ドグラマ3

小松菜

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本編

勇者ロットと守護精霊

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ネルソンのキックをかわしたロットは、抱えていたショーコを降ろす。
どうやら戦いを避ける事は出来そうも無い。

ロットはネルソンを見る。
今のキックを見る限り、一般人としては高い身体能力を持っている事が窺える。
だが、ロットと戦えるほどの腕前だとはちょっと思えなかった。

「それなりに修羅場もくぐっているし腕にも自信がある様ですが、私とやり合うには少々力不足だと思いますよ」

ロットは率直な意見を述べた。
この力量の差をネルソンが理解してくれるかどうか。

しかし、気になる事もある。
ネルソンの雰囲気にはただならぬ物がある。
ただのハッタリ等では醸し出せない、凄味の様な何か。

それが何なのか解るまでは、気を抜く事は出来ない。
魔人会の連中の様な、訳の解らない力を見てしまった今となっては。

流石にあんなデタラメな力は無いと思いたい。
ロットは内心そう思っていた。
あんな力では勝てるかどうかも疑わしい。
こんな所で勇者が本気を出す様な事が有れば、町にも大きな被害が出るだろう。

悪党退治も大事だが、それよりもイタズラに被害を出さない事の方がもっと大事である。

「勇者ロット……どのくらい強いのか興味あるぜ」

ネルソンが戦闘態勢に入る。
ロットは自分が丸腰な事を気にした。
相手も丸腰だが、他に何か持っている可能性もある。
ただの送迎で剣が必要になるとは思っていなかった。
そもそも、メイド仕事をしている間は武器は携行していなかった。
メイドが武器をぶら下げて仕事をするとは何事か、とメイド長に叱られたからだ。
それが裏目に出たかも知れないな、と思った。

取り敢えず様子を見るしか無い。
ロットも身構える。
ただし、防御を意識しての構えだ。
後ろ手で、ショーコを自分から離れさせる。

ネルソンがゆっくり近付いた。
ロットは間合いに入るまでじっと待つ。

ネルソンの爪先がロットの間合いに、ほんのわずかに入った。
だが、まだ仕掛けて来ない。
ロットは焦らずじっと耐える。
凄まじい集中力の高まりをネルソンも感じ取っていた。

「ふふ、スゲエな」

ネルソンが面白がって、更に足を踏み入れる。
もう手の届く距離だ。

「貴方を一撃で仕留められる距離です。悪い事は言いません。もう行って下さい」

ロットが最後通告とも取れる言葉を発した。

「冗談言うなよ。ここからが面白い所じゃないか」

ネルソンは微笑を浮かべて更に踏み込む。

ジャッ!

砂が擦れる音がした。
驚くべきスピードでロットはネルソンの懐へと飛び込んだ。
狙いは、みぞおちへの一撃。
これで気絶させる。

周囲の人間は息を飲んだ。
二人の距離が近過ぎて、どうなったのか全く見えない。

ロットとネルソンが互いに見つめ合った。
視線を下へ移す。
ロットのパンチは、ネルソンのみぞおちに届いていない。
プルプルとロットの拳が震えているのが解る。

なんだこれは……ッ?
ロットは己の放った拳を見た。

止められている。
みぞおちへ届くまえに、手首を掴まえられてパンチが止められている。

しかし、問題はそこでは無い。
自分のパンチを止めている、この手首を掴む手は一体誰の手なのか。

「ククククククク……」

ネルソンが笑いを漏らす。

「勇者ロットも良い顔をする」

ロットは焦った。自信の正体はこれか。
正体と言ってもサッパリ正体不明だが、この謎の手がこの男の自信の根拠なのか。
手に続いて、ぼんやりと全体が現れる。
ロットの手首を捕まえている者の正体。

女だ。
次第にハッキリと形をとった。
振りほどこうと試みるが、ビクともしない。恐るべき怪力である。
だが、ロットもまた怪力である。
唯桜と引き合っても一方的に負ける様な事は無い。

それが少しも動けない。
直感的に不味いと感じた。

「遅いぜ勇者様」

ネルソンがそう言った瞬間、女が反対の手でロットを殴り付けた。

ガスッ!
鈍い音がして女がロットの頬を打った。
ロットはもんどりうって地面を転がる。
ネルソンの部下達は大いに沸いた。

ロットはすぐさま立ち上がる。
しかし想像以上の馬鹿力だ。まだクラクラする。

何なんだこの女は。何処から湧いて出た。
ロットは冷静に考える。
だが、自分とネルソンの間には誰も居なかった筈だ。
ぼんやりと現れたのを確かに見た。
だとすると人間では無いのか。

「この説明は今日二度目だがな、俺の守護精霊よ。日に二度も見せるのは俺からしても珍しい」

ネルソンはボルサリーノハットのつばを引っ張る。
そうして更に目深に被った。

ロットが女をまじまじと見た。
これが、守護精霊。
話には聞いていたが、ロットも見るのは初めてだった。
何らかの契約により精霊を自分の守護者とする。
詳しい事は解らないが、その力を得た者は神の僕と言われる。

「神の加護を得られる様な、徳の高い人物には見えませんがねえ……」

ロットはそう呟くと、改めて構えを取った。
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