本人は全く覚えていないらしい。
寝言でさえ適当な事を言わずにキチンと答えてくるので、どさくさに紛れて秘密を喋らせようとしても無駄なのが凄い所である。
旦那の特技はもっと本格的だ。
ほとんどが修練の賜物なのであるが、特技と言うよりも達人による妙技と言った方が近いかも知れない。
その内容も凄いが数も多くて、ここで語るにはスペースと時間が足りない。
また別の機会に譲る事にする。
まあ、その引き合いに出される美紅の寝言は相当凄いと思われた。
「よお、あんちゃん。そろそろディランの町に着くだよ」
前に座る農夫が唯桜に告げた。
前を見ると建物の集まりが見える。
どうやらここにネルソンが居るらしい。
唯桜の嗅覚がそれを告げている。
「ああ。助かったぜ、ここで降りる」
唯桜はそう言うと農夫に硬貨を握らせた。
「えっ! こんなに貰えないだよ」
農夫は金額に驚いた。
「良いって事よ、気にするな。じゃあな」
そう言って唯桜は町の中へと入って行った。
唯桜達がよく訪れる、東ディールとは雰囲気がまた違った。
もう少し商業的な感じがする。
「ねえ、アナタ。あっちみたい」
マキが通りを指差す。
唯桜の嗅覚も同じ答えだった。
マキは唯桜にぴったりくっついて歩いた。
しばらく行くと沢山の匂いが混ざって来た。
この一帯だけ何十人も人が居た気配がする。
しかも、これは焼けた臭いだ。
何か燃えたのとは違う。爆発に近い。
エネルギー弾が炸裂すると、こう言う臭いがする。
物質が燃焼したのとは違う。
火薬の臭いも石油の臭いもしない。
無機質な高熱で空気が焼かれた様な何とも言えない臭いである。
「何だこの匂い」
唯桜は首をかしげた。
この中にショーコとロットの匂いも混ざっている。
「あいつらここに居たのか……何してたんだ?」
だとするとこの匂いはロットの仕業なのか。
一般人にはこの匂いは無縁の匂いだ。
ロットなら何となくこんな真似も出来そうな気もする。
「あ、雨……」
マキが空を見た。
ポツポツと小さな雨粒が落ちてくる。
不味い。
雨が降ったら匂いは消えてしまう。
唯桜は焦った。
どっちだ?
あのキザ夫はどっちへ行ったんだ?
唯桜は集中して匂いを探る。だが。
ザアァー
あっという間に雨は本降りになった。
町を行く人々も駆け足で通り過ぎて行く。
「チッ……マキ。こっちだ」
唯桜は辺りを見回して近くの店の軒下に入った。
さっきまで晴天だったと言うのに一転、土砂降りである。
これでは追跡は出来ない。
こんな土砂降りでは、もう完全に匂いは消えてしまっただろう。
実際、もう何の匂いもしなかった。
「困ったわねえ」
マキはそう呟いた。
その割りには何処か嬉しそうである。
「嬉しそうに見えるぞ」
唯桜が言った。
「私はアナタと居られれば、いつでも嬉しいわ」
マキは笑顔でそう言った。
こんな状況でこんな笑顔が出来るのかと言うほど、屈託のない笑顔である。
唯桜は不思議な女だなと思い、つられて笑った。
バシャバシャバシャ
「いやあー、参った参ったあ」
雨の中をずぶ濡れになりながら走って来た男が、唯桜達の隣に雨宿りして来た。
唯桜は男を一瞥する。
ボサボサ頭は雨に濡れて更に酷い事になっている。
身なりはあまりパッとしない。
ヒョロッとしていて、如何にも肉体労働とは無縁の人種だと解る。
「アンタ達も濡れただか? アタシもずぶ濡れだあ」
男はそう言って誰も返事をしていないのに、一人で笑った。
「中さ入らないのけ?」
男は唯桜にそう言うと、自分はさっさと店内に入って行った。
唯桜はマキを見る。
雨はまだ止みそうもない。
「少し待つか」
唯桜はそう言ってマキを店内に入れた。
何屋なのかは解らないが、テーブルが並んでいる所を見ると飲食店だろう。
それほど広くない店内にテーブルが四つ。
唯桜は入り口に近いテーブルに座った。
マキがその隣に座る。
「おばちゃん! 久しぶり!」
男は店主のおばちゃんと知り合いらしい。
親しげに会話を楽しんでいる。
「あれ、ホントに久し振りだねえ。いつもので良いのかい?」
おばちゃんはそう言って厨房へ消えて行った。
男は取り出した手拭いで頭やら服やらを拭いている。
「いやあー、ホントに参ったなあ」
そんな事を言いながら、男は何の躊躇いも無く唯桜の向かいに座った。
「ねえ?」
男が唯桜に同意を求めた。
「ねえ? じゃねえよ。他の席全部空いてるだろうが」
唯桜が男を睨み付けた。
男はニコニコと笑う。
「まあ、良いじゃあ無いの。冷たい事は言いっこ無しだよぉ」
男はそう言って唯桜の肩をバンバンと叩いた。
干し草が積んであるとは言え、荷台は揺れた。
それでもラナの操るキャビン付きの馬車よりは数段快適であった。
道すがら止めた農夫の馬車の荷台に、無理矢理乗り込んだのは一時間ほど前である。
唯桜とマキがネルソンを追って歩いていた所に、この馬車が通り掛かったのである。
いきなり乗せろと無茶を言う唯桜に、初めは驚いたものの意外とすんなり乗せてくれたのは農夫の人柄が良かったからかも知れない。
唯桜の嗅覚は狼のそれである。
匂いを追ってネルソンを追跡する事など容易い事だった。
そして、何故かマキも鼻が利いた。
いくら良い鼻をしていると言っても、人間の嗅覚には限界がある。
しかし、どう言う訳かマキは唯桜に近い嗅覚を発揮していた。
唯桜は不思議に思ったが、別に深くは考えなかった。
変わった特技を持つ奴なんて、世の中にゴマンと居る。
美紅は寝言をよく言うが、話し掛けると寝言で答える。
起きた時には本人は全く覚えていないらしい。
寝言でさえ適当な事を言わずにキチンと答えてくるので、どさくさに紛れて秘密を喋らせようとしても無駄なのが凄い所である。
旦那の特技はもっと本格的だ。
ほとんどが修練の賜物なのであるが、特技と言うよりも達人による妙技と言った方が近いかも知れない。
その内容も凄いが数も多くて、ここで語るにはスペースと時間が足りない。
また別の機会に譲る事にする。
まあ、その引き合いに出される美紅の寝言は相当凄いと思われた。
「よお、あんちゃん。そろそろディランの町に着くだよ」
前に座る農夫が唯桜に告げた。
前を見ると建物の集まりが見える。
どうやらここにネルソンが居るらしい。
唯桜の嗅覚がそれを告げている。
「ああ。助かったぜ、ここで降りる」
唯桜はそう言うと農夫に硬貨を握らせた。
「えっ! こんなに貰えないだよ」
農夫は金額に驚いた。
「良いって事よ、気にするな。じゃあな」
そう言って唯桜は町の中へと入って行った。
唯桜達がよく訪れる、東ディールとは雰囲気がまた違った。
もう少し商業的な感じがする。
「ねえ、アナタ。あっちみたい」
マキが通りを指差す。
唯桜の嗅覚も同じ答えだった。
マキは唯桜にぴったりくっついて歩いた。
しばらく行くと沢山の匂いが混ざって来た。
この一帯だけ何十人も人が居た気配がする。
しかも、これは焼けた臭いだ。
何か燃えたのとは違う。爆発に近い。
エネルギー弾が炸裂すると、こう言う臭いがする。
物質が燃焼したのとは違う。
火薬の臭いも石油の臭いもしない。
無機質な高熱で空気が焼かれた様な何とも言えない臭いである。
「何だこの匂い」
唯桜は首をかしげた。
この中にショーコとロットの匂いも混ざっている。
「あいつらここに居たのか……何してたんだ?」
だとするとこの匂いはロットの仕業なのか。
一般人にはこの匂いは無縁の匂いだ。
ロットなら何となくこんな真似も出来そうな気もする。
「あ、雨……」
マキが空を見た。
ポツポツと小さな雨粒が落ちてくる。
不味い。
雨が降ったら匂いは消えてしまう。
唯桜は焦った。
どっちだ?
あのキザ夫はどっちへ行ったんだ?
唯桜は集中して匂いを探る。だが。
ザアァー
あっという間に雨は本降りになった。
町を行く人々も駆け足で通り過ぎて行く。
「チッ……マキ。こっちだ」
唯桜は辺りを見回して近くの店の軒下に入った。
さっきまで晴天だったと言うのに一転、土砂降りである。
これでは追跡は出来ない。
こんな土砂降りでは、もう完全に匂いは消えてしまっただろう。
実際、もう何の匂いもしなかった。
「困ったわねえ」
マキはそう呟いた。
その割りには何処か嬉しそうである。
「嬉しそうに見えるぞ」
唯桜が言った。
「私はアナタと居られれば、いつでも嬉しいわ」
マキは笑顔でそう言った。
こんな状況でこんな笑顔が出来るのかと言うほど、屈託のない笑顔である。
唯桜は不思議な女だなと思い、つられて笑った。
バシャバシャバシャ
「いやあー、参った参ったあ」
雨の中をずぶ濡れになりながら走って来た男が、唯桜達の隣に雨宿りして来た。
唯桜は男を一瞥する。
ボサボサ頭は雨に濡れて更に酷い事になっている。
身なりはあまりパッとしない。
ヒョロッとしていて、如何にも肉体労働とは無縁の人種だと解る。
「アンタ達も濡れただか? アタシもずぶ濡れだあ」
男はそう言って誰も返事をしていないのに、一人で笑った。
「中さ入らないのけ?」
男は唯桜にそう言うと、自分はさっさと店内に入って行った。
唯桜はマキを見る。
雨はまだ止みそうもない。
「少し待つか」
唯桜はそう言ってマキを店内に入れた。
何屋なのかは解らないが、テーブルが並んでいる所を見ると飲食店だろう。
それほど広くない店内にテーブルが四つ。
唯桜は入り口に近いテーブルに座った。
マキがその隣に座る。
「おばちゃん! 久しぶり!」
男は店主のおばちゃんと知り合いらしい。
親しげに会話を楽しんでいる。
「あれ、ホントに久し振りだねえ。いつもので良いのかい?」
おばちゃんはそう言って厨房へ消えて行った。
男は取り出した手拭いで頭やら服やらを拭いている。
「いやあー、ホントに参ったなあ」
そんな事を言いながら、男は何の躊躇いも無く唯桜の向かいに座った。
「ねえ?」
男が唯桜に同意を求めた。
「ねえ? じゃねえよ。他の席全部空いてるだろうが」
唯桜が男を睨み付けた。
男はニコニコと笑う。
「まあ、良いじゃあ無いの。冷たい事は言いっこ無しだよぉ」
男はそう言って唯桜の肩をバンバンと叩いた。
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