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阿蘇灼熱ダンジョン編

松下魔力電機産業

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松下魔力電機産業は旧暦から存在する家電製品や機械関係に強い会社で、新暦からは魔石の電気化にいち早く成功した企業で有名だ。
ちなみに、前回の灼熱ダンジョンのアタックで、僕が用意した外部バッテリーが松下魔力電機産業の商品となっている。

「私としては、是非とも一対一でお話ししたいのですが」
「瀬尾は未成年ですから、保護者代理として横にいますよ。余程不利な内容でない限り口は挟まないので安心して欲しい」

応接室で僕と支部長の前に松嶋さんが座っている。
支部長は僕を見て小さく頷いた。
不利な状況からは守ってくれるのだろう。

「えっと、それでどういったご用件でしょうか?」
「はい。この度、瀬尾様を含む5名の方がダンジョンアタックを行い、貴重な魔石を手に入れたとお聞きしました」

どこからの情報だろう?
あそこから帰ってきて3日しか経っていない。
もちろん、あの場にいた全員が僕たちが持ってきた魔石を見ているのだが、SNSに載せることは規制されていたはずだ。
僕が支部長を見ると、彼は首を横に振った。
つまり、情報源は分からないってことだ。
僕らの様子をしっかり確認して、松嶋さんは言葉を続けた。

「私たちは是非とも、瀬尾様とアンバサダー契約をさせていただきたい」

松嶋さんが鞄から紙を取り出して、僕と支部長の前に配った。

「当社が提示できる瀬尾様への条件です」

そこには、松下魔力電機産業のタンジョン用装備及び付属品の無償提供、最新機器の優先提供、報酬、僕の装備の専属契約、広告出演、提供した装備を着けてのダンジョンアタックのデータ提供、魔石獲得の優先交渉権などが記載されていた。
データについては計測と映像両方を求められている。
ただ、よく読んでもこれがどれほど僕の行動を制限するものなのか分からない。
それに、正式な契約書にはもっと細かい内容が記載されるはずだ。
僕ではどう判断したらいいか分からない。

「支部長、こういうのは探索者として結構あるものなんですか?」
「1級と2級はこういったアンバサダー契約がある事は知っている。B級魔石を持って来れる探索者は貴重だからな。国は自衛隊という戦力がいるが、企業にはそれはない。ヘッドハントみたいなのはよくある事だ。ただ、阿蘇まで来ることは珍しい」
「今回は特別ですよ。私たちもA級魔石を取ってこれる探索者がチームとはいえ出てくるとは考えてもいませんでした」
「それは組合も一緒だ。ファイアーバードの群れを抜けた先にあるポータルなど、誰が行けるか」
「だからですよ。今後同じような人はほぼ出てこない。1級探索者の方々のスキルと比べても突出しているとうちの探索者部署も言っておりました」
「妥当だな」
「そこでです!」

松嶋さんが僕を見た。

「絶対に争奪戦になると営業本部が判断してすぐに動くように指示があったわけですよ」
「むしろ遅かった方か? B級魔石30個の時点でもしかしたらと考えてはいたが」
「その情報は、鵜呑みにするには危険だと判断されたからです。B級の恐ろしさは私も身をもって知っております。TV局はどうやって確証を得て放送したのか分かりませんでしたが、正気だとは思えない内容でした」

B級魔石を30個は、それほど異常なことなのか?
なんとも言えず、僕は聞くだけに留めた。

「そして今回の話ですよ。この1週間が勝負でした。最初に瀬尾様と交渉する権利。探索者としての力量もそうですが、好感度も上昇中で組合で販売されたサインは既にプレミア付き。広告塔に起用させていただければ、当社としても十分に益があると考えております」

支部長を見ると、彼もウンウンと頷いている。

「探索者は結局荒事だからな。過去を辿ると何かしら問題があったりするもんだ。だが、瀬尾は今のところそれが全くない。俺も代理になる際に確認したが、本来の気質は探索者に向いていなかったのかもしれないな」

それは僕も同意した。
あの件さえなければ、僕は探索者にならなかっただろう。

「・・・どうやら、保護者代理の柊様と一定のとこまで交渉した方が良さそうですが、その後、瀬尾様と本当に無理な内容を確認するのはいかがでしょうか?」

確かに、今の僕では判断がつかない。
一度支部長や鬼木さんに預けた方が確実だろう。

「俺だけの判断じゃ偏りが出るから、自衛隊と警察にも同席させてもらうぞ」
「問題ございません。ところで・・・私は何番目でしょうか?」

松嶋さんの質問の意図が分からず、僕は支部長を見る。

「1番目だ」
「会社にいい報告ができそうです」


それから僕は組合を出た。
松嶋さんと支部長は、もうしばらく話をするらしい。
日ももう落ちていて街灯が道を照らしている。
飲屋街はこれからが仕事だろうが、未成年の僕には関係のない場所だ。

「鬼木さんとか、どこかと提携しているのかな?」

2級というランクならもしかしたらしているかもしれない。
それに彼女はテレビにも出ていると言っていた。

「私がどうかした?」
「アンバサダー契約とかの話について・・・阿蘇にいたんですか? 鬼木さん」
「居たわ。凄まじい実績を出した瀬尾くんと天外天のメンバーを見るためと温泉に浸かりにね。それで? アンバサダー契約がどうかしたの?」

鬼木さんが何故か金属バットを収納ケースにしまいながら僕に聞いてきた。
正直金属バットが気にはなったが、僕の現状を相談した方がいいだろう。

「実は、松下魔力電機産業の人が来てて、僕とアンバサダー契約をしたいと。それで鬼木さんはその辺って詳しいかな? っと思ったので口から出てました」
「へー。魔石30個の時は動かなかったのに、今回は早かったのね」
「信じられなかったそうですよ」
「でしょうね。瀬尾くんと甘木にいなかったら、私も怪しむ個数よ。それで? 企業の人は今どうしてるの?」
「支部長と話をして、それでまとまったものを自衛隊と警察に確認をとり、僕に最終確認をしてくれるそうです」
「ふーん。支部長がねー。・・・今日は任せましょうか。副支部長も同席させるでしょうし。それより、瀬尾くんは晩御飯食べた? まだなら天外天のメンバーを呼ぶから一緒に行きましょう」
「あ、はい。是非一緒に行きましょう」

それから天外天のメンバーが止まっているホテルのロビーに着き、鬼木さんが電話で莉乃さんたちを呼び出した。
それからタクシーで宮地駅周辺に向かい、レストランに入った。

「6名行けますか?」
「はい、大丈夫ですよ」

店からオッケーが出たので、高城さんに続いて僕らがゾロゾロと入っていく。
僕と鬼木さんを見て、店長らしき人の目が大きく開いたのが見えた。

「それじゃ、まずは食べましょうか」

席に座ってメニュー表を広げる。

「ねえねえ、どれにする?」
「僕はご飯ものが食べたいので、この牛フィレ肉のリゾットにします」
「そっか。私も同じのにしようかな。飲み物は? 私は白ワインにしようかと思うけど」
「僕は未成年なのでオレンジジュースにしますよ」

僕と莉乃さんが頼む物を決めて顔を上げると、隣の鬼木さんがニヨニヨした目で僕らを見ていた。

「どうかしたんですか?」
「いやー、まさかな状況だったからね。ビックリしただけよ。気にしないで」

視線が生暖かいが、莉乃さんも何も言わずに手を拭いていたので僕も黙って手を拭く。
莉乃さんの耳がちょっと赤かった。

食事はとても美味しかった。
僕以外の人もお酒が進み、みんな楽しく話をしている。

「そう言えば瀬尾くんのアンバサダー契約についてだけど、大きいところが来たわね。予想はしてたけど、一番手が松下魔力電機なら、もう決定したようなものかな」
「え? 京平くん探索者辞めちゃうの?」
「辞めませんよ。向こうはどうやら魔石が目的みたいでしたし。でも、B級魔石なんて家電製品には使いませんよね?」
「使うとしたら工場じゃないかな? 工場の機械一つ一つにB級の魔石を設置できれば、それぞれのパフォーマンスが上がるはず」
「それで?」

鬼木さんが僕を見る。

「瀬尾くんはアンバサダー契約したいの?」
「正直、分からないんです。ただ、この契約で自由がなくなることだけは避けたいですね。鬼木さんはどこかと契約してますか?」
「私は川島重工と契約しているわよ。でないといろんなところから声が来て、最終的には動けなくなったから。あの時は参ったわね」

川島重工も松下魔力電機と同じく、旧暦から飛行機や電車を作っている会社で、かなり有名な会社だ。

「鬼木さんへの条件とか聞いていいですか?」
「言える範囲だと、B級魔石を月に1つ納品、テスト装備の試験試行の参加、会社に損害を与えそうなダンジョンへのアタックってとこかしら」
「ダンジョンアタックも条件になるんですか?」
「工場の近くに発生したら迷惑だからね。そういう時に私たちが呼び出されるわ」
「莉乃さんたちにはこういった話は来ていないんですか?」
「来てるよ、私と植木ちゃんだけだから断ってるけど」
「バラバラ扱いは嫌だよね。建設企業から来たときは心揺らいだけど」
「乃亜はトンネルとか大好きだしね」

僕にはやるべきことがあるので、魔石の納品ぐらいなら契約も有りなのだが、広告とかになると断った方がいいのかもしれない。
自分の時間を取られるのが一番ダメージが大きい。

「明日になったら大変だろうなー」

不吉な言葉を鬼木さんが言った。
分からない僕を見て、彼女は笑う。

「瀬尾くんは大丈夫。周囲にいる人たちが大変になるだけよ。・・・私を含めてね」

・・・般若は出ていない。
なら、多分大丈夫なのだろう。
・・・そう思いたい。
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