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4 出会い
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(とりあえずこれで収入源は確保、かな)
私の前に多数の人がやめていることや、あの家から通わねばならぬことを考えると手放しに喜べる状況ではないが。
それでもとりあえず一歩前進、とは言えるだろう。
(あとは食料を買って、可能であれば替えの服も……)
などと考え事をしながら歩いていたのだが、それがよくなかった。
「っ」
何かにぶつかった感覚がしたと思ったら、続けて身体が地面に付く衝撃が襲ってきて。
「てめぇ、どこ見て歩いてやがんだ!」
更に追い打ちを加えるように飛んで来た罵声で、誰かにぶつかってしまったのだと気づいた。
しかし、確かにぼんやりと歩いていたのは間違いないが、流石に人が目の前に現れて気づかないほど気を抜いていたわけではなく。
今のは明らかに相手の方からこちらへぶつかってきたように思う。
「……すいませんでした」
とはいえ、それをそのまま伝えても面倒なことになるだけなので、形だけでもとりあえず謝罪をしておく。
「いてて……これは治療費が必要かもなぁ?」
(……どちらにせよ面倒になるタイプだった)
人の波は私とその男を避けるように流れていくが、その中で私を助けようとしてくれる人は一人たりともいない。
(なんとかして、逃げられないかな……)
人混みに紛れてしまえば、撒くこと自体は容易に思えるが。
都合の悪いことに、先ほど倒れたときに足首を捻ってしまったらしく、立ち上がろうとしても足に力が入らない。
「おい、聞いてんのか!」
「っ」
男がこちらへ歩み寄りながら、こちらへ手を伸ばしてくる。
(……誰か)
来るはずのない誰かへと呼びかけながら、私は思わずぎゅっと目を瞑った
数分にも思える、数秒の時間。
覚悟を決めて構えていたが、男の手が私の元へ届くことはなく。
「一体なんだ、この騒ぎは」
代わりに見知らぬ誰かの声が近くで聞こえた。
さっきまで通り過ぎていた人たちが、何事かとざわめいて立ち止まる気配がする。
私も何事かと思いゆっくりと目を開けてみると、
「おい、お前。何があったのか説明しろ」
眉目秀麗な男性が、先ほどの男の腕を締め上げている光景が目の前にあった。
「あ……えと、その」
あまりに突然の事すぎて、うまく返答が出てこない。
「ふむ……」
そんな私の反応に、少し呆れた表情が返されて。
「ではこちらの男に聞くことにするか」
「いでででっ」
今度は締め上げる手を強めながら、男の方へと質問が移った。
「て、てめぇはなにもんだ。邪魔してくれやがって」
「私か?私はこの辺で警備隊長をやらせてもらっているもんだが」
「……は?」
(まさかとは思ったけど、やっぱり……)
男性の襟元に付いている見覚えのあるバッジ。
色こそ違うが、あれはレイド様が普段付けていたものと同じ造りをしている。
『これは王から直接賜ったもので、この国で特に重要な役職の者に与えられるものなんだ』
とはレイド様の弁で。
「け、警備隊長……」
「こちらは答えたぞ。今度はお前が答える番だ」
男の動揺も周囲の喧騒も意に介さず、アルス様が言葉を続けた。
「そ、そこの女がぶつかってきやがったんだ。俺は悪くねぇぞっ」
警備隊長という名乗りがハッタリでないと肌で感じているのか、男の言葉から当初の勢いが失われている。
「ほぅ……」
男からの返答を受けて、視線が再びこちらへと向いた。
鋭く差すような、冷たい視線。
端整な顔立ちも相まって、問い詰められているわけでもないのになぜか全身がこわばってしまう。
「この状況で、か?」
「ぐっ……ちくしょうっ!」
「むっ」
周囲の注目も集まってきて、その咎めるような視線に耐え切れなくなったのか。
男はアルス様の腕を振りほどき、人混みの中へと逃げだした。
先ほどまでの状況を見るに逃がしてやった、というのが正しそうではあるが。
「どけっ、どけぇっ!」
その証拠に、人混みに紛れて逃げていく男をアルス様が追うことはなく。
この程度の事で牢に入れていてはキリがないので、妥当な流れだといえた。
私の前に多数の人がやめていることや、あの家から通わねばならぬことを考えると手放しに喜べる状況ではないが。
それでもとりあえず一歩前進、とは言えるだろう。
(あとは食料を買って、可能であれば替えの服も……)
などと考え事をしながら歩いていたのだが、それがよくなかった。
「っ」
何かにぶつかった感覚がしたと思ったら、続けて身体が地面に付く衝撃が襲ってきて。
「てめぇ、どこ見て歩いてやがんだ!」
更に追い打ちを加えるように飛んで来た罵声で、誰かにぶつかってしまったのだと気づいた。
しかし、確かにぼんやりと歩いていたのは間違いないが、流石に人が目の前に現れて気づかないほど気を抜いていたわけではなく。
今のは明らかに相手の方からこちらへぶつかってきたように思う。
「……すいませんでした」
とはいえ、それをそのまま伝えても面倒なことになるだけなので、形だけでもとりあえず謝罪をしておく。
「いてて……これは治療費が必要かもなぁ?」
(……どちらにせよ面倒になるタイプだった)
人の波は私とその男を避けるように流れていくが、その中で私を助けようとしてくれる人は一人たりともいない。
(なんとかして、逃げられないかな……)
人混みに紛れてしまえば、撒くこと自体は容易に思えるが。
都合の悪いことに、先ほど倒れたときに足首を捻ってしまったらしく、立ち上がろうとしても足に力が入らない。
「おい、聞いてんのか!」
「っ」
男がこちらへ歩み寄りながら、こちらへ手を伸ばしてくる。
(……誰か)
来るはずのない誰かへと呼びかけながら、私は思わずぎゅっと目を瞑った
数分にも思える、数秒の時間。
覚悟を決めて構えていたが、男の手が私の元へ届くことはなく。
「一体なんだ、この騒ぎは」
代わりに見知らぬ誰かの声が近くで聞こえた。
さっきまで通り過ぎていた人たちが、何事かとざわめいて立ち止まる気配がする。
私も何事かと思いゆっくりと目を開けてみると、
「おい、お前。何があったのか説明しろ」
眉目秀麗な男性が、先ほどの男の腕を締め上げている光景が目の前にあった。
「あ……えと、その」
あまりに突然の事すぎて、うまく返答が出てこない。
「ふむ……」
そんな私の反応に、少し呆れた表情が返されて。
「ではこちらの男に聞くことにするか」
「いでででっ」
今度は締め上げる手を強めながら、男の方へと質問が移った。
「て、てめぇはなにもんだ。邪魔してくれやがって」
「私か?私はこの辺で警備隊長をやらせてもらっているもんだが」
「……は?」
(まさかとは思ったけど、やっぱり……)
男性の襟元に付いている見覚えのあるバッジ。
色こそ違うが、あれはレイド様が普段付けていたものと同じ造りをしている。
『これは王から直接賜ったもので、この国で特に重要な役職の者に与えられるものなんだ』
とはレイド様の弁で。
「け、警備隊長……」
「こちらは答えたぞ。今度はお前が答える番だ」
男の動揺も周囲の喧騒も意に介さず、アルス様が言葉を続けた。
「そ、そこの女がぶつかってきやがったんだ。俺は悪くねぇぞっ」
警備隊長という名乗りがハッタリでないと肌で感じているのか、男の言葉から当初の勢いが失われている。
「ほぅ……」
男からの返答を受けて、視線が再びこちらへと向いた。
鋭く差すような、冷たい視線。
端整な顔立ちも相まって、問い詰められているわけでもないのになぜか全身がこわばってしまう。
「この状況で、か?」
「ぐっ……ちくしょうっ!」
「むっ」
周囲の注目も集まってきて、その咎めるような視線に耐え切れなくなったのか。
男はアルス様の腕を振りほどき、人混みの中へと逃げだした。
先ほどまでの状況を見るに逃がしてやった、というのが正しそうではあるが。
「どけっ、どけぇっ!」
その証拠に、人混みに紛れて逃げていく男をアルス様が追うことはなく。
この程度の事で牢に入れていてはキリがないので、妥当な流れだといえた。
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