スマイリング・プリンス

上津英

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第1章 おおぞらは空の下

第3話 「計画名?」

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「俺、鴻野君を笑わせてみせるとですっ! お笑いとかやのーて、微笑むとかよ。それが今の鴻野君に必要やないかな」

 目の前で宣言された小百合は、冷めきった調子で「ふーん」と呟く。

「確かに、鴻野君には人と向き合う事が必要でしょうね。余裕って一人で居てもなかなか持てんし。でも佐古川君。それって、私達には荷が重すぎやと思わん? そもそも、そう言う事はカウンセリングの仕事でしょ」

 次の言葉が出て来なかった。
 小百合の言いたい事は分かる。塞ぎ込んでいる少年の心のケアなど、どう考えても自分達の仕事じゃない。

「藤沢さん、確かにそうかもやけど……何でもかんでも専門職に任せんでも良かやん。専門職じゃ逆に萎縮する人も居るんやないかな。十八の子に笑って貰えるんよ? それに笑顔で居られる場所は多か方が良かけん」
「そうかもね。お人好しな佐古川君らしい提案や思うばってん私は賛成せんよ。ううん、私以外の人も賛成せんと思う。さっきも言うたけん、みんな鴻野君の事は時の流れに任せる言うとるし、私もそうすべきやと思っとる。下手すれば責任問題になるけん私達がどうこうしていい問題じゃ無か。分かる?」
「けど……」

 理解は出来るが頷きは出来ない。

「……じゃあ、暫く良く考えてみんしゃい」
「はい……有り難う、藤沢さん」

 なんだかんだ時間をくれるのが有り難くて軽く頭を下げる。

「……ところで。そのきゅうり、どうしたと? 本当に河童になったと? 今日昼食べ損ねたと?」
「いやいやいや、俺はずーっと人間ですし、さっき休憩室で一緒におろしハンバーグ食べましたやん、とぼけんでくんしゃいよっ! これはさっき送迎の時、利用者の山崎さんから貰ったばい。山崎さん家の畑で採れたきゅうりやって。藤沢さんも要りますと?」

 この人は偶に変な事を言う。本気で言っているのか冗談なのか分からないので時に反応に困る。

「あら有り難いわぁ、貰うばい。今度私も山崎さん家行ったらお礼言わんとね――と、じゃあ佐古川君、その計画の仮称ば付けて一緒に報告してくれると?」
「計画名?」
「そーよ。なんにでも名前があった方が良かやん。それが例え却下されようともね」

 ふふ、と味噌ディップを絡めたきゅうりを一本摘んだ小百合が不敵に笑う。
 きゅうりを一口齧った小百合は、話はこれで終わりだとばかりに立ち上がる。「有り難う」と言うと、所長は「いーえ」と短く言い、きゅうりを持ったまま事務室に消えていった。
 小百合の姿が見えなくなると、セミオープンキッチンから聞こえる雑談がやけに大きく聞こえた。奥津達は丁度尚也の話をしていた。厨房スタッフは現場で働く訳では無いので、尚也には好意的なのかもしれない。
 なんでも奥津は尚也が気に入ったようで、「令和の本木雅弘!」と盛り上がっていた。
 歩もきゅうりを食べ終え事務員に容器を渡し、昼よりもずっと静かになったおおぞらで残りの仕事に取り掛かった。



 おおぞらからJR九州箱崎駅にある一人暮らしをしている鉄骨アパートに戻った歩は、殆どの時間スマートフォンを離す事が無かった。
 RPG二つ、SRPG一つ、育成ゲーム一つ。アプリゲームを計四つ。それらを毎日プレイするのが歩の生き甲斐だからだ。
 ゲーム自体適度に頭を使って楽しいが、他の要素も素晴らしい。
 ゲームのイラストは名画のように繊細で愛らしく、眺めているだけで嫌な事を忘れられる。タイミングによって切り替わる音楽も不思議とテンションが上がる物ばかりだ。推し声優を何人も起用しているので耳が幸せになれるのもポイントが高い。
 SNSで同じゲームをしているユーザーと繋がり盛り上がるのも、学生時代に戻って友達と遊んでいるみたいでリフレッシュ出来た。

「う~ん……」

 しかし今日はゲームが楽しいとは思えなかった。何時もは最強に可愛くて美麗だと思える推しの立ち絵も今はただの視覚情報でしかなく、酷くつまらなく感じた。
 理由は分かっている。尚也だ。
 確かに相当責任重大だ。少年の人生に多大な影響を与えるだろうサポート――一介の介護職員が手を出していい分野なのだろうか。本来は専門のカウンセリングに任せるべき案件だろう。
 しかしカウンセリングに任せたところで、通院とおおぞら以外は外に出ないという尚也は明るくなれるのだろうか。時間はゆっくりと尚也を励ましてくれるだろうが、なんにだってきっかけが必要だ。きっかけ作りには、おおぞらが一番適しているように思えた。

 スマートフォンで『中途障害者 元気を出させる』で検索しても、小難しくズレたサイトしか出てこない。
 完全一致で検索してくれない。これだけの事でムッと思ってしまう自分の心の狭さに、唇を僅かに噛んだ。自分が余裕を無くしてどうする。
 その時。グツグツグツ、と鍋のお湯が沸騰する慌ただしい音がキッチンから聞こえてきて、歩はスマホを手に立ち上がる。

「あっっ」

 そう言えばレトルトカレーを温めていたのだ。
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