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第三章・ランスウォールの後継者

男の子との初対面

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「アナ、俺は領地に戻ってゲルダという女のバルシュミーデ内での行動を調べてみる。何かわかったら知らせに来るから、あの女には注意しろよ。期限は一ヶ月だ、ミナージュに赴任する前に全て終わらせよう」
「ええ、ありがとう、テッド。うちの問題にあなたを巻き込んでごめんなさい。送ってくれて助かったわ。気をつけて帰ってね」

 テッドはアナスタシアとトランク2つを馬車から降ろすと、すぐにバルシュミーデに向けて出発した。
 屋敷の前では、ゲルダが馬車に積まれたお土産を使用人達に丁寧に運ぶよう指示を出し、側で監視している。すると屋敷から小さな男の子が、泣きながら勢い良く走って出て来た。

「ママー!」

 ずっと泣いていたのだろう、顔は真っ赤で涙と鼻水でぐしゃぐしゃだった。後ろからメイドが付いてきたが、とても疲れきった顔をしていた。彼女はアナスタシアに気が付いて、パッと笑顔になると、こちらにやって来た。

「お帰りなさいませ、お嬢様。お荷物はこれだけですか?」
「ただいま、キャリー。どうして皆してそう言うのかしら? 私は遊びに行っていた訳ではないもの、物が増える訳ないじゃない。それに、長期休暇の度に不要になった物をこっちに運んでいたから、尚更少なく感じるのかもしれないわね。皆今日になって一度に運び出すから、とても大変そうだったわ」

 キャリーというメイドもメアリと同じく身寄りのない少女で、三年前の長期休暇中にリサと街中を歩いていて見つけた子だ。当時まだ10歳だった彼女には小さな弟が二人いて、安い賃金で朝から晩まで働き続け、自分は食べる事もままならず、骨と皮の様な姿で水汲みなどの重労働をしていたのだ。いくら恵まれた土地のランスウォールと言っても、こういう子供は居なくならない。その中の一人、二人を救済したところで焼け石に水だと分かっていても、アナスタシアは目の前の彼女たちに手を差し伸べずにはいられなかった。

「お嬢様、あの男の子の事は旦那様からお聞きですか?」
「聞いたわ。でも、どんな子なのか、後で教えてくれる?」
「はい、承知しました。あ! もう、また泣き出したわ。すみません、世話係に任命されたので、もう行きます」

 キャリーは走って男の子のところに向った。男の子は鼻水だらけの手でゲルダのドレスを掴み、払いのけられてしまったらしい。はずみで後ろに転がって、頭を地面にぶつけていた。そしてそのまま大の字になって、大泣きしている。
 アナスタシアはそれを見ていたため、キャリーの後を追った。

「あーん、あーん、ママー! ママー!」

 男の子は3歳にしては小さくて、言葉も出ない様だった。さっきから、「ママ」以外の言葉を聞いていない。近くで見た男の子は確かに金髪ではあるが、父親に似ているかと聞かれたら、そんなに似ていないと答えるだろう。泣き顔だけしか見ていないが、とても可愛い子ではある。そしてゲルダにはまったくと言って良いほど似ていない。髪の色と目の色だけで二人の子供だと言うには、なんだか不自然だと感じた。

 ゲルダは泣きじゃくる男の子に冷たい視線を向けていた。しかし、アナスタシアが寄って来た事に気が付いて、男の子を抱き上げ、そそくさと屋敷に入っていってしまった。

「ねえキャリー、あなたから見て、あの男の子はお父様に似ていると思う?」
「ええ? 似てませんか? 旦那様が子供の頃はあんな感じかだったのかなって、皆言ってますけど……。まぁ、お嬢様と似たところは無いですね。お嬢様は奥様似ですもんね。ここに来たばかりの頃、肖像画の奥様をお嬢様だと勘違いして執事に笑われました」
「ふふっ、そんな事もあったわね。一つ聞いても良い? ゲルダ様は、いつもあの子に対して冷たい態度なのかしら? さっき、ドレスを掴んだ手を払いのけていたわ」 

 キャリーはアナスタシアの方を見ていたため、その様子を確認していなかった。後ろで泣く声がして反応しただけで、転んで頭を打つところは見ていない。

「きっと見間違いですよ、とても可愛がっていると思いますけど? あの子も母親にはべったりですし、旦那様にも懐いています」
「そう……。あの子に付いていないと駄目なのに、引き止めてしまったわね。行って良いわ」

 キャリーはぺこりと頭を下げて、屋敷に入った。ゲルダがきちんとあやしたのだろう、ドアが開いた時にはもう男の子の泣き声は聞こえなかった。

 キャリーの言うとおりだとすれば、彼女はここでは良い人を演じているという事なのかしら? 私に対してだけ敵意を見せているのね。どういうつもりなの?

 アナスタシアはそのまま屋敷には入らずに、母の墓のある庭園の奥へと足を運んだ。学園を無事卒業できた事と、魔法騎士になれた事を帰ってから一番に報告したかったからだ。
 広い庭の奥には母が生前好んだバラ園があり、父がそこに墓を建てたのだ。天使の像に囲まれて、小さなニコラスの墓と、母の墓が並んでいる。

「ニコ、お母様、只今帰りました。私、無事卒業して魔法騎士になる事が出来たのよ。私がランスウォールを引き継いで、ニコに代わって立派に領主を務めるから、二人共心配しなくて大丈夫よ。ふふ、ニコの代わりなんて言ったら、またハワードに叱られてしまうわね。私はこの富めるランスウォールを、もっと素晴らしい環境に変えて行きたいと考えているの。これは私の意志であり、誰かの代わりなんかでは無いわ」



 アナスタシアが母と弟の墓前で将来の夢を語っている頃、屋敷の中からは、パリンというカップか皿を割るような音が聞こえた。そしてまたしても男の子の泣き声が聞こえ始めた。

「何ですって!? 親子鑑定をする為に、この子を王都に連れて行くと言った? どうしてそんな事しなくちゃならないのよ? この子はあなたの子だって言ってるでしょう! 小さな子から血を抜いて調べるだなんて、そんな可哀想なことできないわ!」 
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