婚約破棄するのは私

大森蜜柑

文字の大きさ
上 下
19 / 22
第二章・和の国

私の使命

しおりを挟む
 翌朝、藤堂様はお館様の城へ向いました。私は何か自分に出来る事は無いかとセツ様に相談したところ、藤堂様の陣羽織がほつれているから繕って欲しいと頼まれました。

「ユリ様は縫い物は得意ですか?」
「一応一通りの事が出来るように仕込まれております。ここを縫い合わせれば良いのですね。……あの、セツ様」

 私はほつれた箇所を縫いながら、駄目かも知れないと思いつつ聞いてみました。

「これに刺繍を入れてはいけないのでしょうか? 私の国では祈りの文句を戦に出る騎士の上着に刺繍する習慣があるのです。こちらの言葉では『勝利を手に無事に家族のもとへ帰る』というような意味なのですが」
「なるほど、『御武運を祈ります』に似てますね。良いと思うけど、でもすぐにできますか?」
「はい! 集中すれば夕方までにできあがります。祈りを込めますので離れに篭らせて頂きますね」

 許可を頂いた私は早速荷物から刺繍セットを取り出し、一針一針祈りを込めて縫いました。これは裏側の胸の辺りに刺繍するので着てしまえば見えませんし、古い文字なので藤堂様にも読むことは出来ないでしょう。でも効果があると言われているので試さずには居られませんでした。

 夜になり、藤堂様が帰って来ても私が離れから出てこないのを心配し、ナタリーが様子を見に来ました。

「お嬢様、お昼も召し上がらないで、お体を壊してしまいますよ。藤堂様もお帰りになりましたから、夕飯に致しましょう」
「あと一箇所ほつれた所を縫い合わせるだけだから、待って」

 刺繍自体は出来上がっていたけれど、よく見ればほつれていたのは一箇所だけでは無かったのです。まるで新品の様になった陣羽織を綺麗にたたんでセツ様の所へ持っていきます。

「セツ様、出来ました」
「見せて下さい。わぁ、こんな文字見たこと無いです。文字と言うより模様みたい。兄上にも見せましょう。きっと喜びますよ」

 帰宅して着替えを済ませた藤堂様が部屋から出て来たところで、セツ様が一生懸命説明を始めました。

「ありがとう、ユーリア殿。刺繍だけでなく、綺麗に縫い直してくれたのだな」
「いえ、こんな事しか出来ないのがもどかしいです。出陣する日は決まったのですか?」
「向こうが態勢を整える前に一気に攻め込みます。急なのだが、明日出陣する事になりました」
「そうですか……本当に、どうかご無事でお戻り下さい。毎日お祈りしますから、必ず私の元に帰って来てくださいね」



 藤堂様は翌日出陣致しました。

「では行ってくる」
「御武運をお祈り致します」

 藤堂様は頷き、私が刺繍した胸の辺りにトントンと拳を当て笑って下さいました。その笑顔は何も心配ないと言っている様でした。

「行くぞ、丹羽、木島」

 丹羽様、木島様も行ってしまい、藤堂様が留守の清野浜は引き続き弟の雅高様が守ることになりました。藤堂様の帰国と正月の為に集まっていた親戚の方々も数人を残しそれぞれの家に帰ってしまい、屋敷の中はとても寂しくなってしまいました。

「兄上の居ない間に文字を覚えましょう、ユリ様。そうすれば手紙を書くことも出来ますし、気も紛れます。それに、兄上の春夏物の着物を縫うのも良いですし、とにかく何かしましょう。送り出したら後は帰りを待つだけです。女は強くあらねば」

 セツ様はこんな思いを今まで何度経験して来たのでしょうか。私は母国の村の人達を思います。夫や息子を兵士として戦に連れて行かれた女性達の気持ちを、理解しているつもりで寄り添って支えになろうと頑張ってきましたが、私は何もわかってなどいませんでした。

「戦の無い世の中にはなれないのでしょうか……」
「その為に兄上達は頑張っているのです。鮫島様がこの国を統一して下されば、きっと戦の無い世の中になりますよ」



 藤堂様が出陣して一ヶ月で大崎は城を明け渡し、城主は自刃。家臣の中には鮫島様に傾倒する者が多かったらしく、城主の判断に異議を唱えていたのだそうです。こちらに情報を流していたのもその方達で、残された兵などはそっくりそのまま鮫島軍に下りました。
 カヤ様はその一報を受けて、数日寝込んでおられるようです。政略結婚とはいえ、三年夫婦として暮らしてきたのです。その間子宝には恵まれませんでしたが、夫婦仲は決して悪くなかったようです。


 私がお館様に呼び出されたのはその頃。藤堂様に何かあったのではと、緊張しながら城へ向いました。部屋に通され、頭を下げて鮫島様が来るのを待ちます。


「来たか、ユーリア。面を上げよ。すっかりこちらの作法が身についたな。まあ、それは良い。お前に仕事を与える。清雅からはまだ何も聞いていないだろう、帰国してから慌しく出陣させてしまったからな。お前は母国では畑仕事に携わっていたと聞いた。お前の国から持ち帰らせた作物の育て方を民に広めよ。砂糖の原料となるカブのようなものだ」

「シュクルビーツですか? もしかして、この国でシュクルビーツを栽培するお手伝いをさせるために私を連れて来たのでしょうか? 藤堂様が別の目的があって私の国に来たというのは、この事だったのですね」
「そうだ。だが、お前を連れ帰ったのは別の話だ。娘が嫌がれば嫁取りは断るつもりで行ったのだからな。作物の栽培法や砂糖の製法は清雅が覚えて帰国する事になっていた。我が国では砂糖は輸入に頼るしかなく高級品なのだ。自国で栽培して砂糖を作り出す事ができれば、儲かるだろうと思ってな。今のところ、直接仕入れできる港町と一部の大名くらいしか口にできない代物だ。我が領地の産業として砂糖の生産を始めたい。全ての工程を知っているのだろう?」 

 もちろん知っています。それが我が男爵家の大事な収入源なのですから。私は砂糖生産の指南役としてこの国の役に立てるのですね。

「気温を見て種植えを始めなければならないのですが、温かくなり始めるのはいつ頃でしょうか? シュクルビーツは寒い地域に向いた作物です。ここは私の国よりも暖かい様なので、屋内で苗を作らず直接畑に種を蒔けそうです。そうすれば手間も省けます。もしや他の種も持ち帰ったのではありませんか?」

 自分に出来る事を見つけた私は力が湧いて来ました。鮫島様から補佐の方を数名付けて頂き、早速倉に種を見に行きます。そこには砂糖の原料となるシュクルビーツは勿論、赤い実をつけるトマテやアンダス芋など栽培が簡単な作物の種がたくさんありました。

「藤堂様ったら、私が学園に行っている間にこんなに色々な種を集めていたのですね。すぐにでも畑を用意し始めた方がいいわ。種芋はもう植えてしまえるもの」

 補佐に付けていただいた方達に村を案内していただく事にしました。どんな土地なのか見ておかなければなりません。今回は私が見て回れる範囲のみでの栽培という事になり、清野浜の周辺の村を回りました。まだ寒い二月の村はどこも閑散として人に会う事は稀でした。
 若い男性のほとんどが兵に出されて村には女性やお年寄りしか居ないのです。外で元気に遊ぶのは子供くらいのもの。

 村の代表のもとで事情を説明して、鮫島様の命令と聞いた村人達はすぐに畑を耕し始めました。正直なところまだ誰も作った事の無い作物に不安を感じている様で、異国人である私が持ち込んだという事も相俟って村人達の志気は中々上がりませんでした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】シェアされがちな伯爵令嬢は今日も溜息を漏らす

皐月 誘
恋愛
クリーヴス伯爵家には愛くるしい双子の姉妹が居た。 『双子の天使』と称される姉のサラサと、妹のテレサ。 2人は誰から見ても仲の良い姉妹だったのだが、姉のサラサの婚約破棄騒動を発端に周囲の状況が変わり始める…。 ------------------------------------ 2020/6/25 本編完結致しました。 今後は番外編を更新していきますので、お時間ありましたら、是非お読み下さい。 そして、更にお時間が許しましたら、感想など頂けると、励みと勉強になります。 どうぞ、よろしくお願いします。

木曜日生まれの子供達

十河
BL
 毒を喰らわば皿まで。番外編第四弾。  五十四歳の誕生日を迎えたアンドリムは、ヨルガと共に残された日々を穏やかに過ごしていた。  年齢を重ねたヨルガの緩やかな老いも愛おしく、アンドリムはこの世界に自らが招かれた真の理由を、朧げながらも理解しつつある。  しかし運命の歯車は【主人公】である彼の晩年であっても、休むことなく廻り続けていた。  或る日。  宰相モリノから王城に招かれたアンドリムとヨルガは、驚きの報告を受けることになる。 「キコエドの高等学院に、アンドリム様の庶子が在籍しているとの噂が広まっています」 「なんと。俺にはもう一人、子供がいたのか」 「……面白がっている場合か?」  状況を楽しんでいるアンドリムと彼の番であるヨルガは、最後の旅に出ることになった。  賢妃ベネロペの故郷でもある連合国家キコエドで、二人を待つ新たな運命とはーー。

完結 そんなにその方が大切ならば身を引きます、さようなら。

音爽(ネソウ)
恋愛
相思相愛で結ばれたクリステルとジョルジュ。 だが、新婚初夜は泥酔してお預けに、その後も余所余所しい態度で一向に寝室に現れない。不審に思った彼女は眠れない日々を送る。 そして、ある晩に玄関ドアが開く音に気が付いた。使われていない離れに彼は通っていたのだ。 そこには匿われていた美少年が棲んでいて……

トカゲ令嬢とバカにされて聖女候補から外され辺境に追放されましたが、トカゲではなく龍でした。

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。 「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。  リバコーン公爵家の長女ソフィアは、全貴族令嬢10人の1人の聖獣持ちに選ばれたが、その聖獣がこれまで誰も持ったことのない小さく弱々しいトカゲでしかなかった。それに比べて側室から生まれた妹は有名な聖獣スフィンクスが従魔となった。他にもグリフォンやペガサス、ワイバーンなどの実力も名声もある従魔を従える聖女がいた。リバコーン公爵家の名誉を重んじる父親は、ソフィアを正室の領地に追いやり第13王子との婚約も辞退しようとしたのだが……  王立聖女学園、そこは爵位を無視した弱肉強食の競争社会。だがどれだけ努力しようとも神の気紛れで全てが決められてしまう。まず従魔が得られるかどうかで貴族令嬢に残れるかどうかが決まってしまう。

私の婚約者はお姉さまが好きなようです~私は国王陛下に愛でられました~

安奈
恋愛
「マリア、私との婚約はなかったことにしてくれ。私はお前の姉のユリカと婚約したのでな」 「マリア、そういうことだから。ごめんなさいね」 伯爵令嬢マリア・テオドアは婚約者のカンザス、姉のユリカの両方に裏切られた。突然の婚約破棄も含めて彼女は泣き崩れる。今後、屋敷でどんな顔をすればいいのかわからない……。 そこへ現れたのはなんと、王国の最高権力者であるヨハン・クラウド国王陛下であった。彼の救済を受け、マリアは元気づけられていく。そして、側室という話も出て来て……どうやらマリアの人生は幸せな方向へと進みそうだ。

記憶喪失の癒し姫

おうぎまちこ(あきたこまち)
恋愛
※一旦、第1章までで完結させます。 小説家になろう様に、本編完結あり。ムーンライト様にR18版を加筆連載中です。 ムーンライト版が完結しましたら、再掲致します。 ※小説家になろう版と、性描写に関していくつか変更点があります。  竜を封印せし神器の力を継承する3つの一族、それぞれの神器の守護者3人が織り成す、ちょっぴり大人な異世界恋愛ファンタジー 【旧題:記憶喪失の癒し姫と白金の教育係と紅髪の護衛騎士】  ※恋愛でR15(微エロ)。副題名に※。キス、キス以上。数話に1回キス、キス多めなので苦手な人は注意。 「亜麻色の長い髪に金の瞳を持つ、オルビス・クラシオン王国の王女ティエラ姫。目が覚めた時、彼女の記憶は全て失われていた。  何も思い出せないティエラ姫のそばには、白金色の髪に蒼い瞳を持ち、『月の化身』と称される美しい青年ルーナがいた。  ティエラの婚約者だというルーナから、父である国王が、ティエラの幼馴染みの手によって殺されたと知らされる。  10歳年上の宰相補佐であり、婚約者であるルーナから、ティエラは何不自由ない生活を提供される。  ティエラが徐々にルーナに惹かれていっていたある日、彼女の幼馴染みで護衛騎士であるソルと鏡越しに再会する。  王国最強の騎士・剣の守護者と呼ばれ、紅い髪に碧の瞳を持つ青年ソルは、どうして国王を殺したのか――?  問い詰めるティエラ――。  だけど本当は、ティエラ姫は婚約者ルーナによって、城に幽閉されていて――?  城を旅立ち、彼女は竜の封印されし国の真実を知る。  ティエラ姫と護衛騎士ソルの、本当の関係は――?  そして、もうすぐ17を迎える、癒しの力を持ち『大地の聖女』と呼ばれしティエラ姫に課せられた、過酷な運命とは――?」 ※女性向けですが、男性読者様も多め 作品テーマ(成長・家族) 『誰かが必ずあなたをみてくれているよ、どんなに辛い状況になっても絶対に立ち上がれる』 ※小説家になろうの完結作品です。 ※なろうとアルファポリスでは三人称、カクヨムには一人称を投稿予定。 ※ムーンライトノベルズ様にも加筆投稿の可能性。 ※表紙絵は、diaさんからいただいたファンアート

【12話完結】私はイジメられた側ですが。国のため、貴方のために王妃修行に努めていたら、婚約破棄を告げられ、友人に裏切られました。

西東友一
恋愛
国のため、貴方のため。 私は厳しい王妃修行に努めてまいりました。 それなのに第一王子である貴方が開いた舞踏会で、「この俺、次期国王である第一王子エドワード・ヴィクトールは伯爵令嬢のメリー・アナラシアと婚約破棄する」 と宣言されるなんて・・・

水の流れるところ

BL
鏡の中の彼から目が離せなかった――。 幼い頃に母親に虐待を受け、施設に預けられていた藍沢誉(あいざわほまれ)。親の愛情を受けずに育ち、体裁ばかり気にする父親から逃げた九条千晃(くじょうちあき)。 誉は施設を出ると上京し、男に媚びを売ることで生計を立てていた。千晃は医者というステータスと恵まれた容姿に寄ってきた複数の人間と、情のない関係を繰り返していた。 接点のない2人にはある共通点があった。「あること」がトリガーとなって発作が起こるのだ。その発作は、なぜか水に触れることで収まった。発作が起こる度に、水のあるところへと駆け込んでいたある時、2人は鏡越しに不思議な出会いを果たす。非現実的な状況に戸惑いつつも、鏡を通して少しずつ交流を深めていった。ある日、ひょんな事がきっかけで、ついに対面を果たすことになるが――。 愛に飢えた誉と、愛を知らない千晃が、過去に向き合い、過去と決別し、お互いの愛を求めて成長していく深愛物語。 ★ ハーフ顔小児科医×可愛い系雇われ店長です。ハッピーエンドです。 ★ 絡みが作中に発生いたします。 ★ 直接的な表現はありませんが、暴力行為を匂わす描写があります。 ★ 視点が受け攻め交互に展開しながら話が進みます。 ★ 別ジャンルで書いたものをオリジナルに書き直しました。 ★ 毎日1エピソードずつの更新です。

処理中です...