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第3章 九州大学病院の一角で
第12話 「そんじゃ鴻野君、リハビリ室行こっか。どっちと?」
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「佐古川さんごめんなさい。……では私受付に行って来ます。先に尚也とリハビリ室の前に行ってて下さい
「あ、はい」
言うなり志摩子は受付の方向に歩いていく。広い通路に一人居なくなっただけなのに、白いタイルの上がやけに開けて見えた。
「そんじゃ鴻野君、リハビリ室行こっか。どっちと?」
早く行かないと遅刻してしまう。それは申し訳ないので、尚也の車椅子を持ちながら尋ねる。
「……あっちです」
尚也が小さな動きで指を指してくれた。母親にも反応しなかったのに、どうして自分には反応してくれるのだろうか。
「有り難うー」
不思議に思ったが礼を言い指を指して貰った方に向かう。奥に進むにつれ人が減っていく。
少し歩くとすぐに「リハビリテーション室」と緑色の案内板に書かれた一画が見えてきた。近くに放射線科もあるからか、何人もの老若男女が部屋の近くで用意されているソファーに座って休憩したり、順番を待っている。
歩もそれに倣い、ソファーの隅、通路の邪魔にならない位置で尚也と一緒に待つ。
「そんでね鴻野君。こういう事を先生にお願いしたいんやけど」
ソファーに座って荷物の中から、コピー用紙を製本のように束ねたくたびれた冊子を取り出して尚也に見せる。黒い瞳が冊子へと向けられるた。
「これ、おおぞらの車椅子部屋の利用者さんが午前にやっとるストレッチば冊子にまとめて貰ったやつなんよ。結構本格的やと思わん? 立派なコピー本たいね」
コピー本、という単語に尚也が一瞬困惑したように見えた。そう言えばあれは馴染みの無い人にはどこまでも馴染みの無い代物だった。
「あー……はは、うん、まあ、こう言うのお願いしよー思っとるばい」
通じない言葉を言ってしまったと、はにかみながらも伝える。
その時。離れた時と同じ様に小走りで近寄ってくる志摩子が視界の隅に映った。
「ごめんなさい! ああ先生まだなんですね、良かった……」
尚也の近くに行き志摩子は胸を撫で下ろす。歩達が今し方広げていた冊子の存在に気付き、クイズの答えが分かった女優のように「あっ」と声を上げる。
「これが今日作りたいっていうリハビリメニューの例ですね。へえ……」
志摩子は興味深そうに呟き視線を冊子に落とす。白い紙の上に影が落ちた時、リハビリ室から半袖の白ケーシーを着ている男性が出てきた。
キョロキョロと誰かを探すように視線を巡らせた熊のように体格の良い男性――彼が尚也の担当である理学療法士のようだ――は、自分達の姿を認めると目元を緩ませてこちらに近寄ってくる。
「尚也君、お母さん、お待たせしました」
「あ、先生! こんにちは、今日も宜しくお願い致します。それと今日は、お願いがありまして……」
志摩子が挨拶をして一度言葉を区切り、話の続きを促すようにこちらに視線を向けてくる。
その視線の動きを見て、理学療法士の視線もこちらに向けられる。小百合の旦那もこの仕事をしているからか、何故か必要以上に緊張してしまった。
二人の視線を感じながら、歩はペコリと小さく頭を下げた。
「こんにちは、大井にある障害者支援施設おおぞらの職員の佐古川です。半月程前から鴻野君にもうちを利用して貰っているんですが、そこで軽いリハビリやストレッチを行う時間が一時間程あるんです。それで、先生に鴻野君に合った運動メニューを考えて頂きたいんです。このような……」
言いながら先程見ていた冊子を男性に見せると、男性は写真を一目見ただけで「はいはい」と理解し何度も頷く。「失礼します」と男性が言い冊子を手に取り何ページも見ていく。
「これなら直ぐ尚也君のメニューを考えられると思います。私達もこういう仕事は良くやりますので、リハビリ室にデジカメやプリンターにラミネート機が置いてあるくらいなんですよ。冊子じゃなくてラミネート加工の両面コピーでも大丈夫ですか?」
「勿論です! 有り難う御座います」
「いえいえ。施設に手すりはありますか? 種類はどんなものでも大丈夫です」
はい、と頷いた。おおぞらの車椅子部屋の壁際にはリハビリ用の手すりがある。
「では……佐古川さん、十四時にまた病院に来て下さいますか? それまでに作っておきます」
男性の仕事の早さに感動しつつ「分かりました」と頷いた。おおぞらと九州大学病院の近さを思えば何も問題は無かった。
参考になるかもしれないので、とホームページにおおぞらの写真が幾つもある旨を伝えて、「有り難うございます」と最後に改めて頭を下げる。
「先生、有り難うございます。お引き止めしてしまい申し訳ありませんでした。ではどうぞリハビリに……佐古川さん、リハビリ室には尚也と先生だけで入るので下がっていましょう。尚也……頑張ってね」
志摩子がそう言い一歩後ろに下がったので自分もそれに倣う。
では、と言って男性と尚也が学校の屋上程の広さがあるリハビリ室に消えていく。
「あ、はい」
言うなり志摩子は受付の方向に歩いていく。広い通路に一人居なくなっただけなのに、白いタイルの上がやけに開けて見えた。
「そんじゃ鴻野君、リハビリ室行こっか。どっちと?」
早く行かないと遅刻してしまう。それは申し訳ないので、尚也の車椅子を持ちながら尋ねる。
「……あっちです」
尚也が小さな動きで指を指してくれた。母親にも反応しなかったのに、どうして自分には反応してくれるのだろうか。
「有り難うー」
不思議に思ったが礼を言い指を指して貰った方に向かう。奥に進むにつれ人が減っていく。
少し歩くとすぐに「リハビリテーション室」と緑色の案内板に書かれた一画が見えてきた。近くに放射線科もあるからか、何人もの老若男女が部屋の近くで用意されているソファーに座って休憩したり、順番を待っている。
歩もそれに倣い、ソファーの隅、通路の邪魔にならない位置で尚也と一緒に待つ。
「そんでね鴻野君。こういう事を先生にお願いしたいんやけど」
ソファーに座って荷物の中から、コピー用紙を製本のように束ねたくたびれた冊子を取り出して尚也に見せる。黒い瞳が冊子へと向けられるた。
「これ、おおぞらの車椅子部屋の利用者さんが午前にやっとるストレッチば冊子にまとめて貰ったやつなんよ。結構本格的やと思わん? 立派なコピー本たいね」
コピー本、という単語に尚也が一瞬困惑したように見えた。そう言えばあれは馴染みの無い人にはどこまでも馴染みの無い代物だった。
「あー……はは、うん、まあ、こう言うのお願いしよー思っとるばい」
通じない言葉を言ってしまったと、はにかみながらも伝える。
その時。離れた時と同じ様に小走りで近寄ってくる志摩子が視界の隅に映った。
「ごめんなさい! ああ先生まだなんですね、良かった……」
尚也の近くに行き志摩子は胸を撫で下ろす。歩達が今し方広げていた冊子の存在に気付き、クイズの答えが分かった女優のように「あっ」と声を上げる。
「これが今日作りたいっていうリハビリメニューの例ですね。へえ……」
志摩子は興味深そうに呟き視線を冊子に落とす。白い紙の上に影が落ちた時、リハビリ室から半袖の白ケーシーを着ている男性が出てきた。
キョロキョロと誰かを探すように視線を巡らせた熊のように体格の良い男性――彼が尚也の担当である理学療法士のようだ――は、自分達の姿を認めると目元を緩ませてこちらに近寄ってくる。
「尚也君、お母さん、お待たせしました」
「あ、先生! こんにちは、今日も宜しくお願い致します。それと今日は、お願いがありまして……」
志摩子が挨拶をして一度言葉を区切り、話の続きを促すようにこちらに視線を向けてくる。
その視線の動きを見て、理学療法士の視線もこちらに向けられる。小百合の旦那もこの仕事をしているからか、何故か必要以上に緊張してしまった。
二人の視線を感じながら、歩はペコリと小さく頭を下げた。
「こんにちは、大井にある障害者支援施設おおぞらの職員の佐古川です。半月程前から鴻野君にもうちを利用して貰っているんですが、そこで軽いリハビリやストレッチを行う時間が一時間程あるんです。それで、先生に鴻野君に合った運動メニューを考えて頂きたいんです。このような……」
言いながら先程見ていた冊子を男性に見せると、男性は写真を一目見ただけで「はいはい」と理解し何度も頷く。「失礼します」と男性が言い冊子を手に取り何ページも見ていく。
「これなら直ぐ尚也君のメニューを考えられると思います。私達もこういう仕事は良くやりますので、リハビリ室にデジカメやプリンターにラミネート機が置いてあるくらいなんですよ。冊子じゃなくてラミネート加工の両面コピーでも大丈夫ですか?」
「勿論です! 有り難う御座います」
「いえいえ。施設に手すりはありますか? 種類はどんなものでも大丈夫です」
はい、と頷いた。おおぞらの車椅子部屋の壁際にはリハビリ用の手すりがある。
「では……佐古川さん、十四時にまた病院に来て下さいますか? それまでに作っておきます」
男性の仕事の早さに感動しつつ「分かりました」と頷いた。おおぞらと九州大学病院の近さを思えば何も問題は無かった。
参考になるかもしれないので、とホームページにおおぞらの写真が幾つもある旨を伝えて、「有り難うございます」と最後に改めて頭を下げる。
「先生、有り難うございます。お引き止めしてしまい申し訳ありませんでした。ではどうぞリハビリに……佐古川さん、リハビリ室には尚也と先生だけで入るので下がっていましょう。尚也……頑張ってね」
志摩子がそう言い一歩後ろに下がったので自分もそれに倣う。
では、と言って男性と尚也が学校の屋上程の広さがあるリハビリ室に消えていく。
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