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潜入先は、まるで異世界

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 案内された大広間はダンス会場だった。
 多くの大人が流れる音楽に合わせて踊っており、マントを脱ぎ捨てて見事な裸体を披露している女性もあちらこちらにみられる。

「このフロアはどの部屋もご自由に行き来なさってください。上階は個室になっておりますので、お休みになりたい時にはそちらへ」

 典型的な案内を読み上げた使用人が去っていく。
 使用人の声も耳にはしっかり届いていたが、モレーナは目の前の光景に呆然としていた。

(なんだか、女の人達も嫌がってる素振りがみえない……)

 嫌がるどころか嬉々としているようにすら見える。

 これが価値観の違いなのだろうか。
 モレーナは裸を見せるのは夫となる者だけだと思っていたし、今でもそう思っている。

 ここは異世界だ。

 今の心境を一言で言い表すのなら、そんな感じだった。


「見てまわろうか」

 いつの間にかセオの腕はモレーナから外れていた。
 その右腕に両腕を絡ませて身を寄せ、小さく頷いた。



***


「あぁんッ!! あぁ……そこッ、あぁアッ……」


 行く先々で、女性の艶めかしい嬌声が響き渡る。

 睦み合うのは男女だったり、女性同士だったり、複数人で連なっていたり、時には一人だったりと様々だ。
 その生々しい様子を眺めている者も一定数いるため、離れた位置から様子を見るモレーナとセオが浮くこともない。


「そこのお二方」

 仮面の下、目元だけで室内をぐるりと見渡してセオとともに歩きだした時だった。
 壁に寄りかかっていた一人の男性に呼び止められた。
 びくりと体が反応して、セオに抱きつく力が強くなる。
 声や口調から年齢が少し高め、初老あたりではないだろうかと推測する。

「もしかすると、このような場は初めてですかな」
「ええ。光栄なことに先日招待状をいただけまして」

 仮面に覆われていない口元の笑みが深くなる。ぞわりとモレーナに悪寒が走った。

「どうです? お楽しみいただけていますか」
「ええ。とても」
「そちらの女性は、どうですかな?」

 会話を振られて、おずおずと頷く。
 恥ずかしがっているように見えているはずだ。

「すみません、恥ずかしがりやな子ですので。今日は色々と見させてあげようと」
「ほっほっほ。可愛らしいお嬢さんだ。その秘められたマントの下が気になるところですが、次回までとっておくことにしましょう」
「感謝いたします」

 セオの礼でこの場を離れられると思った。
 しかし、男性が壁から背を離して一歩こちらへ歩み寄る。そうして、セオの腕に絡ませていたモレーナの左手をとった。
 仮面越しに目がかち合う。

「それでは、ごきげんよう」

 言葉とともに男性の頭が下がり、指先に送られるキス。
 そして――

「――ッ!!」

 男性の左手が、モレーナの背中からおしりまでをゆっくりともったいつけてなぞった。マント越しの生々しい感触が、ぞわりとモレーナの肌を粟立たせる。
 去っていく男性を見送ると、セオに引かれて歩き出す。

「一周したら休もうか」

 怪しまれないように言葉を最小限にした、けれど心配を滲ませた優しい響きを頭の中で反響させることで、モレーナは少しずつ鳥肌がおさまっていくのを感じた。


***

「落ち着いたかい?」
「はい」

 2階の個室に入るとソファへと体を預ける。
 個室とはいっても、ここは敵陣だ。何があるかわからないため、話す内容にも気をつけなければならない。

「一人でも大丈夫なら、私は少し見てまわろうと思うけれど」

 どうかな? と投げかけられた問いに了承を伝えるためにコクリと頷く。

 全体の雰囲気はおおよそ分かったので、セオにとってはこれからが本番ともいえる。
 モレーナの同行はあくまでも潜入のため、そして館内を見てまわるためであり、今後の任務では邪魔になるのだ。

「私が外に出たらすぐに鍵をかけて。私は扉を3回、その後1回、最後に2回ノックする。わかったね?」

 それ以外は絶対に開けるな、と言っているのだ。
 こくりと首を振ってセオを見送る。

 カチャリと鍵のかかる音がした後、扉越しにセオの去っていく足音が聞こえた。


 再びソファへと腰をかけたモレーナは、胸元のリボンを解いてマントの前を開け、そして――両足を僅かに開いた。
 ずっと、ドキドキと心臓が暴れていた。
 それは単なる不安や恐怖だけではない。

 そっと、指先を膝から太腿、そして布地で隠された場所へとスライドしていく。

「んぅ……」

 声とともにくちゅッと淫靡な水音が鳴った。

(こんなに濡れてる……)

 はしたない、と己を戒める。けれど仕方ないじゃないかとも思う。

 人の性行為を直接見るのは初めてなのだ。
 豊かに膨らんだ胸とボリュームのあるお尻、そしてなだらかな肢体をもった数多くの女性が大事な部分を隠しもせず、艶やかな声音を上げるのだ。
 そんな様子を1時間以上見続けて全く濡れもしないなんて、そこまでモレーナはこの手のことに興味がないわけでもなかった。

 夫となる人としかしたくない。
 けれど、夫となってほしい好きな人とはしたいのだ。

 そして、それをモレーナが求めている人物とは、ずっとマントの布越しに肌を寄せ合っていたのだ。
 任務中なのに、という一点を除いては仕方のないことだろうと諦める。

「水でも飲んで落ち着こう……」

 ソファのそばにあるテーブルにはガラス製の容器とコップが置いてある。
 休憩用の一室なのだから飲んでも問題はないだろうと口に含む。

(なにこれ!! 仄かに甘くて美味しい!!)

 用意されていたのは、お酒ではなかった。そして、花の香りが漂う、甘い水だった。
 砂糖を混ぜているのだろうか。
 疲れている体が糖分を、そして渇いた喉が水分を欲しがっていたところだ。あまりの美味しさからこくこくと飲み干して注ぎ足していく。
 空になったグラスを置いて、美味しかったと満足した時だった。

 コンコンコン、コンとノックが鳴った。
 3回と1回。残り2回が鳴る前だったが、セオだと思った。

「はぁい」

 返事をして扉へと駆け寄る。
 カチャリ、と鍵を回す音を聞いて我に返った。

(あれ……? 残りの2回、鳴ったっけ?)

 なぜだか、思考がぼんやりとしていた気がする。なぜだろうか。
 そんな疑問がモレーナの頭をぐるぐる回る。


 しかし、時間は元には戻らないのだ。
 外開きの扉がゆっくりと開き、隙間から顔を覗かせたのは知らない女性だった――

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