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 人の物ではない、馬の足音が聞こえて。
 私は余韻を味わう間もなく立ち上がると、出迎えのために外へ出た。

「肝心の王子がいないだなんて、とんだ無駄足だったわね!」

「本当ですわ、お母様!」

(……はぁ)

 何やら苛立っている様子の二人の声。
 いい事があった後には、悪い事でバランスが取られてしまうものなのか。
 たいていの場合は悪い事の比率のほうが多いのが、腹立たしい。

「……なんだい、その目は」

 そんな私の感情などお構いなしに、義母は難癖を付けてくる。

「今日はメシ抜きだよ、反省しな!」

「……くすくす、かわいそ~」

 言いたい放題言ってから去る二人を見送ってから、私は作業の準備を始める。
 使用人がいないわけではないのに私に作業をさせているのは、みすぼらしい姿を見て楽しむためなのだろう。
 その上食事まで抜きとなれば、扱いは最早使用人以下だ。
 ふと、今日見たあの人の姿浮かぶ。
 このままずっとこんな扱いを受けるくらいなら、いっそのことどこかで野垂れ死ぬ方がマシなのかもしれない。

(……空でも、飛べたらな)

 魔法の力があると言っても、現実でのそれはおまじないなどに近いもので。
 空を自由に飛び回ったりだとか、悪者をやっつけたりなんてのは、物語の主人公だけに与えられている力なのだ。

(……ぅ)

 色々浮かんでは消えていく思考が、小さなお腹の音で全て吹き飛んでいく。
 いつもより気持ちが落ち込んでしまっているのは、空腹による部分がだいぶ大きいのかもしれない。

(早く、寝てしまおう……)

 もう一度お腹が鳴ってしまったら、今度こそ本当に眠れなくなってしまいそうだ。
 明日の作業の準備を出来るだけ手早く済ませると、私はぎゅっと目を瞑り睡魔に身を委ねた。


「――っ!」 「――っ!」

(ん……ぅ?)

 何やら外が騒がしい。
 昨日に引き続き何事なのかと目をこすっていると、これまた昨日と同じように目の前で扉が開け放たれた。
 義母に、義妹に、見覚えのある兵士に。
 どうやらというかやはりというか、昨日の一件が絡んでいるのは明らかだ。

(……あ)

 王家の家紋をあしらった上着を着た人物。
 そんな人物と知り合う機会などなかったはずなのに、しかしその顔は確かに見覚えのあるもので。

「よかった、また会えた」

 落ちのびた貴族だという予想も、あながち間違いではなかったらしい。
 実際は王子がお忍びで近衛兵から逃げていたという話で、当たっているのは貴族であるという部分だけだったわけだが。
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