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第二章・和の国
私の使命
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翌朝、藤堂様はお館様の城へ向いました。私は何か自分に出来る事は無いかとセツ様に相談したところ、藤堂様の陣羽織がほつれているから繕って欲しいと頼まれました。
「ユリ様は縫い物は得意ですか?」
「一応一通りの事が出来るように仕込まれております。ここを縫い合わせれば良いのですね。……あの、セツ様」
私はほつれた箇所を縫いながら、駄目かも知れないと思いつつ聞いてみました。
「これに刺繍を入れてはいけないのでしょうか? 私の国では祈りの文句を戦に出る騎士の上着に刺繍する習慣があるのです。こちらの言葉では『勝利を手に無事に家族のもとへ帰る』というような意味なのですが」
「なるほど、『御武運を祈ります』に似てますね。良いと思うけど、でもすぐにできますか?」
「はい! 集中すれば夕方までにできあがります。祈りを込めますので離れに篭らせて頂きますね」
許可を頂いた私は早速荷物から刺繍セットを取り出し、一針一針祈りを込めて縫いました。これは裏側の胸の辺りに刺繍するので着てしまえば見えませんし、古い文字なので藤堂様にも読むことは出来ないでしょう。でも効果があると言われているので試さずには居られませんでした。
夜になり、藤堂様が帰って来ても私が離れから出てこないのを心配し、ナタリーが様子を見に来ました。
「お嬢様、お昼も召し上がらないで、お体を壊してしまいますよ。藤堂様もお帰りになりましたから、夕飯に致しましょう」
「あと一箇所ほつれた所を縫い合わせるだけだから、待って」
刺繍自体は出来上がっていたけれど、よく見ればほつれていたのは一箇所だけでは無かったのです。まるで新品の様になった陣羽織を綺麗にたたんでセツ様の所へ持っていきます。
「セツ様、出来ました」
「見せて下さい。わぁ、こんな文字見たこと無いです。文字と言うより模様みたい。兄上にも見せましょう。きっと喜びますよ」
帰宅して着替えを済ませた藤堂様が部屋から出て来たところで、セツ様が一生懸命説明を始めました。
「ありがとう、ユーリア殿。刺繍だけでなく、綺麗に縫い直してくれたのだな」
「いえ、こんな事しか出来ないのがもどかしいです。出陣する日は決まったのですか?」
「向こうが態勢を整える前に一気に攻め込みます。急なのだが、明日出陣する事になりました」
「そうですか……本当に、どうかご無事でお戻り下さい。毎日お祈りしますから、必ず私の元に帰って来てくださいね」
藤堂様は翌日出陣致しました。
「では行ってくる」
「御武運をお祈り致します」
藤堂様は頷き、私が刺繍した胸の辺りにトントンと拳を当て笑って下さいました。その笑顔は何も心配ないと言っている様でした。
「行くぞ、丹羽、木島」
丹羽様、木島様も行ってしまい、藤堂様が留守の清野浜は引き続き弟の雅高様が守ることになりました。藤堂様の帰国と正月の為に集まっていた親戚の方々も数人を残しそれぞれの家に帰ってしまい、屋敷の中はとても寂しくなってしまいました。
「兄上の居ない間に文字を覚えましょう、ユリ様。そうすれば手紙を書くことも出来ますし、気も紛れます。それに、兄上の春夏物の着物を縫うのも良いですし、とにかく何かしましょう。送り出したら後は帰りを待つだけです。女は強くあらねば」
セツ様はこんな思いを今まで何度経験して来たのでしょうか。私は母国の村の人達を思います。夫や息子を兵士として戦に連れて行かれた女性達の気持ちを、理解しているつもりで寄り添って支えになろうと頑張ってきましたが、私は何もわかってなどいませんでした。
「戦の無い世の中にはなれないのでしょうか……」
「その為に兄上達は頑張っているのです。鮫島様がこの国を統一して下されば、きっと戦の無い世の中になりますよ」
藤堂様が出陣して一ヶ月で大崎は城を明け渡し、城主は自刃。家臣の中には鮫島様に傾倒する者が多かったらしく、城主の判断に異議を唱えていたのだそうです。こちらに情報を流していたのもその方達で、残された兵などはそっくりそのまま鮫島軍に下りました。
カヤ様はその一報を受けて、数日寝込んでおられるようです。政略結婚とはいえ、三年夫婦として暮らしてきたのです。その間子宝には恵まれませんでしたが、夫婦仲は決して悪くなかったようです。
私がお館様に呼び出されたのはその頃。藤堂様に何かあったのではと、緊張しながら城へ向いました。部屋に通され、頭を下げて鮫島様が来るのを待ちます。
「来たか、ユーリア。面を上げよ。すっかりこちらの作法が身についたな。まあ、それは良い。お前に仕事を与える。清雅からはまだ何も聞いていないだろう、帰国してから慌しく出陣させてしまったからな。お前は母国では畑仕事に携わっていたと聞いた。お前の国から持ち帰らせた作物の育て方を民に広めよ。砂糖の原料となるカブのようなものだ」
「シュクルビーツですか? もしかして、この国でシュクルビーツを栽培するお手伝いをさせるために私を連れて来たのでしょうか? 藤堂様が別の目的があって私の国に来たというのは、この事だったのですね」
「そうだ。だが、お前を連れ帰ったのは別の話だ。娘が嫌がれば嫁取りは断るつもりで行ったのだからな。作物の栽培法や砂糖の製法は清雅が覚えて帰国する事になっていた。我が国では砂糖は輸入に頼るしかなく高級品なのだ。自国で栽培して砂糖を作り出す事ができれば、儲かるだろうと思ってな。今のところ、直接仕入れできる港町と一部の大名くらいしか口にできない代物だ。我が領地の産業として砂糖の生産を始めたい。全ての工程を知っているのだろう?」
もちろん知っています。それが我が男爵家の大事な収入源なのですから。私は砂糖生産の指南役としてこの国の役に立てるのですね。
「気温を見て種植えを始めなければならないのですが、温かくなり始めるのはいつ頃でしょうか? シュクルビーツは寒い地域に向いた作物です。ここは私の国よりも暖かい様なので、屋内で苗を作らず直接畑に種を蒔けそうです。そうすれば手間も省けます。もしや他の種も持ち帰ったのではありませんか?」
自分に出来る事を見つけた私は力が湧いて来ました。鮫島様から補佐の方を数名付けて頂き、早速倉に種を見に行きます。そこには砂糖の原料となるシュクルビーツは勿論、赤い実をつけるトマテやアンダス芋など栽培が簡単な作物の種がたくさんありました。
「藤堂様ったら、私が学園に行っている間にこんなに色々な種を集めていたのですね。すぐにでも畑を用意し始めた方がいいわ。種芋はもう植えてしまえるもの」
補佐に付けていただいた方達に村を案内していただく事にしました。どんな土地なのか見ておかなければなりません。今回は私が見て回れる範囲のみでの栽培という事になり、清野浜の周辺の村を回りました。まだ寒い二月の村はどこも閑散として人に会う事は稀でした。
若い男性のほとんどが兵に出されて村には女性やお年寄りしか居ないのです。外で元気に遊ぶのは子供くらいのもの。
村の代表のもとで事情を説明して、鮫島様の命令と聞いた村人達はすぐに畑を耕し始めました。正直なところまだ誰も作った事の無い作物に不安を感じている様で、異国人である私が持ち込んだという事も相俟って村人達の志気は中々上がりませんでした。
「ユリ様は縫い物は得意ですか?」
「一応一通りの事が出来るように仕込まれております。ここを縫い合わせれば良いのですね。……あの、セツ様」
私はほつれた箇所を縫いながら、駄目かも知れないと思いつつ聞いてみました。
「これに刺繍を入れてはいけないのでしょうか? 私の国では祈りの文句を戦に出る騎士の上着に刺繍する習慣があるのです。こちらの言葉では『勝利を手に無事に家族のもとへ帰る』というような意味なのですが」
「なるほど、『御武運を祈ります』に似てますね。良いと思うけど、でもすぐにできますか?」
「はい! 集中すれば夕方までにできあがります。祈りを込めますので離れに篭らせて頂きますね」
許可を頂いた私は早速荷物から刺繍セットを取り出し、一針一針祈りを込めて縫いました。これは裏側の胸の辺りに刺繍するので着てしまえば見えませんし、古い文字なので藤堂様にも読むことは出来ないでしょう。でも効果があると言われているので試さずには居られませんでした。
夜になり、藤堂様が帰って来ても私が離れから出てこないのを心配し、ナタリーが様子を見に来ました。
「お嬢様、お昼も召し上がらないで、お体を壊してしまいますよ。藤堂様もお帰りになりましたから、夕飯に致しましょう」
「あと一箇所ほつれた所を縫い合わせるだけだから、待って」
刺繍自体は出来上がっていたけれど、よく見ればほつれていたのは一箇所だけでは無かったのです。まるで新品の様になった陣羽織を綺麗にたたんでセツ様の所へ持っていきます。
「セツ様、出来ました」
「見せて下さい。わぁ、こんな文字見たこと無いです。文字と言うより模様みたい。兄上にも見せましょう。きっと喜びますよ」
帰宅して着替えを済ませた藤堂様が部屋から出て来たところで、セツ様が一生懸命説明を始めました。
「ありがとう、ユーリア殿。刺繍だけでなく、綺麗に縫い直してくれたのだな」
「いえ、こんな事しか出来ないのがもどかしいです。出陣する日は決まったのですか?」
「向こうが態勢を整える前に一気に攻め込みます。急なのだが、明日出陣する事になりました」
「そうですか……本当に、どうかご無事でお戻り下さい。毎日お祈りしますから、必ず私の元に帰って来てくださいね」
藤堂様は翌日出陣致しました。
「では行ってくる」
「御武運をお祈り致します」
藤堂様は頷き、私が刺繍した胸の辺りにトントンと拳を当て笑って下さいました。その笑顔は何も心配ないと言っている様でした。
「行くぞ、丹羽、木島」
丹羽様、木島様も行ってしまい、藤堂様が留守の清野浜は引き続き弟の雅高様が守ることになりました。藤堂様の帰国と正月の為に集まっていた親戚の方々も数人を残しそれぞれの家に帰ってしまい、屋敷の中はとても寂しくなってしまいました。
「兄上の居ない間に文字を覚えましょう、ユリ様。そうすれば手紙を書くことも出来ますし、気も紛れます。それに、兄上の春夏物の着物を縫うのも良いですし、とにかく何かしましょう。送り出したら後は帰りを待つだけです。女は強くあらねば」
セツ様はこんな思いを今まで何度経験して来たのでしょうか。私は母国の村の人達を思います。夫や息子を兵士として戦に連れて行かれた女性達の気持ちを、理解しているつもりで寄り添って支えになろうと頑張ってきましたが、私は何もわかってなどいませんでした。
「戦の無い世の中にはなれないのでしょうか……」
「その為に兄上達は頑張っているのです。鮫島様がこの国を統一して下されば、きっと戦の無い世の中になりますよ」
藤堂様が出陣して一ヶ月で大崎は城を明け渡し、城主は自刃。家臣の中には鮫島様に傾倒する者が多かったらしく、城主の判断に異議を唱えていたのだそうです。こちらに情報を流していたのもその方達で、残された兵などはそっくりそのまま鮫島軍に下りました。
カヤ様はその一報を受けて、数日寝込んでおられるようです。政略結婚とはいえ、三年夫婦として暮らしてきたのです。その間子宝には恵まれませんでしたが、夫婦仲は決して悪くなかったようです。
私がお館様に呼び出されたのはその頃。藤堂様に何かあったのではと、緊張しながら城へ向いました。部屋に通され、頭を下げて鮫島様が来るのを待ちます。
「来たか、ユーリア。面を上げよ。すっかりこちらの作法が身についたな。まあ、それは良い。お前に仕事を与える。清雅からはまだ何も聞いていないだろう、帰国してから慌しく出陣させてしまったからな。お前は母国では畑仕事に携わっていたと聞いた。お前の国から持ち帰らせた作物の育て方を民に広めよ。砂糖の原料となるカブのようなものだ」
「シュクルビーツですか? もしかして、この国でシュクルビーツを栽培するお手伝いをさせるために私を連れて来たのでしょうか? 藤堂様が別の目的があって私の国に来たというのは、この事だったのですね」
「そうだ。だが、お前を連れ帰ったのは別の話だ。娘が嫌がれば嫁取りは断るつもりで行ったのだからな。作物の栽培法や砂糖の製法は清雅が覚えて帰国する事になっていた。我が国では砂糖は輸入に頼るしかなく高級品なのだ。自国で栽培して砂糖を作り出す事ができれば、儲かるだろうと思ってな。今のところ、直接仕入れできる港町と一部の大名くらいしか口にできない代物だ。我が領地の産業として砂糖の生産を始めたい。全ての工程を知っているのだろう?」
もちろん知っています。それが我が男爵家の大事な収入源なのですから。私は砂糖生産の指南役としてこの国の役に立てるのですね。
「気温を見て種植えを始めなければならないのですが、温かくなり始めるのはいつ頃でしょうか? シュクルビーツは寒い地域に向いた作物です。ここは私の国よりも暖かい様なので、屋内で苗を作らず直接畑に種を蒔けそうです。そうすれば手間も省けます。もしや他の種も持ち帰ったのではありませんか?」
自分に出来る事を見つけた私は力が湧いて来ました。鮫島様から補佐の方を数名付けて頂き、早速倉に種を見に行きます。そこには砂糖の原料となるシュクルビーツは勿論、赤い実をつけるトマテやアンダス芋など栽培が簡単な作物の種がたくさんありました。
「藤堂様ったら、私が学園に行っている間にこんなに色々な種を集めていたのですね。すぐにでも畑を用意し始めた方がいいわ。種芋はもう植えてしまえるもの」
補佐に付けていただいた方達に村を案内していただく事にしました。どんな土地なのか見ておかなければなりません。今回は私が見て回れる範囲のみでの栽培という事になり、清野浜の周辺の村を回りました。まだ寒い二月の村はどこも閑散として人に会う事は稀でした。
若い男性のほとんどが兵に出されて村には女性やお年寄りしか居ないのです。外で元気に遊ぶのは子供くらいのもの。
村の代表のもとで事情を説明して、鮫島様の命令と聞いた村人達はすぐに畑を耕し始めました。正直なところまだ誰も作った事の無い作物に不安を感じている様で、異国人である私が持ち込んだという事も相俟って村人達の志気は中々上がりませんでした。
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