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第五話 存在の証明
46 「……お前はレイモンドと違って甘いな」
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少し前、父の部屋を整理した時に服も片付けた。どうやらあれを借りるしかなさそうだ。
準備は早い方がいい。セオドアは早速部屋を出て父の部屋へと向かった。
扉を開けても誰も居ないことを寂しく思いながら、父の部屋に足を運ぶ。コンコンと扉を叩いてから部屋の中に入る。
そこには最後に見た時と少しも変わっていない景色が広がっていた。主の居ない部屋を進み、壁際に置かれている棚の前に立つ。
中を開けると、昨日整理した服が整然と並べられていた。
「明日クオナに行くのでお借りします」
その中から一番自分らしい茶色のジュストコールを取り出し、キュロットや革のブーツも拝借する。
「よっと……」
雪国の服となると夏でも生地が厚く、正装を一式自室に持ち帰ろうと思うと結構な高さになる。ブーツも持って帰ろうものなら視界の下半分は使い物にならないし、手を動かすのも一苦労だ。
自分が困っている姿を見るのが好きな幽霊は、後ろで楽しそうに目を細めていた。
行儀が悪いことを承知で足で扉を開けると、部屋を出た先に顔しか知らない恰幅のいい女中がいて一気に罰が悪くなった。自分の行動に、女中は驚いたように足を止めていた。
「あ、恥ずかしいところを見せてしまいました……申し訳ありません」
謝ってようやく笑顔を見せた女中は、笑った際に目元がくしゃついていた。女性の年齢はよく分からないが、少なくともこの女性はアニーよりもずっと年上のようだ。
女性はこちらに近付き、洗濯物でも持ち上げるように荷物を持ってくれた。
「いえ、お疲れ様です。お部屋まで?」
「はい」
分かりました、と女中は応える。
いつぞや聞いたことのある声は、中庭で自分のことを話していた人物のうち、好意的だった女性の物だ。
この人が……と、思わす眺めていると女中が話しかけて来る。
「これはレイモンド様が着られていた服ですね。セオドア様の髪と目はお父上譲りですから、きっとお似合いだと思いますよ」
膝の上で寝息を立てている猫を撫でるように、掌で一度服を撫でた女中が遠くを見ながら懐かしそうに呟く。
「だと嬉しいですね。あ、机の上に置いて貰えますか?」
手の塞がった女中の代わりに自室の扉を開けつつ応えた。
失礼します、と部屋の中に入った女中は、言われた通り机の上に服を置いた。
「あの……今更で申し訳ありませんが、名前を伺っても構いませんか」
机の上の服を見てから質問をする。名を聞かれた女中は、うふふと待ちくたびれたような笑いを堪え、自分の名を名乗った。
そして女性は失礼します、と部屋から出ていく。
静かになった部屋で机に向き合い、崩れたままの服を広げた。服の寸法は問題がなさそうだ。
棚にしまっておこうと動いた時、すぐ後ろに立っていたリリヤにぶつかりそうになり、慌てて身を引いた。
身を引いた瞬間、リリヤに当たっても問題がないことを思い出す。
白髪の少女も同じことを思ったのか唇を結んだ。
「……お前はレイモンドと違って甘いな」
しみじみと呟く少女を避けるように迂回して棚の前に向かう。
「ん? 父上は甘くなかったの?」
「あいつは出会った時から私をすり抜けてきた、まあ当たらないし当然だろう。この辺は性格が出るな。レイモンドだけではなく、私が今まで見守ってきた人間の中じゃ、私を避ける人間の方が珍しかった」
ふぅん、と相槌を打ちながら話を聞く。
幽霊だとは言ってもリリヤは女性だ。自分にはいまいちピンと来ない話だった。
「そしてそういう奴が寝台の中で死んだことはなかった。……まぁ、心の隅にでも覚えておけ」
少女の声が警告のように低くなった。
準備は早い方がいい。セオドアは早速部屋を出て父の部屋へと向かった。
扉を開けても誰も居ないことを寂しく思いながら、父の部屋に足を運ぶ。コンコンと扉を叩いてから部屋の中に入る。
そこには最後に見た時と少しも変わっていない景色が広がっていた。主の居ない部屋を進み、壁際に置かれている棚の前に立つ。
中を開けると、昨日整理した服が整然と並べられていた。
「明日クオナに行くのでお借りします」
その中から一番自分らしい茶色のジュストコールを取り出し、キュロットや革のブーツも拝借する。
「よっと……」
雪国の服となると夏でも生地が厚く、正装を一式自室に持ち帰ろうと思うと結構な高さになる。ブーツも持って帰ろうものなら視界の下半分は使い物にならないし、手を動かすのも一苦労だ。
自分が困っている姿を見るのが好きな幽霊は、後ろで楽しそうに目を細めていた。
行儀が悪いことを承知で足で扉を開けると、部屋を出た先に顔しか知らない恰幅のいい女中がいて一気に罰が悪くなった。自分の行動に、女中は驚いたように足を止めていた。
「あ、恥ずかしいところを見せてしまいました……申し訳ありません」
謝ってようやく笑顔を見せた女中は、笑った際に目元がくしゃついていた。女性の年齢はよく分からないが、少なくともこの女性はアニーよりもずっと年上のようだ。
女性はこちらに近付き、洗濯物でも持ち上げるように荷物を持ってくれた。
「いえ、お疲れ様です。お部屋まで?」
「はい」
分かりました、と女中は応える。
いつぞや聞いたことのある声は、中庭で自分のことを話していた人物のうち、好意的だった女性の物だ。
この人が……と、思わす眺めていると女中が話しかけて来る。
「これはレイモンド様が着られていた服ですね。セオドア様の髪と目はお父上譲りですから、きっとお似合いだと思いますよ」
膝の上で寝息を立てている猫を撫でるように、掌で一度服を撫でた女中が遠くを見ながら懐かしそうに呟く。
「だと嬉しいですね。あ、机の上に置いて貰えますか?」
手の塞がった女中の代わりに自室の扉を開けつつ応えた。
失礼します、と部屋の中に入った女中は、言われた通り机の上に服を置いた。
「あの……今更で申し訳ありませんが、名前を伺っても構いませんか」
机の上の服を見てから質問をする。名を聞かれた女中は、うふふと待ちくたびれたような笑いを堪え、自分の名を名乗った。
そして女性は失礼します、と部屋から出ていく。
静かになった部屋で机に向き合い、崩れたままの服を広げた。服の寸法は問題がなさそうだ。
棚にしまっておこうと動いた時、すぐ後ろに立っていたリリヤにぶつかりそうになり、慌てて身を引いた。
身を引いた瞬間、リリヤに当たっても問題がないことを思い出す。
白髪の少女も同じことを思ったのか唇を結んだ。
「……お前はレイモンドと違って甘いな」
しみじみと呟く少女を避けるように迂回して棚の前に向かう。
「ん? 父上は甘くなかったの?」
「あいつは出会った時から私をすり抜けてきた、まあ当たらないし当然だろう。この辺は性格が出るな。レイモンドだけではなく、私が今まで見守ってきた人間の中じゃ、私を避ける人間の方が珍しかった」
ふぅん、と相槌を打ちながら話を聞く。
幽霊だとは言ってもリリヤは女性だ。自分にはいまいちピンと来ない話だった。
「そしてそういう奴が寝台の中で死んだことはなかった。……まぁ、心の隅にでも覚えておけ」
少女の声が警告のように低くなった。
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