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黄泉比良坂編
落伍者たちの掃溜め
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お会計をしようとした時、店長がまた出てきて来店してくれたことにお礼を言いにきた。
「いえいえ、美味しい食事をいただいて、お礼を言うのはこちらの方です」
「あらあら、謙虚な方なのね。貴方のような素晴らしい人が来てくれるだけで私たちはお礼を言いたいぐらい嬉しいのよ。・・・写真は後で店の前で撮らせてね」
・・・写真とサインを強請られた。
どうも、サインの値段が高騰しているらしい。
僕が滅多にしないことが原因らしいのだが、ちょっと上がりすぎではないだろうか?
「幸運の証だからね。飾っているお店は軒並み来客数増えているのよ。このダンジョン時代に」
「人の流れもほとんどないから、かなりのレアケースだからな」
「他の1級探索者パーティでもありえない現象だよね。私でも絶対に起こすことができないよ」
木下!
早く1級になれ!
今すぐに!
一刻も早く!
「そういえば、皆さんは松江の探索者組合の場所はご存じなのかしら?」
「はい。マップ機能で確認しましたから。くにびき大橋の北側にある、旧産業交流会館ですよね」
「そうね。でも、そこに行くならくにびき大橋は使わないようにね」
僕らは首を傾げた。
松江の探索者組合にここから行くのならくにびき大橋を通ったルートが1番近い。
わざわざ遠回りする理由があるのだろうか?
僕は説明を求めると、店長はちょっと言いづらそうに悲しげな笑みを浮かべて口を開いた。
「理由は簡単よ。あそこはね、黄泉比良坂ダンジョンに行った探索者たちが腐臭を纏って戻ってくるルートなの。ちょうど真ん中で消臭剤を戻ってきた全員に機械で振りかけるから、知らずに通ると鼻が曲がるような腐臭を嗅ぎながら消臭剤を浴びることになるわ」
「教えてくださってありがとうございます」
「いいのよ。また食べに来てくれれば、それで私たちは嬉しいから」
「必ず食べに来ます」
そう言って僕らは外に出た。
支払いは金田さんが担当しているのでお任せする。
「・・・マジで経費で落ちなきゃ食べに来れない金額だった」
金田さんの顔色が悪い。
後でいくらだったか確認しておこう。
行く途中、新大橋からくにびき大橋を見てみると、ちょうど白い防護服を着た探索者が橋を渡っていたので皆んなで見ていた。
すると、突然橋の真ん中でシュゴゴゴゴゴゴ! と音を立てて白い煙が彼らを包んだ。
あれが消臭剤?
消火剤の間違いじゃなかろうか?
「忘れてた」
真山さんがポツリと呟いた。
「どうしたんですか?」
「松江市探索者組合の別名。今更思い出したのよ。神話にも登場する場所で、攻略不可能どころか進入不可能指定されている唯一のダンジョンを管理していることをね」
「あ~」
「そんな話ありましたね」
真山さんの言葉に金田さんたちが頷く。
だが、現に探索者たちがああして活動しているということは、魔石が取れているということだ。
黄泉比良坂の情報を事前に確認していなかった僕が悪いのだが、組合で変なことを口走ると本当に無用なトラブルを招きかねない。
「真山さん、その別名って何ですか?」
「・・・落伍者の掃溜め。黄泉比良坂が日本で唯一モンスターと戦うことなく魔石が取れるダンジョンで、落ちぶれた探索者たちが集まった結果つけられた名前よ」
落伍者・・・。
探索者を辞めざるを得なかった人たちが集まる場所。
辞める理由は様々で、手足が動かなくなったり、戦うことが精神的に出来なくなったりだ。
それでも、その生き方しかできないが故にここに来るしかなかった。
ここなら戦わずに、その日を生きるだけのお金を稼ぐことができるから。
「その日暮らしの探索者か・・・」
「私たちには関係のない世界のことね」
確かに関係ない話だ。
僕にはあの時エイジが右手に付いてくれた。
たらればはない。
それから組合に向けて歩いていくと、組合の入り口にはすでにテレビ記者が待ち構えていた。
「来たぞ! 瀬尾京平だ!」
機材を担いだ人が、叫んでカメラを僕に向ける。
金田さんと真山さんがすぐに僕の前に立ち、記者の突進から僕を守る。
「瀬尾さん! 鳥取に来られたということは、ここを拠点にするんですか!?」
「黄泉比良坂の攻略ですか!? 滞在予定期間は!?」
「ミラクルミスティーとの関係は!? パーティに所属するんですか!?」
複数の質問が飛び交うが、僕は努めて笑顔でその場を切り抜ける。
こんな場所で答えてもさらなる質問が飛んでくるだけだ。
金田さんと真山さんが記者をかき分け組合の入り口に到着し、僕らは扉の中に歩く勢いを殺さず入る。
建物の中までは記者は入れないようで、扉の向こうで何人もの人が残念そうにこっちを見ていた。
「すげー熱気だったぜ。思わず主人の害になると思って、主人の命令なしで吸うとこだったぜ」
「ありがとな、エイジ。正直言って僕も怖かったから、エイジが危ないと判断したら、いつでも吸っていいから」
「お、その命令があると助かるぜ。主人の身に危険が迫ったら、すぐに吸ってやるぜ!」
受付に向かいながらエイジと話していると、幾つもの視線が僕に刺さった。
気になってそちらを確認すると、数名の探索者がバッと目を逸らした。
その人たちは、手が無かったり指がなかったり、顔に酷い傷があったり・・・おおよそ探索中に負ったであろう傷を持っていた。
落伍者・・・。
その中で、1人だけ僕を睨み続ける目があった。
この暑い中、顔を見せたくないのかフードを被っている。
「子供?」
僕がその言葉を言ってすぐに、その子は僕に背を向けてどこかに行ってしまった。
「瀬尾さま、ミラクルミスティーの皆さま! 出迎えができず申し訳ありません!」
メガネをかけた細身の男性が疲れた表情で駆け寄ってきた。
「初めまして。鳥取探索者組合の所長をしてます、才城智徳です。よろしくお願いします」
「瀬尾京平です。こちらこそよろしくお願いします」
「ミラクルミスティーの金田公一です」
「同じく真山瑠美子よ」
「同じく朱野結衣です。よろしくお願いします」
全員揃って頭を下げる。
頭を上げて才城所長の姿を改めて見るが、阿蘇の支部長が基準となっているせいか、とても一つのエリアを纏めている人とは思えないほど細い。
顔もクマが濃く出ていて見るからに不健康そうだ。
「皆さんこちらへどうぞ。瑞護さん、4階の1番にお茶をお願いしていいかな? それとあの人にも彼が来たことを伝えてください」
受付の女性にお願いして、僕らは所長に続いてエレベーターに乗り、401と記された打ち合わせ室に案内された。
「さて・・・皆さんがここに来た理由は本部の方から聞きました。・・・この島根、松江市に反神教団の基地があったとのことですが・・・」
所長の言葉に、僕たちは無言で頷いた。
「やはり・・・ですか」
所長が頭を抱えて、はぁ~っと深いため息を吐いた。
「・・・黄泉比良坂ダンジョンのすぐ側に、警察関係の研究所があります。そこの研究員が何人も居なくなったとの情報がありました。その後しばらくして反神教団の声明があり、もしかしたらと思っていましたが」
両手で顔を拭って目だけを動かして僕たちを見る。
「警察はこの事は?」
「知っています。今別行動している人が警察関係者で、県警と市警に行っています」
「そうですか・・・なら、私たちも有事に備えないといけないって事ですね」
有事に備える?
とてもじゃないが、所長は戦闘向きには見えない。
心意気だけもらって、自分たちだけでいいですよっと伝えようとしたが、所長は僕を見てニコッと笑みを浮かべた。
「松江市探索者組合は、黄泉比良坂ダンジョンの性質と集まってくる人たちのせいで酷い蔑称をつけられていますが、一部のスキルに特化した職員が配置される組合でもあるんですよ。県警や市警も同じく一部のスキルに特化させた部署が存在するんです」
「一部のスキルですか?」
「ええ・・・」
所長の目に、これだけはどこにも負ける気がしないと言わんばかりに強い光が宿って僕を見る。
「結界や封印関係のスキルです。私たちは、いざとなったら黄泉比良坂に向かい、その土地ごと封印する役割を担っているんです」
あまりにも重要すぎる役割に、僕は目を大きく開いて何も言えずに黙ってしまった。
「いえいえ、美味しい食事をいただいて、お礼を言うのはこちらの方です」
「あらあら、謙虚な方なのね。貴方のような素晴らしい人が来てくれるだけで私たちはお礼を言いたいぐらい嬉しいのよ。・・・写真は後で店の前で撮らせてね」
・・・写真とサインを強請られた。
どうも、サインの値段が高騰しているらしい。
僕が滅多にしないことが原因らしいのだが、ちょっと上がりすぎではないだろうか?
「幸運の証だからね。飾っているお店は軒並み来客数増えているのよ。このダンジョン時代に」
「人の流れもほとんどないから、かなりのレアケースだからな」
「他の1級探索者パーティでもありえない現象だよね。私でも絶対に起こすことができないよ」
木下!
早く1級になれ!
今すぐに!
一刻も早く!
「そういえば、皆さんは松江の探索者組合の場所はご存じなのかしら?」
「はい。マップ機能で確認しましたから。くにびき大橋の北側にある、旧産業交流会館ですよね」
「そうね。でも、そこに行くならくにびき大橋は使わないようにね」
僕らは首を傾げた。
松江の探索者組合にここから行くのならくにびき大橋を通ったルートが1番近い。
わざわざ遠回りする理由があるのだろうか?
僕は説明を求めると、店長はちょっと言いづらそうに悲しげな笑みを浮かべて口を開いた。
「理由は簡単よ。あそこはね、黄泉比良坂ダンジョンに行った探索者たちが腐臭を纏って戻ってくるルートなの。ちょうど真ん中で消臭剤を戻ってきた全員に機械で振りかけるから、知らずに通ると鼻が曲がるような腐臭を嗅ぎながら消臭剤を浴びることになるわ」
「教えてくださってありがとうございます」
「いいのよ。また食べに来てくれれば、それで私たちは嬉しいから」
「必ず食べに来ます」
そう言って僕らは外に出た。
支払いは金田さんが担当しているのでお任せする。
「・・・マジで経費で落ちなきゃ食べに来れない金額だった」
金田さんの顔色が悪い。
後でいくらだったか確認しておこう。
行く途中、新大橋からくにびき大橋を見てみると、ちょうど白い防護服を着た探索者が橋を渡っていたので皆んなで見ていた。
すると、突然橋の真ん中でシュゴゴゴゴゴゴ! と音を立てて白い煙が彼らを包んだ。
あれが消臭剤?
消火剤の間違いじゃなかろうか?
「忘れてた」
真山さんがポツリと呟いた。
「どうしたんですか?」
「松江市探索者組合の別名。今更思い出したのよ。神話にも登場する場所で、攻略不可能どころか進入不可能指定されている唯一のダンジョンを管理していることをね」
「あ~」
「そんな話ありましたね」
真山さんの言葉に金田さんたちが頷く。
だが、現に探索者たちがああして活動しているということは、魔石が取れているということだ。
黄泉比良坂の情報を事前に確認していなかった僕が悪いのだが、組合で変なことを口走ると本当に無用なトラブルを招きかねない。
「真山さん、その別名って何ですか?」
「・・・落伍者の掃溜め。黄泉比良坂が日本で唯一モンスターと戦うことなく魔石が取れるダンジョンで、落ちぶれた探索者たちが集まった結果つけられた名前よ」
落伍者・・・。
探索者を辞めざるを得なかった人たちが集まる場所。
辞める理由は様々で、手足が動かなくなったり、戦うことが精神的に出来なくなったりだ。
それでも、その生き方しかできないが故にここに来るしかなかった。
ここなら戦わずに、その日を生きるだけのお金を稼ぐことができるから。
「その日暮らしの探索者か・・・」
「私たちには関係のない世界のことね」
確かに関係ない話だ。
僕にはあの時エイジが右手に付いてくれた。
たらればはない。
それから組合に向けて歩いていくと、組合の入り口にはすでにテレビ記者が待ち構えていた。
「来たぞ! 瀬尾京平だ!」
機材を担いだ人が、叫んでカメラを僕に向ける。
金田さんと真山さんがすぐに僕の前に立ち、記者の突進から僕を守る。
「瀬尾さん! 鳥取に来られたということは、ここを拠点にするんですか!?」
「黄泉比良坂の攻略ですか!? 滞在予定期間は!?」
「ミラクルミスティーとの関係は!? パーティに所属するんですか!?」
複数の質問が飛び交うが、僕は努めて笑顔でその場を切り抜ける。
こんな場所で答えてもさらなる質問が飛んでくるだけだ。
金田さんと真山さんが記者をかき分け組合の入り口に到着し、僕らは扉の中に歩く勢いを殺さず入る。
建物の中までは記者は入れないようで、扉の向こうで何人もの人が残念そうにこっちを見ていた。
「すげー熱気だったぜ。思わず主人の害になると思って、主人の命令なしで吸うとこだったぜ」
「ありがとな、エイジ。正直言って僕も怖かったから、エイジが危ないと判断したら、いつでも吸っていいから」
「お、その命令があると助かるぜ。主人の身に危険が迫ったら、すぐに吸ってやるぜ!」
受付に向かいながらエイジと話していると、幾つもの視線が僕に刺さった。
気になってそちらを確認すると、数名の探索者がバッと目を逸らした。
その人たちは、手が無かったり指がなかったり、顔に酷い傷があったり・・・おおよそ探索中に負ったであろう傷を持っていた。
落伍者・・・。
その中で、1人だけ僕を睨み続ける目があった。
この暑い中、顔を見せたくないのかフードを被っている。
「子供?」
僕がその言葉を言ってすぐに、その子は僕に背を向けてどこかに行ってしまった。
「瀬尾さま、ミラクルミスティーの皆さま! 出迎えができず申し訳ありません!」
メガネをかけた細身の男性が疲れた表情で駆け寄ってきた。
「初めまして。鳥取探索者組合の所長をしてます、才城智徳です。よろしくお願いします」
「瀬尾京平です。こちらこそよろしくお願いします」
「ミラクルミスティーの金田公一です」
「同じく真山瑠美子よ」
「同じく朱野結衣です。よろしくお願いします」
全員揃って頭を下げる。
頭を上げて才城所長の姿を改めて見るが、阿蘇の支部長が基準となっているせいか、とても一つのエリアを纏めている人とは思えないほど細い。
顔もクマが濃く出ていて見るからに不健康そうだ。
「皆さんこちらへどうぞ。瑞護さん、4階の1番にお茶をお願いしていいかな? それとあの人にも彼が来たことを伝えてください」
受付の女性にお願いして、僕らは所長に続いてエレベーターに乗り、401と記された打ち合わせ室に案内された。
「さて・・・皆さんがここに来た理由は本部の方から聞きました。・・・この島根、松江市に反神教団の基地があったとのことですが・・・」
所長の言葉に、僕たちは無言で頷いた。
「やはり・・・ですか」
所長が頭を抱えて、はぁ~っと深いため息を吐いた。
「・・・黄泉比良坂ダンジョンのすぐ側に、警察関係の研究所があります。そこの研究員が何人も居なくなったとの情報がありました。その後しばらくして反神教団の声明があり、もしかしたらと思っていましたが」
両手で顔を拭って目だけを動かして僕たちを見る。
「警察はこの事は?」
「知っています。今別行動している人が警察関係者で、県警と市警に行っています」
「そうですか・・・なら、私たちも有事に備えないといけないって事ですね」
有事に備える?
とてもじゃないが、所長は戦闘向きには見えない。
心意気だけもらって、自分たちだけでいいですよっと伝えようとしたが、所長は僕を見てニコッと笑みを浮かべた。
「松江市探索者組合は、黄泉比良坂ダンジョンの性質と集まってくる人たちのせいで酷い蔑称をつけられていますが、一部のスキルに特化した職員が配置される組合でもあるんですよ。県警や市警も同じく一部のスキルに特化させた部署が存在するんです」
「一部のスキルですか?」
「ええ・・・」
所長の目に、これだけはどこにも負ける気がしないと言わんばかりに強い光が宿って僕を見る。
「結界や封印関係のスキルです。私たちは、いざとなったら黄泉比良坂に向かい、その土地ごと封印する役割を担っているんです」
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