上 下
13 / 20

13 アレルギー

しおりを挟む
「やだぁっイナゴとか気持ち悪い~!! 茉莉亜《まりあ》、こんなの食べられない~!!」

 可愛こぶった大学生の声が夜のホールに響く。
 茉莉亜……本日の予約客一覧にあった八町《はっちょう》茉莉亜って珍名さんがこのぶりっ子か。

「ね~許してよ~。茉莉亜、イナゴアレルギーなのよぉ」

 珍名さんは媚びた声と上目遣いで対面のイケメンに許しを請う。
 その光景を見て1人納得した。あー珍名さんイケメンにモーションかけてんのね。

「そんなアレルギーねーよ!」
「……空いたお皿お下げします」

 一応断りを入れたけど、彼らの耳に店員の声なんて届く訳が無い。

「あります~っ!」

 ぷんぷんっ、とどこかのアイドルみたいに頬を膨らませるイナゴアレルギーさんの前には、小皿に載ったイナゴの佃煮。
 店長が受け狙いで出しているこのメニューは、地味にうちの人気メニューだ。罰ゲームやら地元の味やらで堅実に頼まれてる。

「あ~も~茉莉亜、イナゴ食べるくらいなら死ぬ~! ちゃんと食べてよ? 君がこの店来たいって言ったんだからぁ」
「分かってるって! 茉莉亜ちゃんの分も食べるよ、女の子らしくて可愛いなーっ」

 お? イケメンもデレてきたぞ。珍名さんのモーション成功してる。

「店員さ~ん!」
「あ、はーい!!」

 もう少しあの珍名さん達を眺めていたかったけど、別のお客様に呼ばれたので断念。
 それからドタバタしてたら、いつの間にか珍名さん帰っちゃってた。残念。



 あれから一ヶ月が過ぎた。

「おっ」

 タブレットの予約客一覧を眺めていると、見覚えのある名前があって、私の声は弾んだ。

「はっちょう……あの時の珍名さんじゃありませんか!」

 八町茉莉亜。
 絶対あの時のイナゴアレルギーな女子大学生だ。

「あのイケメンとはどうなったかな~」

 今晩の楽しみが出来たと、私は鼻歌交じりに開店準備を始めた。



「あいつ、イケメンだったのは顔だけだったわ!!」

 中年サラリーマンの多い店内に、一際ドスの効いた女性の声が響いた。
 その声の主はあの時の珍名さん。どうやら今日は女子会中のようだ。……別れたのか。

「割り勘ばっかでケチだし! 髪や服に注文多いし! 自分の事は棚に上げて私を責めて来るし! もー付き合わなければ良かった時間の無駄だった、最っ悪!!」

 ビールを一気飲みした茉莉亜は口に泡が付いてるのも気にせず、ガンッ! とテーブルにジョッキを置く。イケメンと居た時の甘さは消失していた。

「……お待たせ致しました。イナゴの佃煮です」

 珍名さんの豹変っぷりに慄きつつも、注文を彼女達のテーブルへ運ぶ。
 持っていく小皿は、奇しくもあの時と同じメニュー。

「きゃっ! 誰よこんなキモいの頼んだの!?」

 女子会テーブルでは当然の反応が返ってくる。
 だよね。
 私も「誰がこんなの食べるんだよ」って思ったもん。珍名さんはイナゴアレルギーだし。
 ――って思ったんだけど。

「私よ私」

 …………。
 手を挙げたのは、なんと珍名さんだったのだ。

「私群馬出身でしょ? だからおばあちゃん家で良く食べてて好きなのこれ。でも男と居ると引かれるからなかなか食べれないのよ」

 珍名さんは「文句ある?」と友達に目で言いながら、私の手から小皿を奪い取って早々に一匹口内に放り込む。

「あー美味しいっ!」

 幸せそうに咀嚼をする珍名さんに、友達ちょっと引いていた。

「失礼します……」

 私もそっと言いテーブルから離れる。

「あーもー最悪!! もうイケメンアレルギーになりそう!」

 背中から珍名さんがまた喚いているのが聞こえてくる。
 その声を聞きながら思った。
 アレルギーってこんなに便利な言葉だったっけ?

 私は心の中でイケメンさんに同情した。
 これは別れて正解。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

大衆娯楽小説 短編集

原口源太郎
大衆娯楽
現代を生きる人々のさまざまな物語。笑いあり感動あり涙ありのお話を書いていきます。

【Vtuberさん向け】1人用フリー台本置き場《ネタ系/5分以内》

小熊井つん
大衆娯楽
Vtuberさん向けフリー台本置き場です ◆使用報告等不要ですのでどなたでもご自由にどうぞ ◆コメントで利用報告していただけた場合は聞きに行きます! ◆クレジット表記は任意です ※クレジット表記しない場合はフリー台本であることを明記してください 【ご利用にあたっての注意事項】  ⭕️OK ・収益化済みのチャンネルまたは配信での使用 ※ファンボックスや有料会員限定配信等『金銭の支払いをしないと視聴できないコンテンツ』での使用は不可 ✖️禁止事項 ・二次配布 ・自作発言 ・大幅なセリフ改変 ・こちらの台本を使用したボイスデータの販売

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

一人用声劇台本

ふゎ
恋愛
一人用声劇台本です。 男性向け女性用シチュエーションです。 私自身声の仕事をしており、 自分の好きな台本を書いてみようという気持ちで書いたものなので自己満のものになります。 ご使用したい方がいましたらお気軽にどうぞ

【ショートショート】雨のおはなし

樹(いつき)@作品使用時は作者名明記必須
青春
◆こちらは声劇、朗読用台本になりますが普通に読んで頂ける作品になっています。 声劇用だと1分半ほど、黙読だと1分ほどで読みきれる作品です。 ⚠動画・音声投稿サイトにご使用になる場合⚠ ・使用許可は不要ですが、自作発言や転載はもちろん禁止です。著作権は放棄しておりません。必ず作者名の樹(いつき)を記載して下さい。(何度注意しても作者名の記載が無い場合には台本使用を禁止します) ・語尾変更や方言などの多少のアレンジはokですが、大幅なアレンジや台本の世界観をぶち壊すようなアレンジやエフェクトなどはご遠慮願います。 その他の詳細は【作品を使用する際の注意点】をご覧下さい。

声劇・シチュボ台本たち

ぐーすか
大衆娯楽
フリー台本たちです。 声劇、ボイスドラマ、シチュエーションボイス、朗読などにご使用ください。 使用許可不要です。(配信、商用、収益化などの際は 作者表記:ぐーすか を添えてください。できれば一報いただけると助かります) 自作発言・過度な改変は許可していません。

処理中です...